SSブログ

『WORLD WAR Z』(マックス・ブレックス) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 死者が凶暴な怪物として蘇り、人々を無差別に襲い始める。噛まれた犠牲者もリビングデッド(ゾンビ)となり、こうして不死者の数は果てしなく増え続ける・・・。人類を絶滅の瀬戸際まで追い詰めた「世界ゾンビ大戦」が終結してから十年。あのとき、人々は何を体験し、どのようにして生き延びたのか。生存者に対するインタビュー集という形式で明らかにされるZ戦争の全貌。単行本(文藝春秋)出版は2010年4月です。

 『SFが読みたい!2011年版』においてベストSF2010海外篇第4位に選ばれたゾンビホラー大作です。ゾンビ蔓延により世界各地で繰り広げられた地獄絵図と凄絶な死闘がこの上なく壮大なスケールで描かれ、最初から最後まで興奮しっぱなし。

 灰色の肌、白目、うめき声をたてながら、両手を前に突き出して、よろよろと歩き回る死体。生きている人間を見つけると執拗に襲いかかり、脳を破壊されるまでは攻撃を止めない。犠牲者は身体を引き千切られ喰われるか、たとえ生き延びても噛まれただけで「発症」し、自らがゾンビとなって蘇る。

 本書に登場するのはロメロ流のオーソドックスなゾンビ。走ったり、しゃべったり、巨大化したり、といったことは一切なく、基本的ゾンビ像に忠実です。個体はさほど強くはありませんが、ひたすら数を増やし、巨大な群れとなって四方八方から押し寄せてくるゾンビの恐怖。

 この疫病のようなゾンビが中国奥地で発生するや、あっという間に世界中に拡散。人々はいきなり阿鼻叫喚の地獄に放り込まれ、絶望の中で生存のために闘うはめに。後に「世界ゾンビ大戦」あるいは「ワールド・ウォー・Z」と呼ばれることになる、文字通り全世界を巻き込んだ総力戦がこうして始まったのだ。

 戦争が終結してから十年後、Z大戦の歴史をオーラルヒストリーの手法で記録すべく、世界各地の生存者に行ったインタビュー集。それが本書の設定です。何といっても、この設定が見事にハマっています。

 個人がその恐怖体験を主観的に語るホラーとしての面白さと、それらがモザイクのように組み合わさってゾンビ終末ものへと俯瞰してゆき、やがて人類の死にものぐるいの反撃へと展開する戦争小説、歴史小説としての面白さ。この両方が高いレベルで融合しており、どきどき、はらはら、ページをめくる手が止まりません。

 兵士、医者、主婦、ひきこもり青年、子供、政治家、パイロット、詐欺師、宇宙飛行士。年齢も人種も国籍も職業も異なる多くの語り手が登場し、それぞれの体験を率直に語ります。世界各地、さらには軌道上から深海まで、あらゆる場所が舞台。ゾンビホラーとしては他に類を見ない壮大なスケールです。

 ゾンビの群れに襲われた住宅地。避難民であふれる道路。非情な隔離作戦。飢えと疫病が拡がる避難所。輸送機が墜落し、救助地点までゾンビ蔓延地帯を歩いて横断しなければならなくなったパイロット。軍の最新兵器を惜しげもなく投入した大規模ゾンビ掃討作戦の大失敗。攻撃型潜水艦同士の対決から局地核戦争まで。そして、地下道で、深海で、沼地で、マンションで、病室で、あるゆる場所で繰り広げられた惨劇と死闘。

 それぞれの立場で語られる話はどれも生々しく、迫力に満ちています。いわゆる「信頼できない語り手」の技法を用いたトリックが仕掛けてある話もいくつか交じっていたりして、どの話もショートストーリーとして面白く、飽きさせません。日本語版で500ページを超える大作、しかもずっとゾンビものから離れないのに、決して読者を飽きさせない手腕は大したものです。

 というわけで、ゾンビホラーとしても、破滅SFとしても、おそらく古典扱いされることになるであろう堂々たる傑作。ジョージ・ロメロの古典映画から、ゲーム『バイオハザード』シリーズ、そしてコミック『アイアムアヒーロー』(花沢健吾)まで、ゾンビ好きにはぜひ読んでほしい作品です。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: