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『テメレア戦記VI 大海蛇の舌』(ナオミ・ノヴィク、那波かおり:翻訳) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

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ローレンスにも復帰したいという思いはあった。それはたとえ軍の階級や社会的地位は戻らなくとも、せめてテメレアといっしょに自分たちが役に立てる場所に戻りたいという欲求だった。世界の果てのような土地のわびしい石に腰かけて天を呪うことなど、望むわけがない。
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単行本p.33

 オーストラリア大陸に流刑されたローレンスとテメレア。彼らは大陸奥地の砂漠へ遠征に出かけるが、そこは未知の危険と脅威に満ちていた……。19世紀初頭、ナポレオン戦争当時の欧州を舞台に、テメレアと名付けられた漆黒のドラゴンとその乗り手であるローレンスが活躍する人気シリーズ『テメレア戦記』、その第6巻。単行本(ヴィレッジブックス)出版は、2015年3月です。


 手堅い歴史小説に「人類は何千年にも渡ってドラゴンを飼い馴らし空軍戦力として活用している」という魅力的な設定を持ち込み、「もしもナポレオンに“空軍”が与えられたら、どんな戦略、戦術を見せてくれたか」という問いに対して、大胆な空想と緻密な考察によって、まるで史実を読んでいるかのようなリアリティと説得力のある回答を示した『テメレア戦記』。

 「歴史小説+仮想戦記+ドラゴンファンタジー」という離れ業を軽々とやってのけた上に、単純に「テメレア、けなげで可愛い!」キャラ小説として読んでも充分に楽しめるという、お勧めのシリーズです。

 さて今巻は、ローレンスとテメレアが流刑地であるオーストラリア大陸に上陸した直後から始まります。劣悪な社会状況やトラブルに悩まされ、散々な目にあう不遇なローレンスたち。


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 このニューサウスウェールズ植民地に足を踏み入れた瞬間から、ローレンスは衝撃に打たれた。この緑豊かなうるわしい土地で、まさかここまで悪寒と胸苦しさを覚えることになろうとは思っていなかった。男も女も、日が沈むまえから飲んだくれ、千鳥足で街を歩いていた。多くの住民にとって雨露をしのぐ場所は粗末な小屋かテントしかなく、あばら屋すらも不法占拠されていた。
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単行本p.43


 植民地における政治的トラブルから逃れるように、大陸奥地に向かう遠征隊の役目を引き受けたローレンス一行。当初の予定ではシンプルな偵察任務だったのに、途中で貴重なドラゴンの卵を盗まれたことから、雲行きがどんどん怪しくなってゆきます。

 盗人を追って未開の大陸の奥地へ奥地へと砂漠を進んでゆくうちに、たちまち欠乏する水と食糧。地図はなく、方角も分からない。気が付いたときには、戻ることさえ不可能に。


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ローレンスが広げるなんの印もついていない巨大な大陸の地図を見ていると、テメレアはやりきれない気持ちになった。一行はすでに、探索が進められている海岸線から遠く隔たった、この大陸のどまんなか、地図上ではぽっかりとあいた空白でしかない未知の領域に入っている。
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単行本p.215


 山火事から猛烈な嵐まであらゆる大自然の脅威が襲い掛かり、さらには謎めいた怪物までが攻撃してくる。一人また一人と減ってゆく探検隊のメンバー。衰弱したテメレアに情け容赦なく吹きつけてくる砂漠の熱風。


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この国の広大さを、こういう土地に分け入るまでは、本当の意味でわかっていなかった。そう、この奇妙さも
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単行本p.289


 遠征なのか追跡なのかそれとも遭難なのか、もうよく分からなくなった強行軍の途中でいくつかの卵が孵化し、新たなドラゴンがメンバーに加わることに。それはすわなち食糧不足が深刻化することだった。果たして一行の命運やいかに。

 最後にちょっと予想を超えた展開が待っています。


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ぼくにはわからないよ。世界じゅうの海を支配できないからって、なんで一介の小国が不平を唱えるんだろう? 地球の真裏にある海まで欲しがっちゃって。
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単行本p.420

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わたしはきみに耐えろとは言いたくない。いままさに侮辱的な行為を受けようとしている国は----正確にはきみの生まれた土地ではないが、きみの原点であり、きみが心から大切に思う国であるにちがいない。わたしがこれ以上ないほど不本意だということを、どうか信じてくれ。
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単行本p.428


 たとえ政府から不当に扱われようとも英国軍人としての誇りを捨てないローレンス、二つの「母国」の狭間で苦悩するテメレア。二人の絆が試練にさらされる時がついにやってくる。

 というわけで、シリーズ後半の導入部という印象が強い、地味めの第6巻。新ドラゴンも加わり、最終巻である第9巻を目指して物語はスケールを増してゆきます。残り3冊か……。


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