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『怖い俳句』(倉阪鬼一郎) [読書(教養)]

 「文芸のなかのさまざまな形式が「どれがいちばん怖いか」という戦いを行ったとしましょう。最後に勝利を収めるのは、おそらく俳句でしょう。怖い俳句の言葉は、時として人間という存在、その実存の本質、さらには世界の秘められた構造にまで深く響いていくのです」

 ホラー作家でもある著者が、芭蕉から現代俳人まであらゆる作品から選び抜いた「怖い俳句」を解説。新書(幻冬舎)出版は、2012年07月です。

 ほぼ年代順に、代表的な俳人の作品から「怖い」ものを選んで解説してくれます。作品の解説に加えて、その俳人の簡単な紹介、作風、他の「怖い」作品や、ときには代表作についても触れられています。200ページ強の新書で、正確に数えてはいませんが、おそらく1000に近い数の「怖い俳句」が掲載されています。これだけあれば、誰もが自分の怖さのツボに刺さる句を見つけられるはず。

 さて、「怖い俳句」といっても様々な作品があります。分かりやすいのは、怖い状況、不気味な情景を詠んだ作品でしょう。

    獣屍の蛆如何に如何にと口を挙ぐ    中村草田男

    こほろぎが眼を病むわれに眼を病むかと    加藤かけい

    月寒く風呂のなかから老婆の手    飯田龍太

    轢死現場に嬰児の笑ひ鰯雲    佐藤鬼房

    怒らぬから青野でしめる友の首    島津亮

    六つで死んでいまも押入で泣く弟    高柳重信

    貌が棲む芒の中の捨て鏡    中村苑子

    あじさゐに死顔ひとつまぎれをり    酒井破天

    怖い夜や見えなくならぬ彼岸花    池田澄子

    豆を煮るときおり暗い人が出て    永末恵子

    ぶらんこにのせてあげよう死ねるまで    櫂未知子

    首をもちあげると生きていた女    時実新子

    三面鏡のなかの二つは生家なり    外山一機


 確かに。情景をイメージするだけで、怖い俳句だと分かります。

 しかし、本書に収録されている全ての俳句があからさまに怖いわけではありません。なかには、どこが怖いのかよく分からない、というかそもそも怖いのかこれ、と疑問に思うような、変な作品も選ばれています。意味が分からず戸惑って、それからじんわり来る怖さが印象的です。

    流れつくこんぶに何が書いてあるか    阿部青鞋

    水虫や猿を飼うかも知れぬわれ    永田耕衣

    大いなる舌が天から垂れさがり     眞鍋呉夫

    雛壇のうしろの闇を覗きけり    神生彩史

    春の鳥ただならぬもの咥へをり  中村苑子

    ホントニ死ヌトキハデンワヲカケマセン    津田清子

    夜が淋しくて誰かが笑いはじめた    住宅顕信

    赤いポストに昨日の手がある    東川紀志男

    春の夜の死肉をつつく一家団欒    鳴戸奈菜

    首吊りの木に子がのぼる子がのぼる    高岡修

    死よりむごたらしいものに触れてゐた    中烏健二

    隙間より雛の右目の見えてをり    小豆澤裕子

    きんもくせいが洗脳の仕上げなら    青山茂根

    暗呪。沖から手が出て 夜を漕ぐ    寺田澄史


 こういう微妙によく分からないじんわり系の作品が、さらに一歩変な方向に進むと、あるいはやり過ぎると、滑稽というかお笑いに転じてしまうところがまた面白いのです。

    一片の餅に血がさす誰か死ぬ    三橋鷹女

    どの紐を引いても死ぬるのはあなた    石部明

    蛇口からしばらく誰も出てこない    草地豊子

    わたくしにふれた人から死ぬみたい    草地豊子

    目と鼻をまだいただいておりません    広瀬ちえみ

    鏡台の後ろあたりで増えている    小池正博

    追伸に書き落としたる我が死かな    福田葉子

    月光にピアノ弾く指十二本    高橋龍

    全身が尾の憑きものに昆布飾れ    大岡頌司

    ひとだまに裏表あり脇腹も    志賀康

    ぎゃあぎゃああれは屋根の上の眼球    西川徹郎

    二枚舌だから どこでも舐めてあげる    江里明彦

    どの地図も裏面は地底王国之図    木村聡雄

    肉食ノ階段ナレバ滑リ易シ    関悦史

    府中の猫はこれは嘘だがぜんぶ片目    前島篤志


 もしかしたら私の感性がどこか歪んでいるのかも知れませんが、このような作品を読むと、怖いと思うより先に笑ってしまうのです。含み笑いホラーというか、諧謔恐怖というのか。そして個人的に最も好きなのが、これらの怖いのか可笑しいのかよく分からない俳句だったりします。もっとこういうの読みたい。

 というわけで、もちろん怖いもの読みたさの好奇心で手にとっても満足できますが、「読者を俳句の世界にいざなう「初めの一冊」になればとひそかに思いつつ本書を執筆している」(新書p.159)とある通り、俳句の入門書としてもいけてる一冊だと思います。代表的な俳人は可能な限り網羅してありますし、俳句の歴史や鑑賞のコツのようなものも、短いページ数のなかでしっかり書かれています。

 花鳥風月、季節感、抒情、みたいなイメージが強くて、自分には縁がない世界だと思っていた方も、上に挙げた俳句を読んで気に入ったら、まずは入門書として本書を読んでみて下さい。


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