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『二度寝とは、遠くにありて想うもの』(津村記久子) [読書(随筆)]

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家にいても、家に帰りたいなあなどと考えているのだった。会社でのその気持ちの残像が残っているのかもしれない。かなりいつも、家に帰りたい、寝たいとだけ思っている。寝床に入っても、寝たい、帰りたいと思っている。帰って寝ているのに。
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単行本p.201

 ついに会社を辞めて執筆に専念することになった著者。それから三年、はたして念願の二度寝はかなったのか。『やりたいことは二度寝だけ』に続く、エッセイ集第2弾。単行本(講談社)出版は2015年4月です。


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 エッセイ集を出版できるそうなのだが、そのタイトルをどうしよう、という話を今詰めている。(中略)没になったものは、「チャーハン定食の食べ方」「帰りの電車で隣の客がしゃべり始める」「わたし以外の人は皆仲がいい」などである。三つ目が特にひどい。
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単行本p.17


 初めてのエッセイ集のタイトル。『わたし以外の人は皆仲がいい』か『やりたいことは二度寝だけ』かで悩んでいる様子を想像するだけで可笑しさが込み上げてきます。そして、タイトルに「二度寝」のキーワードを入れた続編が早くも登場です。シリーズ化されて、津村記久子さんといえば、ああ二度寝の人ね、ということになるかも知れません。

 もちろん二度寝のことばかり書いているわけではなく、生活、仕事、趣味、友人、お菓子、美術展、サッカー、さらには父親の死から孤独死まで、様々なテーマが扱われています。


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 ちなみに、わたしの頭の中で回っている歌は、サントワマミー、ボサノヴァ風、ヴァン・ヘイレン風、キューピーのCM風と手を替え品を替えながら、一貫してあるスポーツ選手のおしりが大きいという内容を歌ったものである。実は別にそうでもないということが判明した後も、その歌が頭の中で回っている。もう二年になる。
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単行本p.24

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以前、自分は会社員との兼業時代の末期に、布団に話しかけるようになり、しまいにはふとんコールをしながら崇め奉るようになってしまったということをエッセイに書いたことがあるのだが、あれはあれで異常なものの幸せだったと思う。
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単行本p.74

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 特にダーウィンがいいと考える理由は、ミツバチがスズメバチに集団で覆い被さって熱でやっつけたり、シマウマがライオンを押さえつけて河に沈めている決定的瞬間を放送してくれたからだ。特に後者は驚いた。観てから一年ぐらいは、会う人会う人に言って回っていたと思う。
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単行本p.160

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 わたしはほぼ毎日その百貨店の前を通るのだが、かならずンパパの行列がある。毎回どのぐらい並んでいるのか、行列の後方に置いてある表示板を見るようにしているのだが、平日の17時台という微妙な時間帯でも、待ち時間が40分以下であったためしがない。(中略)休日になると2時間の長さにも及ぶというその行列を毎日眺めながら、わたしは、その静けさに疑問を持つようになった。(中略)悶々と自問していても仕方がないので、行列嫌いなのだが行列に並んでみた。(中略)

 早くも15分で行列に並ぶことに飽きてしまったわたしには、頭の中で、加藤みどりが繰り返し「何ということでしょう」と言っているような事態だった。あまりにも暇なので、通りすがりの若者が「何この行列ー」と吐き捨てていくのを眺めながら、もっとひどく嘲ってくれ、と願いさえした。
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単行本p.140-144


 笑いながら思わず共感してしまうようなエッセイが多いのですが、真面目な、あるいは深刻なエッセイも、著者らしさが奔出しているようで素敵です。


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 香典は渡しに行ったが、葬式には出なかった。縁は切れても、最後の最後で追いすがるように自分を印象づけるところが、子供心にも感じていた、この人は淋しがりだということが了解できて父親らしいと思った。なのでわたしは、淋しがる男の人がどうも苦手だ。曲がりなりにも、「淋しい」と口に出せる人ならまだしも、淋しいなりにそのことは明かさず、物欲しげに人のにおいの周りをうろつくような男の人を見ると、親指の腹で押し潰したくなる。
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単行本p.165

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「働くこと」は「それほど持っていない」大多数の人が、それでもそれなりに誇りを持って生きていくための、もっとも妥当な方法である。だから人は、金銭的なことを越えたほとんど本能的なレベルで失業という言葉を忌避し、仕事に対して自分を調整しようとする。過労死やパワハラを畏れ、ひどく憤る。それらは、仕事の側に属するものであれ、人間から働くことを奪うものだからだ。
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単行本p.213

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何か、一言では明確に言い表せない書きたいことがあって、そのことに辿り着くまで、さまざまな道具立てをして、筋道をつけながら書いていく。それは、やたら地道で、そのわりにけっこうふらふらしていて、傍目にはとてもスマートには映らないものかもしれないが、わたしはとても、「ああでもなくこうでもない」物事を描くのが好きなのだった。一言でかっこよく言い切れないぐずさを、どう芸の限りを尽くして説明するか。それが、わたしにとっての小説を書くことなのだろう。
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単行本p.105


 著者の小説を読んでいれば、特定の登場人物だとか、働くことに対する意地や誇り、明瞭に割り切ることの出来ない展開など、思い当たることが次々と浮かんでくるでしょう。小説とエッセイの印象に矛盾がないというか、一貫した、正直な人なんだな、という印象です。

 余談ですが、結局、あこがれの二度寝はどうなったのかというと。

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 そういう三年間だった。会社を辞め、年金も健康保険も自分で負担しなければならなくなり、日本人は真っ暗な部屋で何もせずに過ごしていたって、一ヶ月に三万ぐらいお金がいるんだ、ということだけを学んだ。どういう時間の使い方をしたら二度寝ができるのかは、まだわからない。
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単行本p.282

 というわけで、著者の愛読者には問題なくお勧め、そうでない方も「妙な生真面目さと脱力感の混交」に惹かれる方は、読んで楽しめるでしょう。さらなる続編にも期待したいと思います。いつか二度寝ができるその日まで。


タグ:津村記久子
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