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『FKB ふたり怪談 参』(松村進吉、幽戸玄太) [読書(オカルト)]

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君の生まれ育った町が、月と地続きになっているのは確かなんだねと念を押すと、だからそんな訳がないというのは僕もわかってますよと、古田くんは少し不愉快な顔をした。
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文庫版p.142

 自転車で月に行ったことのある男。猫の毛皮に住むノミの恋愛を幻視する女。ドラム缶に住んで変性意識状態に。飛行機の窓から見えた空中都市。妄想なのか、それとも私たちが共有していると信じる現実こそが妄想なのか。不可思議な話を収録した怪談実話集。文庫版(竹書房)出版は2013年10月です。


『セメント怪談稼業』(松村進吉)収録、『第三の実話の件』 より
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 本人にとっては紛うことなき恐怖体験であるにもかかわらず、その原因が病、あるいは酒、あるいは薬物である、と判明してしまっている話。
 つまり〈非〉超常現象且つ、〈非〉猟奇犯罪の、実話恐怖譚。(中略)
 これを、体験者の感じたままに。体験者の現実として書こう。
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Kindle版No.1322


 師である平山夢明から「まったく新しい怪談実話系を創り出せ」と厳命された松村進吉さんが、七転八倒の末に恐怖妄想譚を書くことにした、という経緯については、『セメント怪談稼業』(松村進吉)に詳しく書かれています。

  2015年04月09日の日記
  『セメント怪談稼業』(松村進吉)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-04-09

 その恐怖妄想譚というのがどんなものか気になって、本書を読んでみました。


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「……実は僕、小学生の頃に二回だけ、お月さんへ行ったんですよね」
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文庫版p.130

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 その日の帰宅途中、矢部さんは暗い路地の片隅で轟々と真っ赤な炎を吐き出す、自動販売機を見た。
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文庫版p.191

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 すると突然、窓際の席にいた客らが「おお、おお」と声を上げ十字を切り始めた。
 一体何ごとかと思いシートに身を乗り出せば、彼らの視線の先には、真っ青な空を背景にして巨大な白い雲が、こんもりと浮かんでいる。
 その切れ間に。
 まるで雲海から覗く城のように。
「……大きな街のある島が飛んでいるのが、見えたんだよ」
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文庫版p.175

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「タンスの裏に隠れたんで、見えないんですけど。なんか男の人がウロウロするから」
「箪笥? ……男の人って、誰です」
「いやそんなの知らないけど、怖い人ですよ。黒い服の。こんな----」
(中略)
「----こんな人ですよ。なんで目ン玉が電気なの……? もうやめて、もうやだ。出てって。帰って。早く。早く」
「あの小河原さん、それは帽子ですか。帽子を被ってるんですかその人は」
「はああああああああああ……」
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文庫版p.220


 忘れがたい印象を残す話が並んでいます。妄想というより、他人と共有できない現実、という方がしっくりくるような、巻き込み力の強いリアルな体験談。妄想界の見張り人「黒服の男」もあちこちに登場します。

 他に、個人的に好きなのが、まずはドラム缶のなかで生活するようになった男の体験談。


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 しかし私は、どちらかというとこの話を聞いて----1970年代のアメリカを席巻した、いわゆる「ニューエイジ運動」を連想した。
 武井くんのドラム缶は、本人の意図はどうであったにせよ、ある種の人工的な神秘体験発生装置として機能していたのではないか。
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文庫版p.170


 1950年代にジョン・カニンガム・リリーが考案した感覚遮断装置、いわゆる「アイソレーション・タンク」を、まったく意図しないまま、しかも安価なドラム缶を使って、再発明してしまった男。しかも、しっかり変性意識状態(それも元に戻れなくなるほど強烈な)を体験したという、これはひとりニューエイジ革命。本人含め誰にも気づかれない天才というのは、いるところにはいるものです。

 もう一つ気に入った話は、猫の体毛に住んでいる二匹のノミの恋愛を幻視してしまった女性の話。

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 ほどなく、鈴原さんはオーソンの柔らかな毛に触れるだけで、今現在の二匹の虫の姿を瞼の裏に、克明に描けるようになった。
 これは一種の遠隔透視であり、それを見ている時の鈴原さんはまるで自分自身が、真っ白な和毛の森を彷徨っているかのような臨場感を覚えた。
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文庫版p.209

 自分でも妄想だと分かっていながら、どうしても感情移入を止めることが出来ずに、悲劇へと突き進んでしまう心理が見事に描かれています。

 もう一人の著者によるパートはどちらかと言えば普通の実話怪談に近いのですが、やっぱり

「戸袋に死体が入っていると妄想していたら、ある日そこに入り込んだ人が本当に死体となって発見された」とか、

「聞いたこともない蝉の声がしたので見たら、樹にとまった蛸が鳴いていた」とか、

「目眩がして倒れたとき、ベッドの下を三つの乳房がぐるぐる飛び回っているのを見てしまった」とか、

「灰色のコートを来て髪の長い女がワニそっくりの格好で這い寄ってきて脚に噛みついてきた」とか、

そういう話の比率が大きくて、個人的にはお気に入りです。

 ちなみに解説で平山夢明さんが両著者を紹介しているのですが、その描写が何というか、容赦なくて、思わず笑ってしまいました。

松村進吉
「身体は外にあっても気持ちは家の金庫に置いてきているような〈心的ひきこもり〉」(文庫版p.223)

幽戸玄太
「腸がはみ出ているのに公園のベンチでアイスを食べて笑ってるような人」(文庫版p.222)


タグ:松村進吉
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