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『世界一のトイレ  ウォシュレット開発物語』(林良祐) [読書(教養)]

 家庭における温水洗浄便座の普及率は71パーセント。今やすっかり日本人の生活に馴染んだ「温水でお尻を洗う」という習慣。それを支えてきた技術はどのように開発されたのか。TOTOの技術者が語るウォッシュレット開発の現場。新書(朝日新聞出版)出版は2011年9月です。

 「おしりに当って快適に感じる温度は何度か。開発者たちは実験室にこもり、お湯の温度を0.1度ずつ上げながらおしりにお湯を当て続けた。(中略)1日16時間、交替でデータを取り続けた」(新書p.18)

 「角度は43度であることが導き出された。どんなおしりでもしっかりお湯が届き、かつ、おしりにぶつかったお湯がノズルにかかりにくいという、まさに「黄金律」であることがわかったのだ」(新書p.18)

 簡単に作れそうな気がする温水洗浄ですが、やはり技術開発というのは厳しい。水温コントロール、耐久性、衛生面、もちろんコスト。私たちがちゃーっと気持ちよくお尻を洗うために、こんな苦労を重ねていたとは。

 本書はウォッシュレット開発の歴史を軸に、トイレ文化の創造という理念をどのように追求してきたのかを、TOTOの技術開発現場にいた技術者が語ってくれる一冊です。

 入社して初めて関わった給湯器の開発から、米国での文化の違いによる苦労話まで、著者自身の思い出。サイホン、サイホンセット、フラッシュバルブ、シーケンシャルバルブなど便器の基本技術の解説。便器の形態がどのように進化してきたかの図解。読み進めるうちに、便器の改良がいかに「生活の質」を高めるかが自然と理解できます。それはまさに文化。

 「2002年、NAHBリサーチセンターが便器の洗浄性能のテストを行い、結果、TOTOの製品が1位から3位までを独占した」(新書p.81)

 世界一の性能を誇る技術も、生活習慣の違いのせいで米国ではなかなか受け入れられないという現実。挫折感を味わった著者は、「世界で通用する、革新的でスタイリッシュなウォッシュレットを作りたい」(新書p.100)という思いを胸に抱き帰国。そしてはじまる次世代ウォッシュレット開発への挑戦。

 ここ、燃えますね。

 「しっかりと当たる強い吐水と、水をセーブする弱い吐水を1秒間に70回以上繰り返して水玉を連射、2倍の洗浄力を可能にする洗浄方式が生まれた。これは「ワンダーウェーブ洗浄」と命名された」(新書p.108)

 「抗菌作用を持つ「光触媒タイル」の実用化に成功した。(中略)さまざまな材料の表面に分子レベルで水膜を形成する現象「超親水性」を発見、世界で初めて商品化する」(新書p.110)

 「7種類ほどの原料の組成を変えては実験を続け、半年のあいだに何と2000種以上もの試作品がつくられた。(中略)こうして、釉薬の上にもう一層、ナノレベルに平滑なガラス層を設けることで汚れをつきにくくした新素材「セフィオンテクト」が誕生した」(新書p.114)

 「数ミリ単位の試行錯誤が続き、通常、3~4回で完成する試作品の型枠を数十回も作り直してもらった。(中略)この洗浄方式は、幾重にも円を描いて、便鉢部分を洗う姿から、「トルネード洗浄」と命名された。そして、この技術は、のちのちさらなる節水型トイレの開発にとって、大きな基盤となってゆく」(新書p.118)

 さらに技術開発は「新ワンダーウェーブ洗浄」、「超節水4.8リットル洗浄便器」、「ツイントルネード洗浄」、「電解除菌水ノズル洗浄」、「ワイドビデ洗浄」と続いてゆきますが、もう何だか特撮ヒーローものの「必殺技特訓シーン」を連想させる迫力。高揚感を覚えずにはいられません。

 印象的なのは、女性開発者の活躍。IT業界だと技術開発の現場は男性が幅を利かせていることが多いのですが、そこは主要購買層が女性であるトイレ。女性技術者が最前線に立ちます。

 「ノズルが清潔だと言い張るのなら、舐められますか? 私たち女性は、舐めることができるくらいきれいじゃないと、清潔だと言わないんです」(新書p.156)

 「「おしり洗浄の水で目を洗えますか?」(中略)ビデは粘膜を洗うので、もっとやさしく洗わなければいけないということを表現した言葉だ」(新書p.160)

 ビデに関する男性開発者の甘い認識を叩きのめし、厳しく指導する彼女たちの活躍。かっこいい。

 というわけで、技術開発の現場における熱気と興奮が伝わってきます。普段あまり気にも留めないトイレ空間や便器に、これほどまでのハイテクと工夫が投入されていたとは。読了後、トイレに入る度に便器をしげしげと眺めてしまう、忘れがたい印象を残してくれる好著です。


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