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『巨大ウイルスと第4のドメイン 生命進化論のパラダイムシフト』(武村政春) [読書(サイエンス)]

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 2013年7月、「超」がつくほど巨大なウイルスに関する第一報が、科学誌『サイエンス』に掲載され、そのニュースが世界中を駆け巡った。(中略)
 その姿は、全くウイルスらしくなく、かといって、これを生物とみなすにはあまりにもウイルス的であった。
 ウイルスでもない。生物でもない。
 だとしたら、これまでに全く知られていない新たな生命の形なのではないか。(中略)
 現在、生物の世界は三つのグループ(ドメイン)に分けられることになっているが、ウイルスはそれにあてはまらない。しかしもしかしたら、新たな「第4のドメイン」が付け加わることになるかもしれない。そんな議論が、巻き起ころうとしているのである。
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Kindle版No.9、26、31

 サイズ的にも遺伝子量的にも従来知られていたウイルスとは桁違いに大きい謎めいた新種のウイルス群。その発見が今、生物学を大きく揺さぶり、「生物とは何か」という古くて新しい問題に新たな光を当てている。生物学に深遠なパラダイムシフトをもたらしつつある「巨大DNAウイルス」の発見とその意義を詳しく解説した一冊。新書版(講談社)出版は2015年2月、Kindle版配信は2015年2月です。


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 これまで見たことのないものを目の当たりにすると、人々はたいてい、恐怖の念を覚えたり、戸惑ったり、あるいは感動したりする。そうした感動は、研究者が生物の新種を発見したときのたとえようもなく味わい深い感動と、おそらく同じものであろう。
 さらにその新種が、種レベルでの新種ではなく、科レベルや門レベル、そして界レベルの新種だとしたらどうだろう?
 ミミウイルスやパンドラウイルスがもたらしたのは、もしかしたらそれ以上のレベルにおける、全く新しい生物かもしれないという、研究者の偽らざる期待なのであった。
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Kindle版No.492


 生物の分類体系上、最上階である「ドメイン」。そこでは動物と植物でさえ「真核生物」としてひとくくりにされてしまうわけですが、そのレベルに新たなグループが追加されるのではないか、というのですから、これはものすごいことです。次々と発見される「巨大DNAウイルス」は、それだけ従来の生物やウイルスからはかけ離れた異質な存在なのです。


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 直径は、長い方でおよそ1マイクロメートル、すなわち小さなバクテリアほどの大きさがあり、短い方でもおよそ0.5マイクロメートルもある。ミミウイルスなどがそうであるように、パンドラウイルスもまた、ゆうに光学顕微鏡でその姿が覗けるほどの大きさがある。(中略)
 私たち「細胞性生物」と巨大DNAウイルスのゲノムサイズの分布を見てみると、ミミウイルス、メガウイルスのそれは、寄生性の「細胞性生物」、すなわち寄生性のバクテリアやアーキアよりも大きい。さらにパンドラウイルスに至っては、寄生性の真核生物(微胞子虫など)のそれよりも大きい。
 遺伝子の数も同様だ。メガウイルスとパンドラウイルスは、1000種類以上の遺伝子をもっており、これは最小の「細胞性生物」のそれよりも多いのだ。
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Kindle版No.363、1654

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 ミミウイルス、メガウイルス、マルセイユウイルス、パンドラウイルス、ピトウイルス、そして古典的ウイルスであるポックスウイルス、クロレラウイルス。
 これらさまざまな「巨大DNAウイルス」の発見が、微生物学者にもたらした衝撃は大きい。その衝撃はおそらく、やがて進化学者にも浸透していくに違いない。
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Kindle版No.1646


 ウイルスとしては常識外れの巨大サイズ、あまりにも多い遺伝子情報。細胞がなく自分だけでは繁殖できないので生物とは言い難く、しかし「構造や機能を切り詰めて身軽になった自己複製子」というべき従来のウイルスとも明らかに違う。これは、いったい何なのか。

 「パンドラウイルス」という命名ひとつ見ても、研究者の戸惑いや不安がよく表れています。何かヤバいものを開いてしまった感。


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 第4のドメインとは、「生物」である三つのドメイン----バクテリア、アーキア、真核生物----に続く「第4の」ドメインということだから、このドメインに含まれるものは、三つの生物とは独立したグループを作るもの、ということである。言い換えれば、「第4のドメイン」を形成する連中もまた「生物である」とみなすということだ。(中略)
 はたして生物学者たちは、巨大DNAウイルスを生物とみなし、三つのドメインとともに成り立つ「第4のドメイン」に含めてはどうかというこの提案について、どのように考えたのだろうか。
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Kindle版No.780、788


 これまでの生物分類体系、いや生物の定義そのものを揺さぶりかねない大発見。大胆な提案。インパクトある仮説。もちろん、たちまち巻き起こる激しい論争。


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 いずれにせよ、このあたりの議論は、それから数年経過した現在でも依然、迷走しており、今後どのような方向へと進んでいくのかは、まだ筆者にもわからない。(中略)
 はたして巨大DNAウイルスは「生きている」のだろうか? そして生物界における「第4のドメイン」なのだろうか?
 これに答えるためには、さきほどの議論の例にも挙げたように、少なくとも「生物である」ことと「生きている」ことの区別を、できる限りはっきりさせた方がいいと思われる。
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Kindle版No.925、944


 こうして、「生物」とは何か、「生きている」とは何か、それどころか「生命はどのようにして発生したのか」という大問題まで巻き込んで議論が沸騰します。これまでの常識を覆すような仮説も続々と登場。


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 簡単にまとめると、第三の仮説とも関わるこの「ウイルスが先」仮説では、巨大DNAウイルスの原型としてのDNAレプリコンが、生物とウイルスを含む全ての「生命体」の祖先であるということになる(中略)
すなわち、巨大DNAウイルスの原型である「DNAレプリコン」を、生物の基本単位とみなせるかもしれないということである。言い換えれば、DNAレプリコンのもつ「ウイルス的な特徴」そのものを「生きている」といえるだけでなく、より一歩進んで「生物の基本単位」であるといえるのではないか、ということでもある。
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Kindle版No.1137、1162


 「本書の内容は、随所で述べているように、明らかに仮説の域を出ていないものが多く含まれる」(Kindle版No.1744)と著者自身が釘を刺しているように、広く認められているか否かに関わらず、現在のホットな議論や仮説をそのまま紹介してくれる本です。これほど根本的なレベルでパラダイム転換が起きる(かも知れない)という状況には、心が踊ります。

 というわけで、生物学、いや(生物学とは何を研究する学問かを問うという意味で)メタ生物学とでもいうべき研究分野に興味がある方なら、どなたにもお勧めできる昂奮のポピュラーサイエンス本です。


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 巨大DNAウイルスワールドとその起源。第4のドメイン。ヴァイロセル仮説。「生物とは何か」に関する新たな議論。
 巨大DNAウイルスが発見されたことで、生物学の一部の分野に波風が立ち、それは時に、これまで述べてきたような魅力的な学説を生みだそうとしている。
 そして、「生きている」とはどういうことか?
 その答えはいまもって明らかではないが、少なくともこうした、境界領域に存在する“生命体”がどのように生まれ、どのように進化してきたかを知れば、ある程度その答えに近づくことができるかもしれない。
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Kindle版No.1397



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