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『嵐のピクニック』(本谷有希子) [読書(小説・詩)]

 本谷有希子さん初の短篇集。超現実的な展開を軽々と使いこなして現代人が抱える狂気や孤独をちらりと見せる切れ味鋭い13篇。ケリー・リンクやミランダ・ジュライといったセンスのよい海外現代小説が好きな方はきっとハマる。単行本(講談社)出版は、2012年06月です。

  (本谷有希子)「ワタシ、ガイブン、大キラ~~イ」
  (会場)どよどよ
  (豊崎由美)「なんで来たのー?」

  (岸本佐知子)「本谷さんて衝撃的な人ですね」
  (榎本俊二)「スミマセン、スミマセン」

 『思ってたよりフツーですね(2)』単行本p.38、「読んでいいとも!ガイブンの輪」にゲスト出演した本谷有希子さんがのっけからガイブン(海外文学)大嫌い、と言い放ち、会場をどよめかせるシーンです。

 本谷有希子さんが本当にガイブン嫌いなのかどうかは知りませんが、本書『嵐のピクニック』に収録された短篇はいずれも海外の現代文学の香りでいっぱい。荒唐無稽な設定や超現実的な展開を駆使して、私たち(主に現代の都市生活者)が抱える深い孤独やうっすらとした分かりにくい狂気をさっと見せる、そういう短篇。個人的に連想するのは、ケリー・リンクやミランダ・ジュライの作品です。

 とにかく、妄想が膨らんでゆく話や、異常なシチュエーションで押し切る話がうまい。

 『アウトサイド』は、介護疲れから義母をグランドピアノの中に閉じ込めてしまうピアノ教師の話。ごくありきたりな発想だと思いきや、「誰だって自分が今、ピアノの中なのか外なのか分からないまま生きているのだ」(単行本p.17)というラスト一行で視点をひっくり返す鮮やかな手際に感心させられます。

 『私は名前で呼んでる』は、重要会議中にふとカーテンの膨らみに目がとまり、それが気になって気になって仕方なく、「ねえ、あそこに誰か入ってるよ」(単行本p.20)と言いたいのをぐっと堪えるうちに逸脱してゆく話。『哀しみのウェイトトレーニー』は、夫に内緒でジムに通って筋肉ムキムキになってゆく主婦の話。『マゴッチギャオの夜、いつも通り』は動物園の猿山に花火を撃ち込むという、最近ニュースになった悪質なイタズラを題材にした、アルジャーノン風「泣ける話」だと思わせておいて、あっさり突き抜けてしまう痛快な話。

 『タイクーン』は、台風のときもう意味がないのに必死に傘にしがみついている人が、ときどき風に乗って天高く飛んでいってしまうという話。こう書くと凡庸な発想のようですが、実際に読むとかなり変。最後の一段落、なぜかは分かりませんが、泣きそうになりました。なぜだ。

 『Q&A』は自転車のサドルとの恋愛指南というプロットが含まれる「変愛」小説だし、『How to burden the girl』は父親と二人で悪の組織と戦って相手をばんばん虐殺しまくる謎の少女の話(これ、やっぱり映画『キックアス』のヒットガールがモデルなんでしょうか)、『いかにして私がピクニックシートを見るたび、くすりとしてしまうようになったか』は、アパレルショップの試着室にこもった謎の客が何日もひたすら試着をし続ける話。

 個人的に最も気に入った作品は、『亡霊病』です。

 何かの賞(おそらく野間文芸新人賞)の授賞式に出席した作家が、受賞者によるスピーチの順番が回ってくるのを待つうち緊張から亡霊病を発症、マイクを握ったとたん空中浮遊に人体自然発火、口からエクトプラズム出しながら、関係者や審査員や家族や知人の精神を破壊するような聞くに堪えない暴言、罵詈雑言はきまくり、会場上空をぐるぐる旋回して消滅するという話。

 ちなみに榎本俊二さんとの共著『かみにえともじ』(2012年08月14日の日記参照)を読むと、本書に収録された短篇の発想がどこから来たのか想像できて、これがまた楽しいのです。

 「台風直撃の恐ろしさも味わった。それにしても、もう何もかも雨風にさらされてしまっているのに傘を意地でも差そうとする人の気持ちって、いつも気になる。(中略)人間の尊厳、みたいなものと何か関係あるんだろうか」(単行本p.195)

 「受賞者によるスピーチ、というものがあったのである。(中略)これだけ関係者や審査員の先生方や新聞記者さんとかもいるのに、あまりに内容なさすぎてもいかんだろうというプレッシャーものしかかるのであって・・・この狭間! この狭間での葛藤が、マイクを握りしめる一秒のうちに頭の中を高速で駆け巡るのである!」(単行本p.40)

 「その場にいた知り合いは、私のスピーチを聞いてる間中、「本谷が審査員の先生方にケンカ売るんじゃないか」とハラハラしっぱなしだったらしい」(単行本p.40)

 「なんでもいい、と思って出てくるアイディアはなんでもいいだけあって、とてもじゃないがいい歳をした大人が考えるような内容とは思えない。恥ずかしい。でも書かなければならない。時間がないから。迷っている暇なんかなかったのだ。(中略)結局最後の二週間、一日一本のペースで、締め切り直前にねじ込んだ」(単行本p.224、225)

 最後の引用は『短篇小説』というエッセイの一部で、ここに書かれているのはおそらく本書の元となった原稿(「群像」2012年03月号掲載)のことだと思われます。二週間、一日一本のペースでこれら13篇の傑作を書き上げたというのですか。凄すぎます。

 というわけで、海外の現代小説が好きな方ならハマるに違いない傑作短篇集。『かみにえともじ』と合わせて読みたい一冊です。

[収録作品]

『アウトサイド』
『私は名前で呼んでる』
『パプリカ次郎』
『人間袋とじ』
『哀しみのウェイトトレーニー』
『マゴッチギャオの夜、いつも通り』
『亡霊病』
『タイフーン』
『Q&A』
『彼女たち』
『How to burden the girl』
『ダウンズ & アップス』
『いかにして私がピクニックシートを見るたび、くすりとしてしまうようになったか』


タグ:本谷有希子
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