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『遠い町から来た話』(ショーン・タン、岸本佐知子:訳) [読書(小説・詩)]

 『アライバル』の著者による最新絵本。翻訳は岸本佐知子さん。とても奇妙で、不思議な懐かしさを覚える、落ち着いた色調が素敵なイラストと短編が収録されています。単行本(河出書房新社)出版は2011年10月。

 『Tales From Outer Suburbia』の翻訳版です。原著を読んだときの感想については、2011年05月31日の日記を参照して下さい。

 水牛や海獣、潜水服を着た日本人、異世界からの小さな留学生、棒人間、言葉が集まって出来た巨大な浮遊球体、屋根裏から秘密の中庭に通じる穴。

 山の向こうで若い二人を待っている結婚生活の試練、謎の記憶喪失マシン(だと思うけど覚えてない)、「ペットを手作りしてみよう!」の回覧、町内地図の「端」がどうなっているか確かめに探検に出かけた兄弟。ご家庭の裏庭に配備されている大陸間弾道ミサイル。

 郊外の小さな住宅地に奇妙なものが現れる話を中心に、亀や犬やトナカイや、身の回りにあるささやかなものたちに秘められた物語が、静かに語られます。

 深呼吸してふと周囲を見渡してみると、自分がいる世界が、普段は忙しくて気にも止めなかった不思議で魅力的なものでいっぱいであることに気付く。そんな素敵な絵本です。

 いくつかの作品は、イラストと文字が一体化している(イラストの中に様々な書体で書かれた文字が埋め込まれている、というかそれも含めてイラストになっている)のですが、翻訳版でも様々な書体や手書き文字がイラストに埋め込まれて一体となっています。原著と見比べても違和感というものがなく。優しい日本語の言葉がイラストの中で密やかに息づいているような、その丁寧な仕事には感嘆させられます。

 というわけで、眺めているだけで幸せになれる愛すべき絵本、あるいは奇妙な物語を集めた短篇集です。翻訳は素晴らしく、原著をお持ちの方にもお勧めします。


『WORLD WAR Z』(マックス・ブレックス) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 死者が凶暴な怪物として蘇り、人々を無差別に襲い始める。噛まれた犠牲者もリビングデッド(ゾンビ)となり、こうして不死者の数は果てしなく増え続ける・・・。人類を絶滅の瀬戸際まで追い詰めた「世界ゾンビ大戦」が終結してから十年。あのとき、人々は何を体験し、どのようにして生き延びたのか。生存者に対するインタビュー集という形式で明らかにされるZ戦争の全貌。単行本(文藝春秋)出版は2010年4月です。

 『SFが読みたい!2011年版』においてベストSF2010海外篇第4位に選ばれたゾンビホラー大作です。ゾンビ蔓延により世界各地で繰り広げられた地獄絵図と凄絶な死闘がこの上なく壮大なスケールで描かれ、最初から最後まで興奮しっぱなし。

 灰色の肌、白目、うめき声をたてながら、両手を前に突き出して、よろよろと歩き回る死体。生きている人間を見つけると執拗に襲いかかり、脳を破壊されるまでは攻撃を止めない。犠牲者は身体を引き千切られ喰われるか、たとえ生き延びても噛まれただけで「発症」し、自らがゾンビとなって蘇る。

 本書に登場するのはロメロ流のオーソドックスなゾンビ。走ったり、しゃべったり、巨大化したり、といったことは一切なく、基本的ゾンビ像に忠実です。個体はさほど強くはありませんが、ひたすら数を増やし、巨大な群れとなって四方八方から押し寄せてくるゾンビの恐怖。

 この疫病のようなゾンビが中国奥地で発生するや、あっという間に世界中に拡散。人々はいきなり阿鼻叫喚の地獄に放り込まれ、絶望の中で生存のために闘うはめに。後に「世界ゾンビ大戦」あるいは「ワールド・ウォー・Z」と呼ばれることになる、文字通り全世界を巻き込んだ総力戦がこうして始まったのだ。

 戦争が終結してから十年後、Z大戦の歴史をオーラルヒストリーの手法で記録すべく、世界各地の生存者に行ったインタビュー集。それが本書の設定です。何といっても、この設定が見事にハマっています。

 個人がその恐怖体験を主観的に語るホラーとしての面白さと、それらがモザイクのように組み合わさってゾンビ終末ものへと俯瞰してゆき、やがて人類の死にものぐるいの反撃へと展開する戦争小説、歴史小説としての面白さ。この両方が高いレベルで融合しており、どきどき、はらはら、ページをめくる手が止まりません。

 兵士、医者、主婦、ひきこもり青年、子供、政治家、パイロット、詐欺師、宇宙飛行士。年齢も人種も国籍も職業も異なる多くの語り手が登場し、それぞれの体験を率直に語ります。世界各地、さらには軌道上から深海まで、あらゆる場所が舞台。ゾンビホラーとしては他に類を見ない壮大なスケールです。

 ゾンビの群れに襲われた住宅地。避難民であふれる道路。非情な隔離作戦。飢えと疫病が拡がる避難所。輸送機が墜落し、救助地点までゾンビ蔓延地帯を歩いて横断しなければならなくなったパイロット。軍の最新兵器を惜しげもなく投入した大規模ゾンビ掃討作戦の大失敗。攻撃型潜水艦同士の対決から局地核戦争まで。そして、地下道で、深海で、沼地で、マンションで、病室で、あるゆる場所で繰り広げられた惨劇と死闘。

 それぞれの立場で語られる話はどれも生々しく、迫力に満ちています。いわゆる「信頼できない語り手」の技法を用いたトリックが仕掛けてある話もいくつか交じっていたりして、どの話もショートストーリーとして面白く、飽きさせません。日本語版で500ページを超える大作、しかもずっとゾンビものから離れないのに、決して読者を飽きさせない手腕は大したものです。

 というわけで、ゾンビホラーとしても、破滅SFとしても、おそらく古典扱いされることになるであろう堂々たる傑作。ジョージ・ロメロの古典映画から、ゲーム『バイオハザード』シリーズ、そしてコミック『アイアムアヒーロー』(花沢健吾)まで、ゾンビ好きにはぜひ読んでほしい作品です。


『税務署の復讐  ババア・ウォーズ3』(中村うさぎ) [読書(随筆)]

 女性の自我に関わる問題意識を深く過激に実践的に追求するエッセイを書く一方で、自爆ギャグ女王様エッセイもちゃんと書き続け、中高年男性読者へのおもてなし(および出版社から前借りした原稿料)もないがしろにしない中村うさぎさん。週刊文春に連載された、ご存じ女王様エッセイ集。出版は2011年10月です。

 というわけで、気軽に読める女王様エッセイ集最新刊です。妙に可愛いイラストは前巻に引き続き「るん ビュイック」さんが担当しています。

 今巻の中心となる話題は、何といっても渋谷区役所と港区役所による大挟撃。それぞれから税金(追徴金)を請求され、何とか少額分割払いに持ち込もうとするも、借金してでも税金払え、払わないと銀行口座も収入も全て差し押さえるぞ、という猛攻撃。

 そうでなくても既に(過去のあれやこれやの)借金の支払いで家計はぎりぎり、このままではマジ路頭に迷うことになる。生活のために奮闘する女王様だが、何といっても敵は国家権力。ついに家財が差し押さえられ、競売にかけられるという事態へ。

 他人事なので笑って読めますが、かなりの窮地です。もっとも、やりとりを逐一すべて雑誌に書かれてしまう区役所担当者にも同情してしまいますけど。

 他に、セクシャリティや虚言癖や差別意識などのテーマに切り込んでゆくエッセイもちらほら。読者を引き込む手口がうまくて、例えばこんな感じ。

 「知人のオカマがオナベと付き合っているらしい」(文庫版p.17)

 いきなり何だ何だ、と読者を戸惑わせておいて、次にこう。

 「念のために言っておくが、台所用品の話ではない」

 一瞬笑わせてから、こうくる。

 「ゲイの男性(心は女)と性同一性障害の女性(心は男)が付き合っているのだ」

 どういうことなのか。身体的にも男女、精神的にも男女、すなわちヘテロセクシャル(異性愛)ということでいいのか。性的マジョリティなのか、二人の関係は。著者の思惑通り、混乱してきます。

 そのタイミングで問題意識を投下。性別とは何か、それは「相手の中身でもなければ性器の問題ですらなく、ひたすら「見た目」だけの問題であるのかもしれない」(文庫版p.18)といった具合に。

 巻末には特別対談「ゲイと女装とコスプレと」(ブルボンヌ×中村うさぎ)が収録され、さらに性差の問題が追求されています。

 というわけで、ババア・ウォーズ三部作もついに完結、しているわけはなく。いったい次巻はどういうタイトルになるんでしょうか。『ババア・ウォーズ エピソード1 ファントム・メンス』ではないかと予想しています。


タグ:中村うさぎ

『ミッキーマウスはなぜ消されたか』(安藤健二) [読書(教養)]

 小学生がプールの底にミッキーマウスを描いたところディズニーから抗議が来て消すはめになった、という噂ははたして事実なのか? 代表的な封印作品『ウルトラセブン 第12話』のビデオを流出させたのは幼女連続殺人犯、宮崎勤なのか? 涼宮ハルヒには意外なモデルがいた? 

 諸般の事情により再放送も再販も出来ない作品、何らかの事情により黙殺された形になった事件、あまり知られてない事実、世間に流布している奇妙な風説、といったテーマを調査する安藤健二さんのルポ最新刊。

 2008年に出版された単行本『封印されたミッキーマウス』の文庫化ですが、全体の半分近くを新ネタと差し替えた「完全版」です。文庫版(河出書房新社)出版は2011年10月。

 「収録された原稿は玉石混交だった。(中略)過去の単行本の焼き直しのような原稿も交じっていて、お世辞にもまとまりのある書籍とは言いがたかった。このままでは読者に申し訳ない。今回の文庫化に当って、半分近くの原稿を差し替えることにした」(文庫版p.4)

 というわけで、単行本からいくつかの原稿を削り、新たに四本の新ネタを加えた文庫版です。単行本については2008年05月11日の日記を参照して下さい。ここでは追加された新ネタについて簡単にご紹介します。

 まずは『封印された観光地』と題して、福島第一原発から30キロ圏内にある遊園地の現状を取材したルポ。普通に「東日本大震災の被災地」として取材してもいいのに、どうしても「封印」っぽい物件を求めてしまう著者。

 続いて『涼宮ハルヒのモデルは角川春樹?』ですが、これはもうタイトルからしてものすごく怪しい。発端は、角川春樹の愛人の名前が「キヨ」だと知ったこと。

 「ハルキ&キヨ」、「ハルヒ&キョン」。な、何と、アニメ化されて大ヒットしたライトノベル『涼宮ハルヒ』シリーズの主人公と語り手の名前とほとんど同じじゃないか。これはノストラダムスが予言していた通りなんだよ、な、なんだってーっ。

 いやそれは偶然、というか駄洒落みたいなものだと思うのですが、著者の妄想は止まりません。じゃ主要登場人物の残り二人は・・・。タイムトラベラー、朝比奈みくるは、もちろん『時をかける少女』。では超能力者、古泉一樹は、そうか『幻魔大戦』。いずれも角川映画の代表作じゃないか!

 映画と云えば、第二巻『涼宮ハルヒの溜息』でハルヒが映画を撮影するけど、あのときハルヒのせいで様々な奇跡やら超常現象やらが起こる。映画撮影中に何度も現実改変を引き起こした(と主張している)角川春樹、自分のことを神だと宣言したり宇宙人と交信したりしている角川春樹そのものだ。涼宮ハルヒのモデルは角川春樹だったのか。とすれば。

 「新作放映までのドタバタも含めて、「ハルヒ」のメディアミックスの不可解な迷走が、こう考えると簡単に説明できてしまう。角川グループに残る角川春樹の呪縛が、「ハルヒ」シリーズの命運を左右していたのだろうか」(文庫版p.152)

 もちろん著者も「何の根拠もない妄想」と自分で書いていますが、この展開は何だかお馴染みのパターン、トンデモから陰謀論への三段跳びをほうふつとさせるものがあります。というか、そのもの。ネタとしては面白いのですが、やはり著者には取材してつかんだ事実を元にした記事を書いて欲しい。

 残りは『タイガーマスク騒動はパチンコ台の宣伝だったのか?』と、『「ひぐらしのなく頃に」は殺人犯を育てる悪魔のコンテンツなのか』の二本。これは世間に流布している噂やら憶測記事やらの内容を調査したルポで、けっこう読みごたえがあります。やはり著者が自分の足で調べ回って愚直に苦労する、というのがいい。

 巻末に付いている深町秋生さんの解説が熱い。著者の作品を「ハードボイルドな一匹狼の探偵小説に近い」と評し、その味わい深さを説明。その上で、こう断言するのです。

 「ちょっとググればタダで情報が得られるという深刻な安易さがはびこる現代において、本当に必要なのは、預金通帳とにらみ合いながら、愚直に真実を追い求める彼のようなジャーナリストなのだ」(文庫版p.192)

 というわけで、これからも、預金通帳とにらみ合いながらの地道な調査により封印物件や都市伝説の謎を解いてゆくルポを期待したいものです。


タグ:安藤健二

『ハロワ!』(久保寺健彦) [読書(小説・詩)]

 大企業でないと嫌、女の人事担当なんてお断り、働く喜びが欲しい。身勝手な要求に固執したり、面接途中で泣き出したりする困った求職者たち。就職相談員としてハローワークで働くことになった青年が、理不尽に翻弄されながらも、仕事に恋にひたむきに取り組む姿を描き、さわやかな感動を呼ぶ連作短篇集。単行本(集英社)出版は2011年10月です。

 ハローワークに通ってくる求職者たちと窓口で向き合う就職相談員という「仕事の仕事」。それは決して楽ではありません。本気で就職する気があるのか疑問に思えるような態度の求職者。変にプライドが高いか、世間知らずか、意地になっていて、無茶な要求に固執する求職者。さらには自暴自棄になってとんでもないことを仕出かす求職者まで。

 しかし、何しろ相手の人生がかかっているのですから、どんな場合でも求職者と真剣に向き合い、二人三脚で乗り越えることが求められます。かと云って見込みの薄い求職者にこだわり過ぎると容赦なく自分の「成績」が下がり、そこは嘱託に過ぎない身、いつ失業して窓口の向こう側にまわるはめになるか、分かったものではありません。

 このハードな仕事に就いた一人の青年を主人公に、就職をめぐる様々な出来事を書いた連作です。求職者と諍いを起こしながらも少しずつ信頼関係を築いたり、とても就職は無理だと思われた求職者が意外な実行力であっさり職を手にしたり。様々なドラマが展開します。

 前半、いくつかの話でパターンに慣れてきたところで、後半では恋愛が発展することもあって、最後まで大いに楽しめます。一人の青年が仕事に恋に悩みながら成長してゆくという、いわば王道的な物語をベタに感じさせず、さわやかな感動に持ってゆく手際は見事。

 デビュー以来ずっと「子供」の成長物語を書いてきた印象のある久保寺さんですが、『オープン・セサミ』あたりから大人が主人公となる話が多くなって、しかもやっぱり根は爽やかな成長物語だったりして、とても嬉しい。これから書かれる作品にも期待したいと思います。


タグ:久保寺健彦