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『かみにえともじ』(もじ:本谷有希子、え:榎本俊二) [読書(随筆)]

 「中学の頃、私は受験勉強でストレスが溜まると、二階の自室の窓をあけ、屋根に積もった雪に顔を埋めていた。深くお辞儀をしてるような体勢で、みじろぎ一つしなかった。冷たくて目が覚める効果もあったけど、もう一つの理由は、もし誰かがこの光景を外から目撃した時、私を死体だと思うんじゃないか、と考えていたからだ」(単行本p.175)

 本谷有希子さん初のエッセイ集。週刊コミックモーニングに連載されたコラムから抜粋してまとめた一冊で、全ての回に榎本俊二さんのイラストが付いています。

 コラムが収録されなかった回についても、榎本俊二さんが選んだイラストを数点ボーナスとして掲載。しかも公演の準備に忙殺されている本谷さんの代りに榎本俊二さんが描いたコミック『かみにえのもと』も抜かりなくすべて収録されています。ああそうだ、『新世紀ヒロイン もとやちゃん』2ページもちゃんと。「初代もとやちゃん」「二代目もとやちゃん」「三代目もとやちゃん」のイラストコレクションも。榎本俊二さんが書いたあとがきも。とりあえず榎本俊二さんのファンは迷わず購入するとよいでしょう。

 本谷有希子さんのエッセイですが、これが何とも、いやー、とてつもなく面白い。演出家という仕事についてのエッセイは何といっても素晴らしく、ふとしたことで妄想が止まらなくなる様を描いたエッセイも魅力的。イベントや授賞式に出たときの体験談、何につけいちいち自意識に苦しみ悶える話、知人や自分の変な体験話、締め切りに追われる愚痴ですら、思わずぐぐっと引き込まれるような魅力に満ちています。

 「その女はとにかく「ヨシノブさんごめんね」とひたすら謝っているのだ・・・・・・! ヨシノブさんって誰!? 受話器に当てている耳から一気に鳥肌が立って、私は部屋で「うわー!」と絶叫した。そのあと気になってしまってさらに怯えながらもう一度聞き直すと、「日曜日の約束だけは絶対に守って下さいね。絶対に絶対に新宿で待ってます」というような内容であることも分かった。うわー! ヨシノブさん待たれてるよー!」(単行本p.8)

 「私は棺桶の中のバアちゃんを見つめた。実感が湧くなら顔を見た時だろうと勝手に想像していた。でも違った。私が泣くのはその瞬間じゃなかった。(中略)もう初七日が来てしまったけど、結局私は泣いてない。だとしたら私はこの先、いつ悲しむんだろう。今、ちょっとだけ心に乾いた風が吹いたな」(単行本p.111)

 「実際あまりに光の当たりすぎる場所なので、正直最初は迷った。(中略)そんな場所にもしのうのうと出て行けば、私は・・・・・・そうだな、私は、死ぬな。(中略)たぶんみんなと壇上で並んだまま、人生の一番華やかな瞬間に微笑みながら死んでいるに違いないんだ」(単行本p.64、65)

 「タワーが倒れる寸前までジェンガを抜いてゆくように、行き過ぎになる手前を目指す。ゆっくりと「あってはならない」光景まで、現実を歪ませる。よし、やってみよう。(中略)そこまで想像したところでジェンガが倒れた。この想像は行き過ぎた」(単行本p.162、163)

 「顔が痛くなっても、一秒でも長く静止しようと果敢に挑戦していた。(中略)それでも私はじっと顔を埋めていた。死体に見えるように埋めていたんだ」(単行本p.175)

 「庭園を歩くと猫がいたので、何も考えず追いかけた。何も考えずにマッサージを頼んで、何も考えずに眠りについた。家だろうがホテルだろうが、今回は関係なかった。どこにいたって、私は書けていなかった。書けていなかったんだ」(単行本p.179)

 どこか狂気の気配がうっすら漂っている異様なテンション(高いときも低いときも)に心奪われます。コラムによっては、まるで海外の現代短篇小説を読んでいるような感覚にとらわれたり。とかく「共感」だけで読ませる類のエッセイとは基本姿勢からして大違いで、個人的にものすごく好み。来るぞ。

 表紙に本谷さんのグラビア写真をばばーんと掲載し、ページの背景に漫画原稿をうっすらと印刷することで「コミック雑誌で読んでいる感」を醸し出すなど、これは売れる、いや売るぜ、という出版社の気合がひしひしと感じられる一冊です。

 最後の方に「短篇小説」というエッセイが収録されており、ああこの人の短篇小説はきっとセンスがいいだろうな、かっこいいだろうな、読んでみたいな、と思いながらページをめくると、初短篇集『嵐のピクニック』の宣伝が載っているという最後まで抜け目のなさ。もちろん購入して、実は今この日記を書きながら読んでいる途中なんですけど、うわ、これ目茶、苦茶、面白いよ!


タグ:本谷有希子
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