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『バースト!  人間行動を支配するパターン』(アルバート=ラズロ・バラバシ) [読書(サイエンス)]

 「詳細に見れば見るほど、人間行動は広く適用される法則に支配された、単純で再現可能なパターンにしたがっていることが明白になってくる」(単行本p.24、25)

 中世の十字軍遠征、アインシュタインが手紙を出した頻度、ドル紙幣の移動軌跡、さらにはウェブ閲覧、電話、電子メールなど、様々な統計分析から浮かび上がってくる共通的なパターンが存在する。人間行動を支配する普遍法則を追求したサイエンス本。単行本(NHK出版)出版は、2012年07月です。

 もしも人間行動の背後に規則性があり、一人一人の行動は必ずしも予測できなくとも、充分に大きな人間の集団がどのようにふるまうかを正確に予測することが出来るとしたら・・・。SF読者ならためらうことなく「心理歴史学」と称するに違いないこの目標に、人間行動科学がどこまで迫っているのかを教えてくれる一冊です。

 「気体中の10の23乗個の分子の軌跡をみごとに予測しえた物理学者はいまだかつてひとりもいない。だが、だからといって気体の圧力や温度を予測するのがあきらめられたことはない。そして言うまでもなく、個々の分子の軌跡よりもはるかに重要なのはこちらのほうだ。これは人間力学についても同じである。(中略)ランダムなものと予測可能なものを慎重に選り分けたなら、社会構造の多くの側面が予測できるようにならないとも限らない」(単行本p.375)

 手始めに、人間行動の背後に隠されている規則性、すなわちベキ法則やレヴィ軌跡、そしてそこから生ずるパターンである「バースト」が、いかに普遍的なものであるかが語られます。

 「どういう種類の人間行動を調べてみても、つねにバーストのパターンがあらわれた。(中略)バーストは自然界のどこにでもある。各個人がウィキペディア上で行う編集から、為替ブローカーが行う取引まで、あるいは人間や動物の睡眠パターンから、ジャグラーが棒を地面に落とさないようにする微細な動きまで。(中略)何をするにせよ、われわれは無意識に同じ法則、ベキ法則にしたがっていたのである」(単行本p.155、156)

 さらには、様々なエピソードを通じて、同じパターンが人間だけでなく生物界をあまねく支配しているらしいことが明らかになってきます。

 「アホウドリの漁獲パターンはバーストに満ちており、レヴィ飛行と表現するのが最もふさわしかったのである。(中略)新たな数理学的興味が長らく忘れられていたデータを復活させ、ユカタン半島のクモザルからトナカイやマルハナバチやショウジョウバエやハイイロアザラシにいたるまで、動物界のあらゆるところにレヴィ軌跡が見られることをあらためて示すことになった」(単行本p.234)

 「生命はよどみなく現れるわけでもランダムに現れるわけでもなく、バーストがあらゆる時間尺度を支配している。われわれの細胞内における数ミリ秒から数時間の単位でも、病気が発症する数週間から数年間の単位でも、そして進化の過程が進む数千年から数百万年の単位でも。バーストは生命の奇跡の欠くべからざる一部であり、適応と生存をめざしての絶え間ない格闘の証拠なのだ」(単行本p.351)

 著者たちは、バーストを生み出すベキ法則の背後にあるメカニズムを探求し、その秘密は「優先順位付け」アルゴリズムにあるのではないかという仮定に辿り着きます。優先順位付けを組み込んだ数理モデルを研究すると、見事にバーストが再現されたのです。

 「時間は最も貴重な、再生不可能な資源なのであり、もしこれを大事にしたければ、優先順位をつけるしかない。そしてひとたび優先順位をつけたなら、ベキ法則とバーストは避けられないのである」(単行本p.182)

 気ままにふるまっているつもりでも、私たちは知らず知らずに規則とパターンに従って行動している、という事実にはかなりのインパクトがあります。

 「経営大学院のある院生の朝の居場所がわかっていれば、その学生の午後の居場所は90パーセントの正確さで予測できた。メディアラボの学生となると、このアルゴリズムの精度はさらに上がり、96パーセントの割合で居場所を予測できた」(単行本p.280)

 「われわれの生活を数字や公式やアルゴリズムにどんどん分解していけば、やがてわれわれは互いに区別がつかないぐらい、それこそ自分では認めたくないほどに同じようなものになっていく。(中略)われわれの行動と、それを行うタイミングだけに着目してみれば、そこに現れるパターンは、私にもあなたにも固有のものではない」(単行本p.370)

 もちろん、人間行動を数理モデルで解析する研究が持つ危険性についても触れられています。ネットワーク上に残る行動履歴、街中にある監視カメラがとられた映像などのビッグデータを処理することで、個々人の行動をかなり正確に予測できるとしたら、そしてその技術が悪用されたら、どんなことになるでしょうか。

 人間行動の背後にある規則的パターンというテーマをめぐって、本書は次から次へと興味深いエピソードを繰り出してきます。一直線に結論に向かうのではなく、あたかも(本書に登場する)ランダムウォークのように、あちこちの話題をふらふらと彷徨い、なかなか結論に向かわない構成は好みが分かれそう。「はじめに結論を述べ、理由を箇条書きにせよ」タイプのせっかちな読者には向いていないかも知れません。

 ちなみに本書の構成における最大の特徴は、偶数章と奇数章で内容が大きく異なっているという点でしょう。奇数章はこれまで紹介したような内容なのですが、偶数章はハンガリー農民戦争(ドージャの乱)という16世紀に起きた十字軍の反乱を扱った歴史小説になっているのです。

 最初のうちは偶数章と奇数章の関係がまったく分からず困惑することになりますが、辛抱強く読み続けてゆくうちに、この「ドージャの乱」がバースト現象の例であることが次第に分かってきます。

 また、この反乱の推移を驚くほど正確に予言した貴族がいたことが示され、彼にはどうしてそのような見事な予言が可能だったのか、という歴史上の「謎」が提示されます。そして、それが奇数章における「社会の動きを予測することは可能か」というテーマとつながってゆくのです。ちなみに最後に「謎」は解き明かされますが、あまり期待しないほうがいいです。ここまで引っ張っておいて、そのオチかよ。

 というわけで、構成上のクセが強く、読者を選ぶところがある一冊ですが、扱われている内容には実に興味深いものがあります。行動履歴が継続的に大量に入手可能となったネットワークと監視カメラの時代に、行動予測さらには行動制御についての研究には、学術的興味をこえた商業的価値があり、その概要を知っておくことの重要性はますます高まっているものと思われます。


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