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『テメレア戦記V 鷲の勝利』(ナオミ・ノヴィク) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 「中量級のドラゴンたちが上空で輪を描き、大砲を船からおろす兵士たちを守っている。ひとりの兵士が地面に軍旗を突き立てた。旗棹の先端を飾る黄金の鷲が、日差しを反射し、炎のような輝きを放っている。ナポレオン軍がついに、英国本土に上陸したのだ」(単行本p.36)

 ローレンスは死刑判決を受け、テメレアはドラゴン繁殖場に幽閉される身となった。一方、フランス軍はついに英国本土に上陸、ロンドンを占拠するが・・・。19世紀初頭、ナポレオン戦争当時の欧州を舞台に、テメレアと名付けられた漆黒のドラゴンとその乗り手であるローレンスが活躍する人気シリーズ『テメレア戦記』、その第5巻。単行本(ヴィレッジブックス)出版は、2013年12月です。

 手堅い歴史小説に「人類は何千年にも渡ってドラゴンを飼い馴らし空軍戦力として活用している」という魅力的な設定を持ち込み、「もしもナポレオンに“空軍”が与えられたら、どんな戦略、戦術を見せてくれたか」という問いに対して、大胆な空想と緻密な考察によって、まるで史実を読んでいるかのようなリアリティと説得力のある回答を示した『テメレア戦記』。

 「歴史小説+仮想戦記+ドラゴンファンタジー」という離れ業を軽々とやってのけた上に、単純に「テメレア、けなげで可愛い!」キャラ小説として読んでも充分に楽しめるという、お勧めのシリーズです。

 さて今巻は、前作のラストに引き続き、帰国したローレンスが国家反逆罪で死刑判決を受け、またテメレアは事実上の幽閉状態に置かれたところからスタートします。一方、ナポレオン軍は英国本土を強襲。短期間にロンドンを支配下におさめてしまいます。この国家存亡の危機を前に、ローレンスはテメレアと共に戦いに参加するよう命令されることに。

 「なに、早いか遅いかだけの問題だ。かまわない、この男を使ったらいい。使ったあとで、絞首刑にすればいいのだ」(単行本p.77)

 急ぎテメレアのもとに駆けつけるローレンス。だが、勝手に野良ドラゴンたちを束ねてゲリラ戦を開始したテメレアとは行き違いに。一方、ドラゴン部隊の機動力を最大限に活かし、電撃的に北上してくるフランス軍。果たして二人は生きて再会できるのか、そしてもはや史実から大きく外れてしまった英国の運命やいかに。

 というわけですが、今巻は舞台が英国に戻ったということもあり、これまでの主要キャラクター総出演の一大絵巻となっています。おそらく元々の構想では、これで最終巻となる予定だったのではないか、と思える豪華キャスト。

 中でも、『テメレア戦記III 黒雲の彼方へ』で初登場したツンツン娘(火吹き竜)は印象的です。

 「あなたたちを守るのが使命なら、攻撃してきそうな敵を見つけて、先に殺しちゃったほうがいい。そう、あたしは当たり前のことをしたまで。捕まったのは運が悪かっただけ」(単行本p.319)

 命令なんて軽ーく無視して勝手に戦う、行軍すると「お腹すいた。もう大砲運ぶのやだ。肩が痛いんだもん」(単行本p.223)、再会したテメレアには「ナポレオンを打ち倒したら、きみの卵を産んであげる」(単行本p.162)、ついには敵軍に囚われてあやういところで救出されるなど、ヒロイン気取りのキャラ立て激しく。

 最後の激戦(シューベリネスの戦い)は素晴らしく、陸・海・空(ドラゴン戦隊)の総力を結集した英仏戦争の推移が詳しく描写され、その説得力には、これが史実にない架空戦だということも忘れてしまいそう。

 リエンとテメレアによる因縁の対決へと向かうクライマックスも、そうなると分かっているのに、やはり手に汗握ることに。そして、予想を超えたスペクタクルシーンは圧巻のひとことです。映像化するとき、この場面は外せないでしょう。

 というわけで、「集大成」感が強く、ストーリーも一段落した第5巻。次巻では、舞台は南半球に移り、登場人物も少人数を除いてリセットされるようで、どう展開するのか全く予想できません。なお、「訳者あとがき」には次のような記述が。

 「著者の語るところによれば、残る一話、まだ書名の明かされてない第九話をもって〈テメレア戦記〉は完結することになる」(単行本p.491)

 とのことで、第5巻(本書)までが第一部、第6巻から第9巻までが第二部、という位置づけになりそうです。翻訳の方は、何しろ前巻が出版された後、今巻が出るまで二年半という歳月が流れているので、このままでは寿命が尽きる前に最終巻を翻訳で読めるかどうか心配。

 次巻の翻訳については、「今回ほど間をあけず、読者のみなさんにお届けできるように力を尽くす所存です」(単行本p.493)という、何となく頼りなさそうな言葉を、それなりに信じて、楽しみに待ちたいと思います。


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