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『われら猫の子』(星野智幸) [読書(小説・詩)]

 シリーズ“星野智幸を読む!”、第11回。

 何とも奇妙で不条理な設定により、家族や自己認識にまつわる固定観念を鋭くえぐる短編集。単行本(講談社)は2006年10月、私が読んだ文庫版(講談社)は2010年2月に出版されています。

 互いの亡父が生きてるふりを続けることで家族の再生をもくろむ男女。紙になるために全身くまなく文字を書いてもらう女。世界を内包する書物を読む老人。股間でこっそり鳥の雛を育てる子供。

 下手をすると馬鹿馬鹿しく感じられるかも知れない奇妙な設定ばかりですが、こうした超現実的とも思える物語があぶり出すのは私たちの常識や固定観念のあやふやさ。家族はこういうもの、男女関係はこういうもの、世界はこういうもの、そういった思い込みの虚構性があらわにされるときの目眩を感じさせる作品が集まっています。

 個人的な好みでいうと、まず冒頭に置かれた『ててなし子クラブ』。会員資格は、父親がいないのに「いるふり」を真剣に続けること。そんなクラブを結成する話です。仮想父との生活を詳しく設定し、互いに報告しあううちに、その設定があまりにもリアルになってきて、ついには親子喧嘩で殴られて怪我をしたり、恋人と互いの仮想父の四人で「家族ぐるみのお付き合い」をしたり。家族って、親子って、いるふり設定や仮想存在とは実際のところ何がどう違うんでしょうね。

 搾取する側の一員たる豊かな日本人であることを恥じ、反政府ゲリラの一員になって戦うべく、内戦が続く中米の小国に向かう青年をえがく『チノ』も好み。日本人であることを捨てるぜ俺は、みたいな青臭いことを息巻いている若者ですが、現地では誰も日本なんて知らず、東洋人は全てチノ(中国人)と呼ばれる。反発して、俺は日本人だ、と主張するも相手にされない若者。そこに反政府ゲリラが襲ってきて・・・。

 「最初の一文を読み終わったときにはもうその文を忘れてしまうので、誰かが止めてやらないと死ぬまで最初の一文を繰り返し読み続けることになる」書物を扱った『砂の老人』。もちろん書物の所有者はボルヘスです。

 他に、紙(神ではなく)になろうとする女の執念を描く『紙女』、処女受胎で授かった息子が妊娠出産の根絶を目指す宗教を創設する『トレド教団』、股間に鳥の雛が生えて日に日に大きくなる『雛』、などが印象に残りました。

[収録作]

『ててなし子クラブ』
『ペーパームーン』
『われら猫の子』
『味蕾の記憶』
『チノ』
『砂の老人』
『紙女』
『夢を泳ぐ魚たち』
『トレド教団』
『雛』
『エア』


タグ:星野智幸
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