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『挑む力  世界一を獲った富士通の流儀』(片瀬京子、田島篤) [読書(教養)]

 そのとき現場のリーダーは何を考え、それに組織はどう応えたのか。事業仕分けの逆風のなかで性能世界一を達成したスーパーコンピュータ「京」の開発、たび重なる試練を乗り越えてゆく東証システム「アローヘッド」、東日本大震災復興支援、農業クラウド、らくらくホン、次世代電子カルテなど、富士通が挑んだ野心的プロジェクトの経緯を通じて、リーダーと組織のあるべき姿を探求する熱血ビジネス書。単行本(日経BP社)出版は、2012年07月です。

 「富士通はどろくさい(down-to-earth)。しかしそれは、確信に裏づけられたどろくささなのである」(単行本p.197)

 日本の大手IT企業である富士通に取材し、現場で困難なプロジェクトに挑んだリーダーたちの姿を浮き彫りにしてゆく一冊です。登場する人物、プロジェクト、顧客などはすべて実名。特に「主役」となるリーダーたちについては、実名はもとより所属部署から役職まで明記されていて、これが本書に生々しいリアリティを与えています。

 取り上げられているプロジェクトは、次の8つ。

  スーパーコンピュータ「京」
  東証の株式売買システム「アローヘッド」
  すばる望遠鏡/アルマ望遠鏡のデータ処理システム
  東日本大震災の復興支援事業
  シニア向け携帯電話「らくらくホン」
  クラウドサービスによる農業サポート
  次世代電子カルテ
  ブラジルにおける手のひら静脈認証ビジネス

 大型システムからサービス/ソリューション、小型機器まで。数千人規模の開発事業からほとんど個人による活動まで。舞台も都心、地方、海外と、幅広いラインナップになっています。これだけバラエティに富んだビジネス事例集であるにも関わらず、これら8つのケースから受ける印象には驚くほど共通したものがあり、それこそが富士通という企業の個性なのでしょう。

 取り上げられているケースは、「ライバルとの激しい競争に打ち勝った」とか「スマートなアイデア一発で大ヒットを飛ばした」とか「世界トップシェア獲得」とか、そういう華やかなものではありません。その多くは地味で目立たない、どろくさい、しかし社会をしっかり支えている重要なシステムやサービスに関わる仕事です。

 現場で顧客といっしょに(農業クラウトの章など、比喩ではなく文字通り)泥にまみれ悪戦苦闘する、予算が削られる、最終段階で仕様が急に変更される、納入時期が前倒しされる、運搬途中で機器が物理的にクラッシュする、担当者が高山病で倒れる。そのときプロジェクトリーダーが何を考えどのように行動したのか。そして社内の組織は彼らをどのように支援したのか。そこに焦点が当てられます。

 個人的には、大型プロジェクトよりも、復興支援や農業クラウドなど徹底的に現場密着型のケースに感銘を受けました。かっこいいと思う。

 というわけで、富士通の企業文化を知る上で、また一般的に日本の大手IT企業における仕事の感触を得る上でも、非常に有益な一冊です。社会と企業の関係、ビジネスと人間の関わり合い、信念を持って真面目に仕事をすることの意義について、様々に学べることと思います。

 富士通および関連企業に勤めている方、富士通の顧客や同業他社の方、富士通に限らず日本のIT企業への就職を考えている学生の皆さん、そしてグローバル経済だ経営哲学だマーケティング論だといったご大層なテーマを掲げた華やかなビジネス書に空しさを感じてきた方にも、広くお勧めします。


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