SSブログ

『三月兎の耳をつけてほんとの話を書くわたし』(川上亜紀) [読書(小説・詩)]

 「ほんとの話をいくつかしたつもりになると/またそこからほんとの話が枝分かれしていって伸び放題のツル草になる/でもぜんぶほんとの話だ、これからはもうほんとのことばかり書くんだ」

 日常生活で出会うささやかなほんとのことを繊細なリズムの言葉で書きつづった詩集。単行本(思潮社)出版は、2012年05月です。

 生活のあれこれを、詩の言葉でもって、小説のように書いた、そういう作品が14篇集められています。父親の入院そして死という大きな出来事から、散歩や買物といった身の回りのささいな日常風景まで、心のなかのほんとのことを書くために、ごく自然にヘンな情景を出してくる、そこがうまいと思います。

 父が死んで悲しい、母のことが不安だ、などと書いたとしても、どうしても嘘っぽくなるところを、こんな風に書いてしまうのがいいのです。

 「そこでわたしはトンデモナイ悲しみと二人で/街に遊びにいくことにしたのだった」
  (『青空に浮かぶトンデモナイ悲しみのこと』より)

 「雪だるまも作らないでふきのとうを喜んで食べる大人というのは/ほんとうに不思議な生き物だと思っていた/(大人はいつか死んでしまうからとても困る、とも)」
  (『スノードロップ』より)

 「保険証のコピーは窓口でとってくれることが最近やっとわかってきた/でも毎年少しずつ何かが違っていてたとえば今年は印鑑が必要なかった」
  (『真昼』より)

 「(安全ピンを袖口に入れ芍薬の花を口にくわえてこっそり宙返りの練習をする母!)」
  (『安全ピンと芍薬』より)

 個人的に最も好きなのは『土星元年』という作品。猫と土星人の話ですから。

 「誰か猫の爪きりが得意なひとはいませんか?/灰色猫の爪が伸びて/かち、かち、かち、かち、と音をたてて/フローリングの床を歩いているので物事が滞っている」

 「近所のローソンに牛乳を買いに行って占い本を立ち読みする/生年月日の数字をあてはめて計算してみると、わたしは土星人だということだった/(ああやはりわたしは土星人だった)」

 「カテリーナさんカテリーナさん、イワンさまはモスクワへお発ちになりました、/ですがそれはそれとして、来月からタクシー料金が値上げになりますんで、/高円寺の猫医者さんのところへいまのうちに行ったほうがよろしいです、」

 「土星は地球の七百五十倍の体積と質量があり/ボイジャーの探索によれば衛星を二十個以上持っている/引っ越すなら二〇〇八年の年明けである」

 他に、中国茶のメニューに書かれた「緑茶のふくよかさと烏龍茶のさわやかさをあわせもつ香りです」という説明文が何かをちょっとだけ棚上げにしてくれる『【本日のお茶】』、誤送信あるいはスパムメールに対して「<あなた様のプロフィールにはなにか心を打たれるものがございました>」と返信することを夢想してみる『正月のフェルメール』などが印象に残りました。


タグ:川上亜紀
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: