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『気候工学入門  新たな温暖化対策ジオエンジニアリング』(杉山昌広) [読書(サイエンス)]

 こうしている間にも着々と進行している地球温暖化。CO2排出を抑制するための努力は間に合うのか。もし間に合わない場合、もはや人類に打つ手はないのだろうか。いや、実は最後の切り札が残されている。それがジオエンジニアリング、気候工学である。地球大気システムに人為的に介入して、温暖化に対抗するのだ。

 というわけで、本書は、新たな温暖化対策として議論されている気候工学についての解説書。その必要性、歴史、技術的説明、コストや課題、議論の概要まで、気候工学をめぐる状況と論争の全体像を包括的に示してくれます。単行本(日刊工業新聞社)出版は2011年5月。

 全体は10章に分かれています。

 まず最初の1章から3章では、気候工学の必要性と歴史が示されます。温暖化ガス排出を抑制しても温暖化が充分に緩和されるとは限らないことから、最後の手段として、あるいは保険として、気候工学の研究を進めておくべきであることが示されます。一方で、その実施、あるいは「実験」に対する慎重論も強いことが分かります。

 「地球温暖化の科学をまとめる国際機関である「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)も、次期報告書で気候工学を1つのテーマとして取り扱うことが決まった。(中略)CO2等の削減による対策が、危険な気候変動のリスクを避けるのに手遅れになる可能性が出てきたからだ」(単行本p.6)

 「気候工学の重要性を支持している科学者で、現時点での「実施」を支持している人はほぼ皆無であろう。現状の科学的知見では、効果や副作用などについて未解明な点が多数あり、不確実性が大きすぎるからである」(単行本p.23)

 続く4章から6章は、気候工学で検討対象となっている技術の概説です。大きく二つの方向があり、一つは太陽からの光を遮ることで地球を冷やす技術、もう一つは大気中の二酸化炭素を除去する技術です。

 太陽光遮断技術としては、宇宙空間に巨大な太陽光シールドを展開するといったSFファン大喜びの壮大なアイデアから、成層圏へのエアロゾル散布といったやろうと思えばすぐにでも実現できそうな技術もあります。

 大気中の二酸化炭素除去としては、鉄粉を散布して海洋プランクトンの活動を活性化しCO2吸収を加速してやる方法、化学プラントにより直接的に大気に含まれる二酸化炭素を吸着固定する方法などが試みられています。

 成層圏エアロゾル散布は驚くほどコストが安価で、大富豪なら個人資産で実現可能だとか、ローター船と呼ばれる特殊船舶1500台が海水を吸い上げて細かい霧にして空中散布することで、塩分が凝固し「雲の種」となって雲量が増加、温暖化を防ぐことが出来る、などなど、知らなかった話が次々と登場してわくわくさせてくれます。

 もちろん、うまい話ばかりではありません。

 「太陽放射管理を急に停止した場合、CO2の温室効果が急激に現れ、地球温暖化が非常に速いスピードで進行するようになる。これは「終端問題」と呼ばれる」(単行本p.72)

 例えば、成層圏エアロゾル散布をいったん始めたら数百年から数千年に渡って続けなければならず、途中で止めたら一気に破綻してしまうという、何だか薬物中毒みたいな副作用にしょんぼり。大気中の二酸化炭素濃度を下げる対策と合わせて実施しないと取り返しがつかないことになるわけです。

 7章から9章は、様々な気候工学技術のメリット・デメリットを総合的に評価し、どのように取り組むべきかについての議論にフォーカスします。問題点を解決するためにもどしどし研究すべしという立場の専門家もいれば、そのような研究はせっかくのCO2排出量抑制の努力に水を差しかねない、実験を試みるだけで地球環境に取り返しの付かないダメージを与えかねない、として反対する立場の専門家もいます。

 全くの余談ですが、ケムトレイル(政府や軍が空中に毒物をまいているという陰謀論)を語る文脈で、よく「温暖化対策と称して」という表現が出てきて、意味がよく分からなかったのですが、どうやらこの成層圏エアロゾル散布のことを指しているらしいということが本書を読んではじめて分かりました。なお、本書でもこれについてp.142の註釈10でちょっとだけ触れられています。

 最後の10章では、気候工学の議論や研究を社会がどのようにして管理すればよいのか、気候工学のガバナンスについて語られます。さらに巻末には、本格的に勉強したいという読者のために様々な資料が提示され、豊富な参考文献が付いています。

 文章や構成はやや堅めで、いかにも学術論文を連想させます。また沢山の情報を詰め込んでいるためか、余談や気晴らしといったものがなく、ひたすら生真面目に書かれており、読んでいて気疲れしてくる読者もいるかも知れません。

 ただ、それを差し引いても、今のところ日本語で読めるジオエンジニアリングの一般向け解説書が他にないということもあって、この技術やそれをめぐる論争に興味をお持ちの方にとっては必読の一冊と云えるでしょう。


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