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『本当にあった医学論文2』(倉原優) [読書(サイエンス)]

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驚愕再来
 前作「本当にあった医学論文」大好評につき
 早くも「2」の刊行を呈した1例
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帯の惹句より

 世界中で発表された医学論文から珍品を選んで紹介してくれる楽しい一冊、好評につき早くも続編が登場。単行本(中外医学社)出版は2015年4月です。


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 前作はもともと医学書として出版したこともあって,医療従事者以外の方が手に取ってくださるとは思いもしませんでした.(中略)この本は難しい医学書ではなく気軽に読んでいただく読み物です.医学的妥当性をまったく無視して書いていますので,どうか軽い気持ちでご笑覧いただきますようお願いします.
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「まえがき」より


 というわけで前作から半年もしないうちに(たぶん)緊急出版された続編です。おそらく中外医学社の出版物としては異例のヒットだったのだろうと想像されます。

 このシリーズがどのようなものであるかについては、まずは前作の紹介をお読みください。

  2014年12月16日の日記
  『本当にあった医学論文』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2014-12-16

 ではさっそく内容紹介です。


「1章 驚きの症例を紹介する13の医学論文」

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“消化管発酵症候群(Gult Fermentation Syndrome)”は西洋医学ではほとんど知られていない病態です.(中略)アルコールを飲まないのに酔ってしまうという驚くべきな症状が出現し始めました.(中略)アメリカの場合,アルコール呼気濃度が0.08%を超えると法に抵触しますが,この男性の場合は呼気濃度がその5倍にも達していました.
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単行本p.8

 消化器で勝手にアルコールが醸造されて酔っぱらう症状。ネギを差し込んで導尿しようとして抜けなくなった症例。海中に潜ると軽快する症状など。個人的にインパクトを受けたのが、母親の体内で石化した胎児が35歳で「出産」された事例です。


「2章 職種にまつわる10の論文」

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ロンドンのタクシー運転手とバス運転手を比較し,タクシー運転手の海馬が発達しているのかどうかを検証したものです.その結果,タクシー運転手は有意に海馬の後部が発達し(p=0.002),そのため空間認識能力に秀でているということを明らかにしました.
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単行本p.24

 タクシー運転手、力士、アメフト選手、吹奏楽者、卓球選手、マラソンランナー、医師、看護師。様々な職業につきものの病気や症状に関する研究。個人的におかしかったのが、剣呑み芸人は「食道などの消化器系の傷害が多い」という意外性のない研究です。


「3章 あえて真面目に調べたところに意義がある7の論文」

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この論文は,サハラ砂漠で長時間運動するとどうなるかを調べたものです.(中略)結論として,過酷な環境のもとでは日中にはペースを落として走らざるを得ないことがわかりました.そりゃそうだ.(中略)
 ちなみに読者の皆さんは,安易にサハラ砂漠を横断しないように注意して下さい.
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単行本p.52

 サハラ砂漠で長時間マラソンすると体温が上昇する。車に乗らず徒歩や自転車で通勤すると体重が減る。ブレイクダンサーは怪我をしやすい。悪天候時のスノーボードは危険である。手術前に音楽を聴くと不安がやすらぐ。私たちの安易な思い込みや先入観がいかに信用できるかをきちんと調べた医学論文の数々。


「4章 恋愛・結婚・出産・育児にまつわる12の論文」

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 さて,胎教といえばモーツァルトです(中略).しかしその一方で,モーツァルトよりもヴェルディの椿姫などのようなオペラの方が医学的には良いのではないかという意見もあります.心臓手術を受けたマウスにオペラを聴かせたところ,モーツァルトなどの音楽を聴かせた場合や音楽を聴かせなかった場合よりも生存期間が延びたというのです
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単行本p.66

 恋愛は睡眠不足の原因になる。結婚することで女性の体重はどのくらい増えるか。妊婦に対する音楽療法の効果。妊娠中には避けるべき食品。子供の就寝時間と成績との関係など。


「5章 食事と食材にまつわる9の論文」

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 医療従事者はご存じだと思いますが,細菌性膣炎に対してはメトロニダゾールが最も効果的な治療薬として推奨されています.ただ,メトロニダゾールには副作用が少なからずみられます.(中略)驚くべきことに,ニンニクによる治療はメトロニダゾールの効果と統計学的には差がなかったそうです(63.3% vs 48.3%,p=0.141).また,副作用はニンニクの方が圧倒的に少なかったそうです(p=0.032).
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単行本p.91

 ニンニク、お茶、キムチ、ワイン、バナナの葉など、様々な食材の効用を調べた医学論文。


「6章 ありふれたモノにまつわる5の論文」

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なぜ吸い込まれた手が熱傷になるかというと,吸い込まれたときに手が高速回転するナイロン毛に触れるためとされています.実は,サイクロン式の掃除機は,摩擦熱によって重度の熱傷をきたすことが報告されています
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単行本p.101

 サイクロン掃除機、サンダル、スマホ、青色LED、楽器のサックスまで、身近なものに潜んでいる危険性を指摘する医学論文。


「7章 こっそり読みたいアダルトな7の論文」

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一生涯に20人を超える女性と関係したことのある男性では,それ以外の男性と比べて前立腺がんのリスクが28%低下しました(オッズ比 0.72,95%信頼区間 0.56-0.94).また,性交渉の経験のない童貞の男性が前立腺がんと診断される可能性は,経験のある男性のほぼ2倍であることがわかりました.
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単行本p.115

 童貞は前立腺がんのリスクが高い。ブラジャーのサイズと肩こりには相関があるか。性行為中の死亡事故で意外に多い死因とは。精子に対するアレルギー症状。浮気の予防薬。アダルトというよりシモネタが多いので、変な期待をしないように。


「8章 さまざまな謎に挑んだ8の論文」

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タンザニアにおいて動物外傷で受診した患者さんを集めたら一体どの動物による外傷が一番多いでしょうか。やはりライオンかな、いやいやサイか。
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単行本p.136

 アフリカで最も多くの人が襲われている動物とは(1位、2位、3位とも意外)。宇宙線は乳がんのリスクになるか。女性より男性の方がゲーム好きな理由は。ホウ酸ダンゴを生き延びたゴキブリはより強くなる? 病気のかかりやすさに血液型による差はあるか。ふと気になった疑問に取り組んだような医学論文。雑談ネタに最適。


 他に、著名音楽家の死因推定などの研究成果を教えてくれる「医学論文からわかる音楽史」というコラムシリーズが付録になっています。

 前作同様、たぶん役には立たないものの面白いネタがぎっしり詰まっていて楽しい一冊。今後もシリーズが続くことに期待したいと思います。



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『FKB ふたり怪談 参』(松村進吉、幽戸玄太) [読書(オカルト)]

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君の生まれ育った町が、月と地続きになっているのは確かなんだねと念を押すと、だからそんな訳がないというのは僕もわかってますよと、古田くんは少し不愉快な顔をした。
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文庫版p.142

 自転車で月に行ったことのある男。猫の毛皮に住むノミの恋愛を幻視する女。ドラム缶に住んで変性意識状態に。飛行機の窓から見えた空中都市。妄想なのか、それとも私たちが共有していると信じる現実こそが妄想なのか。不可思議な話を収録した怪談実話集。文庫版(竹書房)出版は2013年10月です。


『セメント怪談稼業』(松村進吉)収録、『第三の実話の件』 より
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 本人にとっては紛うことなき恐怖体験であるにもかかわらず、その原因が病、あるいは酒、あるいは薬物である、と判明してしまっている話。
 つまり〈非〉超常現象且つ、〈非〉猟奇犯罪の、実話恐怖譚。(中略)
 これを、体験者の感じたままに。体験者の現実として書こう。
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Kindle版No.1322


 師である平山夢明から「まったく新しい怪談実話系を創り出せ」と厳命された松村進吉さんが、七転八倒の末に恐怖妄想譚を書くことにした、という経緯については、『セメント怪談稼業』(松村進吉)に詳しく書かれています。

  2015年04月09日の日記
  『セメント怪談稼業』(松村進吉)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-04-09

 その恐怖妄想譚というのがどんなものか気になって、本書を読んでみました。


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「……実は僕、小学生の頃に二回だけ、お月さんへ行ったんですよね」
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文庫版p.130

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 その日の帰宅途中、矢部さんは暗い路地の片隅で轟々と真っ赤な炎を吐き出す、自動販売機を見た。
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文庫版p.191

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 すると突然、窓際の席にいた客らが「おお、おお」と声を上げ十字を切り始めた。
 一体何ごとかと思いシートに身を乗り出せば、彼らの視線の先には、真っ青な空を背景にして巨大な白い雲が、こんもりと浮かんでいる。
 その切れ間に。
 まるで雲海から覗く城のように。
「……大きな街のある島が飛んでいるのが、見えたんだよ」
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文庫版p.175

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「タンスの裏に隠れたんで、見えないんですけど。なんか男の人がウロウロするから」
「箪笥? ……男の人って、誰です」
「いやそんなの知らないけど、怖い人ですよ。黒い服の。こんな----」
(中略)
「----こんな人ですよ。なんで目ン玉が電気なの……? もうやめて、もうやだ。出てって。帰って。早く。早く」
「あの小河原さん、それは帽子ですか。帽子を被ってるんですかその人は」
「はああああああああああ……」
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文庫版p.220


 忘れがたい印象を残す話が並んでいます。妄想というより、他人と共有できない現実、という方がしっくりくるような、巻き込み力の強いリアルな体験談。妄想界の見張り人「黒服の男」もあちこちに登場します。

 他に、個人的に好きなのが、まずはドラム缶のなかで生活するようになった男の体験談。


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 しかし私は、どちらかというとこの話を聞いて----1970年代のアメリカを席巻した、いわゆる「ニューエイジ運動」を連想した。
 武井くんのドラム缶は、本人の意図はどうであったにせよ、ある種の人工的な神秘体験発生装置として機能していたのではないか。
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文庫版p.170


 1950年代にジョン・カニンガム・リリーが考案した感覚遮断装置、いわゆる「アイソレーション・タンク」を、まったく意図しないまま、しかも安価なドラム缶を使って、再発明してしまった男。しかも、しっかり変性意識状態(それも元に戻れなくなるほど強烈な)を体験したという、これはひとりニューエイジ革命。本人含め誰にも気づかれない天才というのは、いるところにはいるものです。

 もう一つ気に入った話は、猫の体毛に住んでいる二匹のノミの恋愛を幻視してしまった女性の話。

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 ほどなく、鈴原さんはオーソンの柔らかな毛に触れるだけで、今現在の二匹の虫の姿を瞼の裏に、克明に描けるようになった。
 これは一種の遠隔透視であり、それを見ている時の鈴原さんはまるで自分自身が、真っ白な和毛の森を彷徨っているかのような臨場感を覚えた。
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文庫版p.209

 自分でも妄想だと分かっていながら、どうしても感情移入を止めることが出来ずに、悲劇へと突き進んでしまう心理が見事に描かれています。

 もう一人の著者によるパートはどちらかと言えば普通の実話怪談に近いのですが、やっぱり

「戸袋に死体が入っていると妄想していたら、ある日そこに入り込んだ人が本当に死体となって発見された」とか、

「聞いたこともない蝉の声がしたので見たら、樹にとまった蛸が鳴いていた」とか、

「目眩がして倒れたとき、ベッドの下を三つの乳房がぐるぐる飛び回っているのを見てしまった」とか、

「灰色のコートを来て髪の長い女がワニそっくりの格好で這い寄ってきて脚に噛みついてきた」とか、

そういう話の比率が大きくて、個人的にはお気に入りです。

 ちなみに解説で平山夢明さんが両著者を紹介しているのですが、その描写が何というか、容赦なくて、思わず笑ってしまいました。

松村進吉
「身体は外にあっても気持ちは家の金庫に置いてきているような〈心的ひきこもり〉」(文庫版p.223)

幽戸玄太
「腸がはみ出ているのに公園のベンチでアイスを食べて笑ってるような人」(文庫版p.222)


タグ:松村進吉
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『妖怪探偵・百目2 廃墟を満たす禍』(上田早夕里) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

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もうじきこの街は本物の戦場になる。自分で自分の身を守れない者は死ぬ。何もできないのであれば、一日も早く、この街から立ち去りなさい。
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Kindle版No.3969

 人間と妖怪が危うい均衡を保ちつつ共存している「真朱の街」。そこに迫り来る新たな脅威を前に、人も妖怪も、それぞれの思惑で動き始める。短篇『真朱の街』を構想新たに発展させた連作シリーズ第2弾。文庫版(光文社)出版は2015年4月、Kindle版配信は2015年4月です。


 軌道上の太陽発電衛星から、再生医療や遺伝子工学、人工知能に至るまで高度なテクノロジーが実用化されており、その一方で妖怪に対抗するための陰陽道や呪術もまた普及しているという、いかにも「異形コレクション」を源流とする歪な世界にある「真朱の街」、妖怪と人間が打算と駆け引きによって共存している街。

 この街で探偵業を営んでいる絶世の美女妖怪・百目と、彼女に寿命を吸われつつ文字通り命を削って働いている助手の相良邦雄。二人は今日も怪事件に挑んだり、挑まなかったり。

 というのんびりした話をもう少し続けるのかと思っていたのですが、いきなりの急展開に驚かされます。

 街に迫る大妖怪〈濁〉と、妖怪殲滅を目指す陰陽師、播磨遼太郎。彼と協力して街の「浄化」を目論む警察。組織と妖怪との間で板挟みとなって苦しむ刑事。播磨遼太郎の真意を探ってゆく百目と相良邦雄。様々な矛盾を抱えた登場人物たちが、それぞれに悩みながら動き始めます。


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 自分から背負ったものの、どんよりとした気持ちがのしかかる。こうやって僕は徐々に人間世界から遠ざかる。妖怪じみた存在になっていく。
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Kindle版No.232

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 心は人間のままでも、身体的な意味では、おれは妖怪に近い存在になってしまったのではないか。
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Kindle版No.491

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このまま放置しておけば、〈濁〉は真朱の街の中で、どんどん肥え太っていく。そして、周囲に、黒い穢れを撒き散らすようになるだろう。手に負えないほど〈濁〉が巨大化する前に、我々は、どうしても奴を倒さねばならん。
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Kindle版No.659

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人生の何を犠牲にしても構わない。〈濁〉を倒せるなら、どんな酷いことだってやり抜いてみせる。
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Kindle版No.3333

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自分の知らないところで、妖怪を殲滅する作戦が着々と進行している。では、いずれ自分は、百目や牛鬼とも闘わねばならないのか。撃てるのか、あの銃で彼らを。
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Kindle版No.565

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とりあえず一発ぐらいは殴らせろ。そのあとなら話を聞く。
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Kindle版No.3791

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私は〈見ること〉が生き甲斐で、そこには、見つめる対象の本質を暴きたいという気持ちがあるだけよ。
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Kindle版No.356


 いつもの通り、唯一の正義はなく、多様な価値観がぶつかり合うなかからドラマが展開してゆく作品です。陰惨なエピソードも多いのですが、いい意味でも悪い意味でもさばけたというか、いい加減というか、迷いがないというか、そういう妖怪たち(含む相良邦雄)のおかげで、全体としては明るい印象を受けます。ときにユーモラスなシーンも。

 著者にしては珍しい楽屋ネタもさりげなく混ざっていたり。

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とうの昔にうちの常連客になってるぞ。〈伯爵〉って呼ばれて皆から慕われている。ホラー小説のアンソロジーを編纂して、人間からも喜ばれているぐらいだ。
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Kindle版No.3711

 このシリーズや「オーシャンクロニクル」シリーズを世に出すきっかけを作った〈伯爵〉ですが、妖怪酒場にまで出入りしていたとは。


タグ:上田早夕里
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『リバーダンス 20years』 [ダンス]

 4月11日は、夫婦と知人の三名で東急シアターオーブに行って、『リバーダンス』20周年記念公演を鑑賞しました。

 1995年の初演(初来日は1999年)以来、世界中を熱狂させてきた、アイリッシュダンスを中心とした2時間近くのショーです。(第一部45分、途中休憩20分、第二部60分)

 上半身をあまり動かさず、足だけでリズミカルに床をタップし、軽快にぴょんぴょん跳びはねるアイリッシュダンス。ずらりと一列に並んだ出演者だちが同時に踊り、足の動きが左右に「川の流れのように」連鎖してゆく様は壮観です。

 アイリッシュダンスだけでなく、グルジアンダンス、フラメンコ、タップ、ヒップホップ、そしてバレエという具合に、足の動きを中心とする様々な足技ダンスが登場し、もちろん歌と音楽演奏のシーンも楽しめます。

 とにかく2時間近い長丁場を、観客を飽きさせず、疲れさせず、繰り返し盛り上げてゆく構成は、さすが20年磨かれてきた貫祿。誰もがくつろいで楽しめるショーです。


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『二度寝とは、遠くにありて想うもの』(津村記久子) [読書(随筆)]

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家にいても、家に帰りたいなあなどと考えているのだった。会社でのその気持ちの残像が残っているのかもしれない。かなりいつも、家に帰りたい、寝たいとだけ思っている。寝床に入っても、寝たい、帰りたいと思っている。帰って寝ているのに。
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単行本p.201

 ついに会社を辞めて執筆に専念することになった著者。それから三年、はたして念願の二度寝はかなったのか。『やりたいことは二度寝だけ』に続く、エッセイ集第2弾。単行本(講談社)出版は2015年4月です。


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 エッセイ集を出版できるそうなのだが、そのタイトルをどうしよう、という話を今詰めている。(中略)没になったものは、「チャーハン定食の食べ方」「帰りの電車で隣の客がしゃべり始める」「わたし以外の人は皆仲がいい」などである。三つ目が特にひどい。
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単行本p.17


 初めてのエッセイ集のタイトル。『わたし以外の人は皆仲がいい』か『やりたいことは二度寝だけ』かで悩んでいる様子を想像するだけで可笑しさが込み上げてきます。そして、タイトルに「二度寝」のキーワードを入れた続編が早くも登場です。シリーズ化されて、津村記久子さんといえば、ああ二度寝の人ね、ということになるかも知れません。

 もちろん二度寝のことばかり書いているわけではなく、生活、仕事、趣味、友人、お菓子、美術展、サッカー、さらには父親の死から孤独死まで、様々なテーマが扱われています。


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 ちなみに、わたしの頭の中で回っている歌は、サントワマミー、ボサノヴァ風、ヴァン・ヘイレン風、キューピーのCM風と手を替え品を替えながら、一貫してあるスポーツ選手のおしりが大きいという内容を歌ったものである。実は別にそうでもないということが判明した後も、その歌が頭の中で回っている。もう二年になる。
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単行本p.24

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以前、自分は会社員との兼業時代の末期に、布団に話しかけるようになり、しまいにはふとんコールをしながら崇め奉るようになってしまったということをエッセイに書いたことがあるのだが、あれはあれで異常なものの幸せだったと思う。
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単行本p.74

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 特にダーウィンがいいと考える理由は、ミツバチがスズメバチに集団で覆い被さって熱でやっつけたり、シマウマがライオンを押さえつけて河に沈めている決定的瞬間を放送してくれたからだ。特に後者は驚いた。観てから一年ぐらいは、会う人会う人に言って回っていたと思う。
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単行本p.160

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 わたしはほぼ毎日その百貨店の前を通るのだが、かならずンパパの行列がある。毎回どのぐらい並んでいるのか、行列の後方に置いてある表示板を見るようにしているのだが、平日の17時台という微妙な時間帯でも、待ち時間が40分以下であったためしがない。(中略)休日になると2時間の長さにも及ぶというその行列を毎日眺めながら、わたしは、その静けさに疑問を持つようになった。(中略)悶々と自問していても仕方がないので、行列嫌いなのだが行列に並んでみた。(中略)

 早くも15分で行列に並ぶことに飽きてしまったわたしには、頭の中で、加藤みどりが繰り返し「何ということでしょう」と言っているような事態だった。あまりにも暇なので、通りすがりの若者が「何この行列ー」と吐き捨てていくのを眺めながら、もっとひどく嘲ってくれ、と願いさえした。
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単行本p.140-144


 笑いながら思わず共感してしまうようなエッセイが多いのですが、真面目な、あるいは深刻なエッセイも、著者らしさが奔出しているようで素敵です。


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 香典は渡しに行ったが、葬式には出なかった。縁は切れても、最後の最後で追いすがるように自分を印象づけるところが、子供心にも感じていた、この人は淋しがりだということが了解できて父親らしいと思った。なのでわたしは、淋しがる男の人がどうも苦手だ。曲がりなりにも、「淋しい」と口に出せる人ならまだしも、淋しいなりにそのことは明かさず、物欲しげに人のにおいの周りをうろつくような男の人を見ると、親指の腹で押し潰したくなる。
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単行本p.165

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「働くこと」は「それほど持っていない」大多数の人が、それでもそれなりに誇りを持って生きていくための、もっとも妥当な方法である。だから人は、金銭的なことを越えたほとんど本能的なレベルで失業という言葉を忌避し、仕事に対して自分を調整しようとする。過労死やパワハラを畏れ、ひどく憤る。それらは、仕事の側に属するものであれ、人間から働くことを奪うものだからだ。
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単行本p.213

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何か、一言では明確に言い表せない書きたいことがあって、そのことに辿り着くまで、さまざまな道具立てをして、筋道をつけながら書いていく。それは、やたら地道で、そのわりにけっこうふらふらしていて、傍目にはとてもスマートには映らないものかもしれないが、わたしはとても、「ああでもなくこうでもない」物事を描くのが好きなのだった。一言でかっこよく言い切れないぐずさを、どう芸の限りを尽くして説明するか。それが、わたしにとっての小説を書くことなのだろう。
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単行本p.105


 著者の小説を読んでいれば、特定の登場人物だとか、働くことに対する意地や誇り、明瞭に割り切ることの出来ない展開など、思い当たることが次々と浮かんでくるでしょう。小説とエッセイの印象に矛盾がないというか、一貫した、正直な人なんだな、という印象です。

 余談ですが、結局、あこがれの二度寝はどうなったのかというと。

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 そういう三年間だった。会社を辞め、年金も健康保険も自分で負担しなければならなくなり、日本人は真っ暗な部屋で何もせずに過ごしていたって、一ヶ月に三万ぐらいお金がいるんだ、ということだけを学んだ。どういう時間の使い方をしたら二度寝ができるのかは、まだわからない。
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単行本p.282

 というわけで、著者の愛読者には問題なくお勧め、そうでない方も「妙な生真面目さと脱力感の混交」に惹かれる方は、読んで楽しめるでしょう。さらなる続編にも期待したいと思います。いつか二度寝ができるその日まで。


タグ:津村記久子
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