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『平成幸福論ノート  変容する社会と「安定志向の罠」』(田中理恵子) [読書(教養)]

 格差の拡大、貧困の増加、少子高齢化、非婚化、孤独死、ガラパゴス化、保守化、排外主義の横行。日本を覆っているこの不安、不幸感はいったい何に起因するものなのか。社会学者であり、詩人であり、育児中の母親でもある著者が、様々な論点から日本人の「幸福」を分析した力作。新書(光文社)出版は2011年3月です。

 雇用から家庭まで様々な社会制度が時代に合わなくなり、崩壊しつつあるのに、何をどうしていいか分からず、孤立化し、途方に暮れて立ちすくんでいる。日本が置かれているそんな状況を多角的に論じた一冊です。

 まず、様々に唱えられている「幸福論」を取り上げて、その限界を明らかにします。そして、改めて平成日本における「幸福論」を展開してゆくのですが、その論点は驚くほど多岐に渡っており、まるで社会学の主要な研究領域を全て横断するような幅広さ。

 ざっと挙げてみるだけでも、家庭(非婚化、家計モデル、女性労働問題)、職場(雇用、世代間格差、財政)、若者(保守化、孤立化、ニート)、地域(社会保障、コミュニティ、つながり)、といった具合です。

 一つの主張を掘り下げてゆくタイプの本ではないため、内容の要約は困難ですが、大筋では、古い制度や価値観が時代と合わなくなり、不安にさらされた個人がリスクを嫌って消極的選択を行うことにより社会の硬直化が進む、そのような悪循環に日本は陥っており、それが人々から幸福感を奪っている、ということになるでしょうか。

 「人々の醸成する気分は、その時代と適合的な場合は幸福感を補強するが、時代遅れな場合には、さながら怨念のように人々にとりつき、結果として幸福を遠ざけてしまう。「内向き」「懐古趣味」「過度の安定志向」、さらには「保守化」といった諸現象はいずれも昭和が怨念化し、人々や組織にとりつき、具現化した結果ともいえる」(新書p.179)

 というわけで、社会から家庭までどのように「昭和の怨念」にとりつかれているかが多種多様なデータを元に詳しく分析されます。

 「可能性の十全な追求ではなく、断念と次善の策の選択が、多数派を占めている。(中略)現在の日本は、社会の変革や可能性の追求のような「積極的選択」のコストが高くつく社会なのだ」(新書p.54)

 「これまでの日本では、「男性の孤独」も「地域社会の解体」も、高く安定した婚姻率のおかげで、問題化せずに済んできたにすぎない」(新書p.77)

 「日本社会の制度疲労は、積極的な「女性差別」というよりも「女性無視」の結果である」(新書p.98)

 「この国では、若年層ほど人生に高いリスクを追わされている。その根源にあるのは、硬直した雇用慣行と、社会保障の世代間格差である」(新書p.154)

 リスクを回避する消極的選択の果てに、男は孤立、女はひたすら無視され、若者は生まれながらにして経済的に虐待されている。なるほど、幸福感が得られないのも無理はありません。

 その先にあるのはどのような世の中か。

 「「消極的選択」の結果が、人々の孤立と理想の生活からの乖離を生んでいる。一人の生活を選んだわけではなくても、結果的に一人になり、そしてその生活を守るための生活防衛が、いよいよ人と人との結びつきを弱める社会になってきている」(新書p.111)

 「孤立化リスクが高い社会では、多くの人が自らが排除されているという事実に耐えられないことから、ときに他のより劣悪な環境にある人を排除しようとする」(新書p.164)

 「社会から排除された者が、互いを排除し合うことによりようやく自らのアイデンティティを担保しようとすることが一般化するのである。その場で繰り広げられるのは、弱者同士の不毛なつつき合いでしかない」(新書p.166)

 「やがて国内には、保守的で社会の問題解決や変革に何ら興味のない層しか残らなくなる」(新書p.54)

 ぞっとするような寒々しい光景ですが、これが絵空事とは思えません。というか嫌になるほどのリアリティを感じてしまうのです。

 では、どうすればいいのでしょうか。

 類書ではここで高所から壮大な(あるいは極めて抽象的な)「提言」を偉そうに述べたりするのですが、そこはさすが子育て中の母親でもある著者。子育て相互支援を中核とした地域コミュニティの再生、といった非常に具体的な策を足掛かりに論じてゆくのです。説得力を感じます。

 というわけで、日本社会が抱えている問題を様々な面から分析した好著です。なぜ日本の将来に希望が持てないのか、何がこんなに不安でいらだたしいのか、どうして人心が荒れてヘイトスピーチがまかり通っているのか、真剣に考えてみたい方のための入門書としてお勧めします。本書を皮切りに、個別の問題についてより詳しく論じた本へと読み進めてゆくとよいでしょう。


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