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『SFマガジン2011年12月号 特集:The Best of 2005-2010』(ジョン・スコルジー) [読書(SF)]

 SFマガジンの2011年12月号は、「The Best of 2005-2010」と題して、2005年から2010年に発表された海外SF作品五篇を翻訳掲載してくれました。

 冒頭に掲載されたのは、『トロイカ』(アレステア・レナルズ)。

 太陽系に突如現れた巨大構造体、その幾重にも殻をまとった姿から「マトリョーシカ」と名付けられた物体に接近する第二ソビエト連邦の有人探査船「テレシコワ」。いくつもの障壁を抜けてマトリョーシカ内部への侵入に成功した宇宙飛行士たちがそこで見たものとは。

 この探査ミッションから帰還した元宇宙飛行士の一人が精神病院から命がけで脱走する緊迫したシーンから始まる作品で、その逃避行シーケンスと過去の探査シーケンスが交互にカットバックで進んでゆくという構成です。

 探査で何が見つかったのか、政府が真相を隠蔽するために宇宙飛行士を軟禁しなければならなかった理由とは。そして、主人公が届けようとしている謎の物体が持つ意味は。様々な謎とサスペンスで読者をぐいぐい引っ張ってゆきます。

 『懐かしき主人の声』(ハンヌ・ライアニエミ)は、飼い主を奪われた犬と猫が一緒に旅に出て、艱難辛苦の末に協力して宿敵を倒し、ついに飼い主を解放しました、めでたしめでたし、という、どのディズニー映画だったっけ、みたいな話。この単純なプロットに、ナノテクやサイバーテックのガジェットを山ほど放り込み、目もくらむような切れ味に仕上げているところが特徴。

 サポート担当の犬が放った軌道上からのフラクタルコード奔流がファイヤーウォールを突破。「いまだ、いけ!」、猫を包む量子ドット繊維の戦闘アーマーが翼を展開し、敵地に向けて強襲降下を開始する。犬の移植手がガウスランチャーを構え、猫の脱出支援のために核ペイロードを発射。天に炸裂する純白の光球。

 ディズニーじゃないなあ。

 『可能性はゼロじゃない』(N・K・ジェミシン)は、アクシデントの発生確率が超自然的に高まったニューヨークが舞台。人々は、あらゆる祈り、お守り、迷信、ジンクスに頼ることで、この事態に適応していこうとしている。馬鹿げた迷信(でも今や実効がある)を大真面目に実践する、極めて現実主義的なニューヨーカーたちの姿がおかしい好短篇。

 『ハリーの災難』(ジョン・スコルジー)は、人気スペースオペラシリーズ『老人と宇宙』の番外篇。かつてペリーの同期生だったハリー・ウィルスン中尉は、外務部より奇妙な依頼を受ける。エイリアン種族、コルバ族との交渉をまとめるため、彼らの戦士と闘技場で一騎討ちをしてほしいというのだ。

 スコルジー宇宙におけるエイリアン種族は、どれもこれも「闘技場での決闘」で重要なことを決める、という悪癖があるようです。というわけで、ハリーはえらい目にあうことに。最初から最後まで、軽口の応酬やらコミカルなシーンやらが続く楽しいユーモア作品。

 『小さき女神』(イアン・マクドナルド)は、名作『ジンの花嫁』(SFマガジン2007年8月号掲載)の姉妹編。近未来のネパールで、生き神として選ばれた少女の成長がじっくり描かれます。

 ル=グィン『こわれた腕環』(ゲド戦記第二巻)を連想させるような、生き神としての宮殿生活。そして追放。インド大都市での辛い暮らし。人身売買のような結婚から逃げ出した彼女は、非合法AI密輸のために運び屋に仕立て上げられる。

 彼女の脳に埋め込まれたサイバーニューラルネットに搭載されたAIたちがデーモンとなってとり憑き、彼女は様々な自意識や複数人格を抱えたままデーモンをあやつる女神となってゆく。放浪の果てに、彼女は自らの居場所を見つけることが出来るのだろうか。

 何といっても、ヒンズー教の神々が息づく近未来インドの描写が素晴らしい。SFと神話が見事に融合していて、その幻想的な雰囲気には陶酔感を覚えます。文章力が桁違い。ラストもすごく感動的だし、今号掲載作のなかでは本作が最も気に入りました。いいですよこれ。

[掲載作品]

『トロイカ』(アレステア・レナルズ)
『懐かしき主人の声』(ハンヌ・ライアニエミ)
『可能性はゼロじゃない』(N・K・ジェミシン)
『ハリーの災難』(ジョン・スコルジー)
『小さき女神』(イアン・マクドナルド)


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