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『なりたいわたし』(和田まさ子) [読書(小説・詩)]

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二十世紀をまだ生ききれていないのに
次の世紀を生きなければならないちぐはぐさに
みな手を焼いている
だから、たわいない映画を観て
泣きそうになる
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「ミルキーウェイ・エクスプレス」より。


 他の人がたやすくやっているように見える社会生活のあれこれが、どうしてもうまく行かず、疲れ果てたとき、そもそも自分はにんげんに向いてないのではないかと思う。そんな気持ちを言葉にしてみたら、きっと大丈夫。そのうちひとでなしになれるから。和田まさ子さんの第二詩集を読みました。単行本(思潮社)出版は、2014年7月です。


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「どうしてもっとにんげんにならなかったの」
母はにんげんを産み落としたはずだと
強く言い張り
わたしという未熟な生き物の傷口には
塩のようにことばがすり込まれ
ヒリヒリと
傷むまま
体を火照らせる
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「予行演習」より。


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並んで待っても順番はこない
みんなが持っている用紙をわたしは持たず
みんなが持っている期待に満ちたよい気分にならず
ただ焦ってしまう

新潟にはなんのために行くのか
前に並んでいる人が聞くので
その町で人間になるとわたしはいった
すると笑われて
結局また列の最後尾に移動させられる

そうして一日過ぎ
みどりの窓口は閉められる
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「新潟までたどりつけない」より。


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この世には隠れ場所はどこにもあって電車はその一つ、人間の壁と壁のすき間の三十センチがきょうのわたしの居場所。四角い部屋、その中でわたしは立って壁を見て、いるしかない。
--------(中略)
 中野駅までの長い乗車中誰も何もいわない、足を踏ん張ってしつけのいいわたしたち。昼間会社で傷ついたり、学校を逃亡したくなったことなどを思い出しても何一つわめかない、家に帰るまでに疲れ果ててしまう人間たちが最後の審判があるかのように押し黙って耐えている、帰りたいってどこへ、帰ることなどないのだ、ここがわたしたちの家だから、この三十センチこそ我が家だから、
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「三十センチの聖地」より。


 ただ生きてゆくだけでもつらいのに、他人と同じようにきちんと生きなきゃいけない、らしい。それはとてもしんどいことなので、人間じゃないものに、なりたいわたし。詩は、そんな願いをあっさりとかなえてくれます。


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小夜子さんはやり方を教えてくれた
それでわたしもトカゲになって遊んでいたら
心地よいので
そのままトカゲになって
夫が帰るまでと思っていたら
いつのまにか小夜子さんはいなくなっていた
わたしは夜もトカゲのままで縁側の下の石に隠れていたが
無人の家に
夫は帰って来なかった
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「トカゲ」より。


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今夜はヒラメになった
雷鳴と雨の中を魚になって泳いでいた
雨の空中を泳ぐ
わたしは水陸両用のヒラメだった
薄い体をタテにして
ひらひらとヒレを動かす
そうやって泳いでいると夜の雨の空気が気持ちよい
しばらくして雨があがると
人間に戻った
人間はなんだかさみしい
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「ヒラメ」より。


 こうして、皿になったり、鯛になったり、豹になったり、渚になったり、シロクマにかじられたり、サバの味噌煮になったり。でも、いずれまたさみしい人間をやらなければならないのなら、せめて楽な人間になりたい。


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たとえばわたしは人生を浪費しているが
新しい社会を望んでいないわけではない
ただ、一から人間関係をはじめたい
嫌いなチーズは嫌いといい
ウーロン茶で乾杯するけれど
それでも後ずさりしない人間でありたい
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「七月、大通りの木陰で」より。


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このあいだ見た「鴨居羊子展」はよかった
当時は前衛といわれた彼女の下着は今では街着になっている
街が変質したのか
女が前衛を越えたのか
たぶん後者で
だから午後十一時
昼間のようなにぎわいの旭通りには下着姿の女性ばかり
女たちは次に行く飲み屋を携帯電話で探している
少し歩くと
スタ丼の店は行列
男たちの胃袋はいつも空腹で
だから男たちは前衛を越えられなくて
夢見るためには
スタ丼のチケット売り場に並ぶしかない
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「この街の夜」より。


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節子さん、あなたに嫌われてよかったです
しおりさん、あなたに嫌われてよかったです
牧子さん、あなたに嫌われてよかったです
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「まがいもの」より。


 というわけで、自分の人生から逃げ出したい、という誰もが持っている願望を様々な形でかなえてくれる詩集です。さっと見ると倦怠感のような暗さが目につくのですが、読んでみると意外な明るさと力強さに気づきます。

 窮屈で疲れる日々の繰り返しで人生無駄にしてゆくより、どうせ浪費するなら、ぱーっ、と無駄使いしてやりたい。いっちゃえいっちゃえ鰐だって飼っちゃえ。人生応援歌みたいな薄っぺらい言葉ではもう癒せない深い疲れにとらわれているとき、治せないまでも奥のほうから心の血行をよくしてくれる第三類医薬品のような一冊。たぶん。たぶん。


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あそこにもひとり
夜、なにかになっていた女性がいる
懸命にひとになろうと努力しているのがわかる

ひとになるのがいちばんむずかしい
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「ひとになる」より。


タグ:和田まさ子
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『どろぼうのどろぼん』(斉藤倫、 牡丹靖佳:イラスト) [読書(小説・詩)]

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「持ちぬしが、そのもののことなんて、あったことさえおぼえてもいないもの。なくなっても気づきもしないもの」(中略)
「どろぼんがぬすむのは、そういうもの。だから、ぬすんだことをけっして証明できない。ぬすまれたひとも、ケイサツに届けることはぜったいない。だって、ぬすまれたことに、気づくことがないんだから」(中略)
「天才だわ」
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単行本p.104、105

 気にかけられないもの、忘れ去られたもの。そういったものたちの「声」を聞き、誰にも気づかれないまま、たった一人で救い出してしまう天才どろぼう、どろぼん。でも、はじめて自分から救い出そうとしたとき、もうどろぼんは一人じゃなかった。子供のための創作童話、単行本(福音館書店)出版は2014年9月です。

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 あじさいの小さな花びらのひとつひとつに雨つぶが包まれるように当たって、そのささやかな音がたくさん集まってつめたい空気をふるわせていた。あじさいにはじかれた雨つぶは、さらに小さくくだけて紫色の煙幕になり、むせかえるようにあたりをかすませていた。それがどろぼんと、ぼくの出会いだった。
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単行本p.6

 ある雨の日に刑事が出会った、不思議な男。これまで千件くらいは盗みをはたらいたと供述する彼の名は、どろぼん。捕まったことも、いや窃盗に気づかれたことすら一度もないという。そんな馬鹿な。

 とりあえず警察署の取り調べ室で事情聴取をするうちに、刑事も、同僚たちも、みんな、どろぼんが語る摩訶不思議な物語に引き込まれてゆきます。

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 なんでそんなものばかりっていわれてもしょうがない。声が聞こえるんだから。持ちぬしさえ、それがあったことを忘れてしまったものばかり。そんなものたちの声に、どろぼんはいつもよばれた。(中略)ものたちは、どろぼんをよぶ。どろぼんはぬすみ出す。
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単行本p.41

 戸棚の奥、物置の隅、引き出しのなか。そんなものがあったことさえ忘れられた気の毒な「もの」たちが、悲しそうな声で呼んでいる。きっと読者にも思い当たることが色々とあって、どきっ、とするでしょう。

 どろぼんには、その声が聞こえるのです。そして、そういった「もの」を盗み出して、いや救い出して、それが自分を大切に思ってくれる人のところに行くのを手助けします。

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ものっていうのはね、なんの役にも立たないように見えても、そこにあるっていうそれだけで、なにかの役に立っているということもあるんだよ
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単行本p.51

 どろぼんが語る奇想天外な物語に、もう有罪にするとか裁判にかけるとかいったことも忘れて、魅了されてゆく刑事たち。気持ちはわかります。

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 次の日も、ぼくらは、おなじように取り調べを続けた。とはいっても、どこまでが仕事かもうわからない。子どもが寝るまえに、お話をせがむように、ぼくは質問をし、あさみさんは書きつけた。
 なんともふしぎな話は、まだまだつきなかった。
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単行本p.151

 しかし、一匹の犬との出会いが、どろぼんの運命を変えることに。

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 どろぼんは、いままで、なにもじぶんからは求めなかった。
 そして、はじめて、なにかを、それもたったひとつを願っただけなのに、そのせいで、すべてをうしなおうとしている。
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単行本p.200

 取り調べ室でなにげなくつぶやかれた一言が、どろぼんを絶望の淵に追いやることになります。翌日には釈放だというのに、留置所から煙のように消え失せるどろぼん。そういや、天才どろぼうなのでした。

 このままでは、どろぼんは本当の犯罪者になってしまう。止めなければ。彼を助けるために奔走する刑事たち。警察が泥棒を助けるために頑張る。もう誰もそれが変だとは思いませんでした。だって、どろぼんも刑事たちもみんな「だれかの役に立ちたいって思っているひと」(単行本p.275)の仲間なのだから。

 目立たないもの、役に立たないもの、不必要なもの、見捨てられたもの。でも、それがそこにあるということは、決してどうでもいいことではありません。小さなものたちへの想像力を育ててくれる魅力的な物語です。

 個人的には、ものたちの声や、どろぼんの呪文などに登場する、言葉あそびがお気に入り。

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はなび はならび はなびら ひばな
ひばな はなびら はならび はなび
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単行本p.87

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カラスが ぶつかる まどガラス
くるまを ころがす くるまえび
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単行本p.119

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わらう かどには ふくがくる
あらう かどには あらいぐま
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単行本p.125

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かかかかかかかおきず かかおきず かおきず

かおきず かおきず かおきず

かをきずつける

だれかをきずつける

わたしはだれかをき
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単行本p.89、90より抜粋引用


 ナンセンスだと思いますか。でもこうした意味のない、内容を伝えるためのものじゃない言葉こそが、案外すごい力を持ってたりするものなのです。どろぼんの物語を読んだ子どもは、きっとそういったことにも気づくに違いありません。


タグ:斉藤倫
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『海底八幡宮』(笙野頼子) [読書(小説・詩)]

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 ----心から萌え出でる、個体の夢を見るもの、自ら考え、ひとりことあげするものよ、自らの声で仲間を呼ぶ狼よ、国家はお前を捕獲しにくる。同胞もそうされる。侮辱され根こそぎ取られた上で、加害者にされる。理不尽だと思うか、だがそれが伝統だ。古代日本の恋や祭りだけを大層に語る連中にそれは判らない。律令制下、国は徴税のために我々の心を奪い、祈りを奪った。怯んではならない。その来歴が判れば希望が蘇る。
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Kindle版No.645


 シリーズ“笙野頼子を読む!”第94回。

 「私は許さない。私の大切な心の共同体を、言葉で出来た村を襲う者たち。わたしの家族を天孫の名のもとにその歴史とともに、抹殺する者を。」(Kindle版No.2607)。極私的な苦しみや闘争が千五百年の大きな歴史と共鳴し、権力の本質をえぐり出す。金毘羅三部作を締めくくる長篇を、Kindle Paperwhiteで読みました。単行本(河出書房新社)出版は2009年9月、Kindle版配信は2014年7月です。


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 この時、自分達と別れて独自に海に行ったものがある。それは神ではないと御三神は語っている。
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『人の道御三神といろはにブロガーズ』より。Kindle版No.1007


 愛猫ドーラとの別れのときが、刻一刻と近付いています。その苦しみ、その悲しみ。そしてその中にもある、一瞬にして永遠の幸福。


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猫の死は何度も乗り越えて来た。でもけして、同じパターンでは来てくれなかった。克服したと思うと次のより残酷な事態が来る。自分より弱いものがひとりで先に行くのだ。特に、一番長くいた猫の症状が重くなって行くという事が耐えきれなかった。だってこの長い長い予想地獄をどうすればいい。(中略)猫がまだ生きているという極楽と猫をこれから失う恐怖の間で両極端に揺れながら暮らす事になった。
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Kindle版No.1750、1758

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 自分の体の中に大きい巻き貝があって、その内側でだけ涙が出ているような、声の出ない感じ。最初の悲しみの期間だった。でも泣くのはその前に泣きおわっていた。やはり老化が原因の病気に猫はなっていたから。
(中略)
 今までそんな風になった事はなかった。でも体に巻き貝があるとその外に感情は染みださない。悲しみは内側を伝って海に出て行く。頭から足先までほぼ体の内側全体に、一個の巻き貝が入っているようになった。
 そんな私には透明タンクのアクリルの中で揺らぐ湿度の集積が海に見えた。
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Kindle版No.399、402


 除湿器に溜まった水を捨てるときに見えた幻の海。心の中の海。言葉の海。その海の底で、金毘羅は、極彩色に輝く巨大なウミウシのようなものと出会います。彼女の切実な祈りに、応えてくれたのです。

 それは「海底にいる原始共同体の王、小さいものを守護する大きい精霊」(Kindle版No.682)、千年を超える怨恨を核に、海に流された無数の魂を取り込んだ巨大な霊の集合体。その名は亜知海(あちめ)。


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世界中のどこからでも見える極彩色の大きな集合に触れた私。原始八幡を見ているのだ。海の底の真の、古き八幡宮を。
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Kindle版No.2746


 え、ちょっと待って。八幡宮が何で海底にあるの。八幡さまと言えば九州の宇佐八幡宮を総本社として全国に、えーと、いーっぱいあるし、応神天皇の神霊ということで皇祖神になっているし、神仏習合して八幡大菩薩として広く拝まれているのでは……。

 もしそう思ったとしたら、たちまち亜知海の怒りが炸裂します。俺こそが真の八幡、原始八幡だ。地上にあるのは、あれは偽物だと。


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 本来の社を、取られた。故郷を、来歴を、真の神の言葉を、われわれの音楽を、俺らは地上げされ、徴税をされた!
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Kindle版No.150

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税の話をすると彼は止まらない。そしてそれこそが彼にとっての、神話なのだ。
 ----うるさいと言いたいか、でも一千年以上言い続けた事だ。お前にはまだ六回しか言ったことがない。だからまた言う。(中略)世の中の理不尽は税を取るための呪いであると。
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Kindle版No.67、101((中略)より後、原文は拡大文字)


 何だか長年お上に逆らっては負け続けてきた老活動家か、田舎のしつこいおっちゃんのアジ演説みたいですが、ともあれ、古代に国家権力によって簒奪され海に追いやられた精霊と、海底から陸に上がって人の姿になった神のあいだで、「権力とは何か」をめぐる対話が始まります。

 原始八幡信仰の共同体がいかにして国に服従させられ徴税されたのかを亜知海が語れば、文壇や論壇に巣くう者たちが愛猫との残り少ない大切な時間をどのようにして奪ってゆくのかを金毘羅が語ります。

 何しろ亜知海は金毘羅のことを「仲間、しかも弟子筋だと思っている」(Kindle版No.620)ので、それはもう、がんがん叱りつけ、煽動し、挑発してくるのです。


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先に手を出し、歴史を潰し、全部を奪おうとするやつが、まず都合悪い細部を削除してから、被害加害を取り替え、理不尽なストーリーで理由付けする。それと同じ事だ。ほとぼりがさめた頃に何も知らぬ単純な連中に向かい、大量のカキコで、お前が悪い婆だとキャラ設定して、「被害」を訴えた。そうすれば税を取る読み筋が分かり易くなるからだ。被害を受けた態度だけを彼は取っている。実体はない。キャラだけがある。それだけが連中の「正史」というわけだ!
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Kindle版No.190

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で、これこそ神話が俗世間を動かしている証拠なのだと、亜知海はこんこんと、私に言ってきかせるのだ。仕掛けておいて逆恨み、それが天孫の呪いという事だと。
 亜知海に言わせると、律令制下の作り物の神道を、本物だと思わせる理不尽力が、現代にも形を変え働いている。その証拠が、ここに、あるそうだ。相手の行いはヤマト側里長の徴税行為のような適応行動だと思えと言う。(中略)提訴予告対応の負担や、時間を取られた事さえ、「徴税」なのだと。
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Kindle版No.169、185

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つまり権力とは理不尽でおかしいから権力であるものなのだ。そんな権力とは空洞で自我が持てないから権力でいられるものなのだしまた、もしその権力がある実体を乗っ取るか寄生するかすれば、その後それは理不尽によって保たれるしかない。故に、その場に必然的に発生し連鎖するしかない理不尽の自動運動をも俺は権力と呼んでいるんだ。権力の特徴とは、故に、逃げうる事だ。無責任と繰り返しがそのポイントだ。
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Kindle版No.351

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 相手が小物だと、お前がまともに相手しようとした時そう言って止めたのも天孫だろう。あるいは投降した海民のヘタレではないか。ずっとずっと殴られても逆らうな殺されても逆らうな小物だから小物だからその繰り返しで、その小物が一体何度お前に言論統制を掛け、雑誌を黙らせ、お前を追放して来た。お前は村の祭りでけがれを押しつけられて神と呼ばれ、供物を供えられ、けがれを祓うと称する連中の悪行をそのように称してばっくれさせるために、川に流される人形と同じだ。
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Kindle版No.423

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言わせっ放しか。それでお前の十数年をリセットさせるのか。しかも人前で訂正するという紳士面をした上でだ。このまま忘れるか。権力は忘れたら自分が得をするがお前は忘れてしまえばお前ばかりか、仲間が、群れが、地獄に落とされる。ふん、すぐ忘れる事と誰とも争わない事は、陰で足を引っ張れるものだけに可能な事だ。クレームの電話も直にせずに、相手を取り囲んで掛けさせるように、し向けられるものだけに許される行為だ。
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Kindle版No.438


 煽る煽る。

 こうして極私の苦しみや闘争が大きな歴史と共鳴し、権力の本質がえぐり出されてゆきます。古代の徴税のための言いがかり、それは現代もなお個人の内面を圧殺し文学をなかったことにし続けているものと変わらない。特定の権力者が自分の意志でやっているというより、何かもっと機械的で魂のない自動運動する徴税システム、いや、“捕獲装置”。それは。


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それは何かをコピーし、或いは支配下に置き、それでそのものの本質を無効にしながら、乗っ取る存在。それは国家装置と限らず、無責任なまま真に権力の本質を行使してくるものだ。(中略)捕獲装置は自我も整合性も必要としない。それはただの、自動運動なのだ。まさに本質を食い尽くさずにはいれらないコピーの、宿命だ。その技は税のためでもあり税はその技のためでもある。
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Kindle版No.756、761

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ありがとうと言わせて「序列に組み込んで、我が領土にした上で他にくれてやった」と上機嫌になれる、それが天孫だ。(中略)
 彼女が求めているのは一枚岩。不細工なものを根こそぎ抹消する、あるいは無理に引き寄せてコピーの下位に置く事。(中略)
最小限の努力で私を捕獲し本質を無くして外皮をばらまくという事が、相手の文学という意味なのだった。そしてその外皮を持つものは空洞に過ぎないと、偶人国民に教え込む事が彼らの文学なのだ。消費者の嗜好や立ち位置だけを捕獲しては似ても似つかぬものを売り続けて、原型を市場から駆逐する事。
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Kindle版No.1278、1332、1338

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 みんな、こうして偶人に作り替えられヤマト化したのだ。偶人は分かりやすさの中にいたいものだからな。分かりやすければ命でも差し出すし仲間も殺す。たとえ反戦でも反戦キャラでやれば立派に国家主義の具になるのだ。もし命や魂を「脱税」しようとするなら、分かりやすいストーリーで「納税拒否」するな。それでは最終的に「徴税」されてしまうからな。というかそんな反戦や納税拒否は、それらの本質を無に帰すための捕獲装置やガス抜きに過ぎないからだ。
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Kindle版No.1448


 何を言っても何をしても、どんな切実な言葉も、あっさり捕獲されて権力の都合の良いように変質させられ、たやすく馬鹿にしたり黙殺したり出来るよう劣化させたコピーがばら蒔かれ、あるいは愚劣で感情的な反発あつかいされてしまう、そんな社会。それは、別に偉い明治政府ちゃんのオリジナル大発明というわけではなく、古代から綿々と続いてきた日本の伝統だということがよーく分かってしまって、とても悲しい。

 自分や家族猫、読者、大切に思っている作家たちに対する執拗な嫌がらせ、服従させようと上からあの手この手で横やりを入れてくる天孫、帰郷、講演、猫看病、愛猫ドーラとの生活。大きな歴史を視野に入れながら、大きい空疎な物語に捕獲されないよう極私的な事柄から決して離れないまま進んでゆく語りは、読者を深い言葉の海へと連れてゆくのです。


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 理不尽は最初からこの国を覆ってた。その理不尽を押し通すところに権力は発生する。正しくない事をあえて通さないと生まれないような国家を作って千五百年。潰した一点には人間の全てがあったのだな。その全てを薄め拡散し、冷笑し黙殺し、特に勝手に取り出して犠牲や玩具や禊ぎの道具にすることでそこから、国家は自分達の根拠を立ち上げていったのだよ。理不尽力、権力というよりそう呼んだほうが。でも望みはある。
(中略)
 ああそうそう、そういうわけで、一番最初にゼロにされた捕獲された土地のこれはお話です。この小さい国が華厳に繋がり、土地に繋がり体温のある祈りとロジックを歌っていた昔、昔、----。
 さあ地図をもう一度、遠すぎて本当にあったのかどうか分からないけれど自分の今苦しんでいる理不尽を辿ってここに辿りついてください。
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Kindle版No.2986、3016


タグ:笙野頼子
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『バンヴァードの阿房宮 世界を変えなかった十三人』(ポール・コリンズ、山田和子:翻訳) [読書(オカルト)]

 「その時、歴史は動かなかった!」(帯より)

 世界最長のパノラマ画で巨額の富を稼いだ者、シェイクスピアの未発見原稿を偽造した者、ニューヨークに空圧式地下鉄を敷設した者、地球空洞説、N線、青色光療法、シェイクスピア=ベーコン説、史上初の宇宙人ブーム。「偉大」な業績にも関わらず歴史から忘れ去られた人々の驚異と感動の実話集。単行本(白水社)出版は2014年8月です。

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傑出した才能を持ちながら致命的な失敗を犯し、目のくらむような知の高みと名声の頂点へと昇りつめたのちに破滅と嘲笑のただ中へ、あるいはまったき忘却の淵へと転げ落ちた人々。そんな忘れられた偉人たちに、僕はずっと惹かれつづけてきた。
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単行本p.9

 成功し、名声と富を手に入れ、歴史に名を残した偉人たち。その陰には、同じくらい偉大なことを成し遂げながら、今日ではまったく忘れ去られてしまった人々がいる。彼らの偉業、少なくとも私たちの心を惹き付けてやまない魅力的な活動、そういった知られざる歴史を語った本です。

 取り上げられているのは13名。科学者、芸術家、文学者、実業家、俳優、詐欺師。職業や業績は様々ですが、いずれも魅力的な人物ばかり。その栄光と挫折の物語はどれもエキサイティングです。翻訳も見事で、目次に並んでいる各章の意匠を凝らしたタイトルを眺めているだけで笑みが浮かんできます。

 知られざる歴史や、生まれた時代からはみ出してしまった奇人変人、そして疑似科学に興味がある方に強くお勧めします。


「1 バンヴァードの阿房宮(ジョン・バンヴァード)」

 最初の章で取り上げられているのは、世界最長のパノラマ画で一世を風靡した画家です。

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 ひとりの人間の生涯で、ジョン・バンヴァードほどの高みまで昇りつめ、なおかつ完璧な失墜をとげた例は、ほかには思いつかない。1850年代のバンヴァードは世界一有名な画家であり、おそらくは絵画史上初の億万長者の画家だった。(中略)当時、世界で最も偉大な画家だったジョン・バンヴァードは歴史から完全に消えてしまったのだ。
 いったい何が起こったのだろう?
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単行本p.17


「2 贋作は永遠に(ウィリアム・ヘンリー・アイアランド)」

 シェイクスピアの「未発表」原稿を作り出して多くの専門家を見事に騙してのけ、今日なおその「作品」がグローブ座に展示されている男。

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通常、贋作は一世代かそこらしか持ちこたえられない。それは、それらの贋作が、みずから詐称しているところの“本物”にではなく、私たちがそうであってほしいと思っているものに似ているからなのだ。贋作は、時代の美学的偏見のカリカチュアである。その時代が過ぎてしまうと、否応なく、その輪郭がくっきりと見えてくる。
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単行本p.69


「3 空洞地球と極地の穴(ジョン・クリーヴズ・シムズ)」

 地球は空洞で、その「内側」には広大な地下世界が広がっているという、いわゆる地球空洞説を世に知らしめた男。

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 今では完全に否定されてしまったとはいえ、科学的な観点から我々の足の下に生命あふれる未踏の世界が広がっていると考える人はいつの時代にもいた。地球空洞説は、科学史的に見ても、きわめて長い期間続いた、魅力的な考えだったのである。
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単行本p.118


「4 N線の目を持つ男(ルネ・ブロンロ)」

 新種の放射線の発見とそれに続く大ブーム。後に存在しないと判明した幻のN線、数多くの科学者がその検証に成功したのはなぜだったのか。常温核融合やポリウォーター(そしてSTAP細胞)と並ぶ幻の大発見、その短くも輝かしい歴史。

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 ブロンロとN線の記憶が忘却の淵から引き上げられたのは、彼の死後二十年あまりたってから----何人かの科学者の間で、自己幻惑の危険性をいましめる訓話としてブロンロの事例が話題になった時のことだった。アメリカの化学者でノーベル賞(まさにブロンロの手から滑り落ちた賞だ)受賞者のアーヴィング・ラングミュアは折あるごとに、“病的科学”の好例としてブロンロの失墜を取り上げた。
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単行本p.142


「5 音で世界を語る(ジャン-フランソワ・シュドル)」

 音で語る言葉、楽器があれば誰とでも「会話」できる音楽言語「ソレソ語」とその辞書を独力で作り上げた男。

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 シュドルは、これら七つの音を基本アルファベットとして、〈普遍音楽言語〉を作りはじめた。この新システムは、既存の言語を音楽記号に置き換えただけのテレフォニとは異なって、独自の文法と語彙とシンタックスを持つ、まったく独自の言語体系だった。
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単行本p.155


「6 種を蒔いた人(イーフレイム・ウェールズ・ブル)」

 品種改良により、新大陸で育てられるブドウ品種を始めて作り出したという偉業にも関わらず、そこからほとんど利益を得られなかった男。

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 ブルはほんの少し生まれるのが早すぎた。種子を売らずにブドウのエッセンスを売るには、最新の殺菌技術と瓶詰め技術を使って、グレープジュースとグレープジェリーを大量生産すればよかったのだが、そうした技術が確立されたのは、もう少しあとのことだった。1854年に、ブルにこれができていれば、彼の人生はまったく異なったものになっていただろう。だが、実際にこの方法を実行し、大富豪になったのはほかの人間だった。
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単行本p.195


「7 台湾人ロンドンに現わる(ジョージ・サルマナザール)」

 欧州には当時ほとんど知られていなかった麗しの島(フォルモサ)台湾。その歴史・言語・風俗をすべて一人で作り上げた希代の詐欺師。

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 サルマナザールは、台湾の王族と為政者たちの詳細な物語を作り出しただけではない。彼はひとつの世界を丸ごとでっち上げたのだ。(中略)サルマナザールの本は売れに売れて、ロンドンの書店はどこも在庫切れの状態になった。
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単行本p.225、228


「8 ニューヨーク空圧地下鉄道(アルフレッド・イーライ・ビーチ)」

 都市上空に張り巡らされた透明チューブ、その中を空圧で飛び回る列車や車。レトロ未来画でおなじみあの空圧鉄道を、ニューヨークの地下に実際に作り上げてしまった男。

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今日の我々からすると、こんな常軌を逸した計画を実行する者がいるなどとうてい考えられないとしか言いようがない。深夜、許可もなく作業をして、マンハッタンの最も賑わっている大通り、市庁舎のすぐ横の地下に本物の地下鉄を建造する。それも、近隣のただひとりの住人にさえ気づかれることなく----こんなことが、ひとりの人間にいったいどうやってできるというのか?
 だが、ビーチはやってのけたのだった。
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単行本p.247


「9 死してもはや語ることなし(マーティン・ファークワ・タッパー)」

 時代を代表するベストセラーを出した後、そのまま忘れ去られた詩人。

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その詩集は総計百五十万部を売り上げ、イギリスの《スペクテイター》紙に「不滅の詩人たちに列する座を勝ち得た人物(中略)」と高らかに宣された人物だ。(中略)今日の読者大半に関する限り、彼は何者でもなく、その作品は一世紀以上もの間いっさい再刊されていない。
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単行本p.272


「10 ロミオに生涯を捧げて(ロバート・コーツ)」

 シェイクスピア劇に新風を吹き込み、大評判をとったアマチュア俳優。

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どうしようもなく才能に欠くと思われるにもかかわらず、自分の能力にとてつもない自信を抱いていたその人物は、まるごとひとつの演劇の流儀を自分ひとりで作り出した。(中略)猛烈な嘲笑と怒号を一身に浴びながら、自分だけの俳優人生を貫き通す心意気を持っていた孤高の人物
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単行本p.301


「11 青色光狂騒曲(オーガスタス・J・ブレゾントン)」

 大流行したトンデモ医療、青色光療法の提唱者。

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 『青色光の影響』が主張するところでは、青色ガラスは、痛風から脊髄膜炎、麻痺、肺出血にいたるまで、ありとあらゆる疾患を治すことが可能だった。
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実のところ、大半の科学雑誌は『青色光の影響』の書評を載せることも新刊リストに上げることもしなかった。よくあることながら、真面目な科学者たちは、内容のあまりのばかばかしさに、こんな本はすぐに世の中から消え去ってしまうだろうと考えたのだった。
 全部数があっという間に売り切れとなった。
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単行本p.348、346


「12 シェイクスピアの墓をあばく(ディーリア・ベーコン)」

 才能あふれる作家でありながら、シェイクスピア=ベーコン説に憑りつかれ、精神を病んでいった悲劇の女性。

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 ディーリア・ベーコンは、かつてペンを取った者で最も不幸な運命をたどった著作者と言えるかもしれない。彼女は生涯の大半を、体も心も病んだ状態で極度の貧困のうちに過ごした。出版した本はことごとく負債となって彼女を追いつめ、最後の本となった畢生の大著は編集者にも伝記作家にも読まれることがなかった。
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単行本p.369


「13 宇宙は知的生命でいっぱい(トマス・ディック)」

 月、惑星はもとより、小惑星や彗星にさえ、人類よりもはるかに優れた知能を持つ住民がいると論じ、(大手新聞に載った「月面人発見!」のスクープ記事に大衆が熱狂するなど)史上初の宇宙人ブームを作り出した男。

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かつて絶大な人気を誇った著書も、今では見つけることさえ難しく、全著書が一世紀以上にわたって絶版のままになっている。私がUCLAで見つけた1855年版の全集はページがカットされてさえいなかった。これを開いたのは、この百四十年間で私が最初だったのだ。
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単行本p.413


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『実録 あなたの知らないオカルト業界』(三浦悦子) [読書(オカルト)]

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世の中には、神仏霊など科学的には証明されていない存在を商品化して様々な形で相談者に提供するサービス業がある。わたしはこのようなサービス業をオカルト業界と呼んでいる。オカルト業界の市場規模は一説によると8兆円。馬鹿にならない業界である。
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文庫版p.2

 オカルト業界に関わり続けて20年という女性ライターが、個人的実体験ベースにその実態を身も蓋もなく赤裸々に描き出す。神も仏もないそのあまりの惨状に思わず身震いが走る、別の意味で戦慄のオカルト本。文庫版(彩図社)出版は2014年9月です。


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20年ほど前までは熱心なオカルト世界の肯定派で、全国各地のパワースポットを訪ね歩いたり、「願望成就器」というオカルトメカや「護符」というまじない術を使ったりしたこともあった。
 この傾向はますますエスカレートして、新興宗教団体のレポーターとしての活動を皮切りにどんどんオカルト業界に足を踏み入れて行った。
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文庫版p.3

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 20年間で取材や個人的に関わった団体は多岐にわたる。拝み屋さん、気功師、霊媒師、背後霊が見えるイラストレーター、フリーエネルギーを開発する会社、能力開発系セミナー、オカルト系の出版社など(中略)オカルト業界で揉まれに揉まれてきた現在では、素直にオカルト業界を肯定することは難しくなってきている。
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文庫版p.3、4


 というわけで、オカルト業界やそこにいる人々のことが赤裸々に語られるわけですが、とにかく色々な意味で「ぶっとんでいる」世界です。


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会長の依頼どおりに仕事を引き受ければ毎月200万円以上の収入も不可能ではない。わたしは、ありがたさのあまりテーブルに頭がぶつかるくらい深々と頭を下げた。
 神のような人とは会長のことではないか。いや、神の化身そのものかもしれない。心底そう思い、生涯会長のもとで働こうと決心した。
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文庫版p.3、4


 新興宗教団体の宣伝記事を書くだけで月収200万円くれるというからこの人は神の化身、というのは、それはどうなんでしょうか。読者も心の中で思わずツッコミ。もちろんそんなうまい話があるはずもなく、会長やその愛人から支離滅裂な言いがかりを付けられ、原稿はボツ、三カ月でクビ。

 金銭感覚も社会常識も理屈もへったくれもなく何一つまともではない人々とその妄執だけがある世界を、まだ駆け出しライターだった著者はたっぷり見せつけられます。

 普通、これで懲りて二度と近付くまいと決心すると思うのですが、これを皮切りに次々とオカルト業界に関わってゆくことになったというから、もう呆れてしまいます。でも、頑張れ、と密かに声援したくもなります。他人事だし。


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「これはステンレスのボールでできているんですが、ボールの内側に向かって、ビレンケン粒子が集まるので、電気が発生するんです。ステンレスではなくてチタンの方がもっと大きな力が出るので、中国へチタン製のボールを特注したんです」
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文庫版p.60


 フリーエネルギー製品を開発する会社を紹介され、社長の実家に住み込みで両親の世話をさせられる著者。待て、ちょっと待て。


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 わたしは3カ月間、富田の誇大妄想と人格障害者の社長に振り回されただけで、有益な情報が得られなかっただけでなく、老夫婦の世話をさせられたにすぎなかったのだ。
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文庫版p.3、4


 なぜ最初からそれが分からないのか、それが分かりません。さらには……。

 「気で空間に「無限倍増反動気幕」というものを作ることにより、人を投げ飛ばしたり、病気を治すことができたりする」(文庫版p.80)怪しい台湾人から使いパシリ扱いされたり。

 「魔界の試練」と戦い続けている人々の会(会費は毎月2万円)の会長から「わたしがパワー伝授した女性は胸が大きくなるんです。(中略)俺のおかげで胸が大きくなったんだから、触らせろ、ってね」(文庫版p.112)とセクハラ発言かまされたり。

 能力開発セミナー(参加料15万円)の特訓で、深夜ひたすら「私は神である、私は神である、私は神である、」とレポート用紙に書かされたり。

 中国共産党の大物(自称)から猛烈なストーキングを受けて逃げ回ったり。

 「宇宙の最高神がついているレベルが高い霊能力者」に率いられ「日本列島の形が崩れているのでそれを修復すべく」全国各地の神社を回る「御神行」に参加したら、次々と参加者が脱落してゆく過酷(主に精神的に)すぎるサバイバルレース、著者自身もあわや自殺というところまで追い詰められたり。


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 知り合いの女性ライターに仕事を分けてほしいと頼まれ、A出版に紹介したのだが、なぜか、彼女は仕事を放りだして逃げてしまい連絡が取れなくなってしまったのだ。そんなこんなで、尻拭いするような形で、しかたなくこの仕事を受けたわけである。
 だが、後日思い知らされたのだが、女性ライターが逃げ去ったのは極めて賢明な選択だった。
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文庫版p.123


 それはそうだろう。というか、なぜ自分も逃げないのか、それがむしろ不思議。そして本書のクライマックスとなるのは、長年オカルト業界を案内してくれてきた仲間との決別。


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「三浦さん、あなたの霊格は低いですね。僕の霊格があまりにも高すぎるので、僕の本質が分からないんです。それに僕のオーラは仏像の光背のように広く金色に輝いている。僕には友人と呼べる人が1人もいないのですが、これは僕のオーラがまぶしすぎるので、みんな僕に近づくことができないんです」
「オーラがどうのこうのという問題ではなく、単にみんなから嫌われているだけです。」
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文庫版p.178


 もう駆け出しではないので、容赦なく言い返す著者。その通りだと読者も思います。でも相手は気にもせず(他人はすべて霊格が低いので)、ついには著者を見ると金を無心するようになり、夜中に勝手に家を訪ねてきて、ただ飯を喰うようになる。仕方なく食事を出すと、後からこんなクレームをつけてくる。


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「なんだか体がとてもだるいんです。少し走っただけでも息切れがします。あなたがたのように霊格が低い夫婦が出した料理を食べたのが原因です」
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文庫版p.181


 ついには病院に入院するはめになりますが、誰ひとり見舞いに来ない。仕方なく(仕方ないのか?)著者は毎日のように通って世話をするのです。

 本人は「ここは日本の政治の中心です。僕がここにいることによって、悪政が浄化されて善政になるはずです」(文庫版p.182)と言い張り、「僕を見舞いに来ないやつは、みんな虫けらだ!」(文庫版p.184)と叫び、病院の看護師からオカルト業界で知り合った知人に至るまで、あらゆる人に対する恨み言をひたすら繰り返しながら、みるみるうちに衰弱してゆく。


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「御神行で最も重要な役割をした僕が、なんでこんな断末魔の苦しみを味わわなければならないんだろう。御神行なんて、僕にとって何の意味もなかった。(中略)僕の生涯って何だったんだろう」
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文庫版p.184


 苦しみぬいて死んだ後、一度も病院に姿を見せなかった妹から「兄が死んだのはあんたのせいだ。(中略)密教僧を雇って、呪い殺してやる。このクソババアー」(文庫版p.185、186)と罵倒される著者。ひどい。

 全体を通じて、神も仏もないそのあまりの惨状と、そこにいる人々の卑しさむき出しの醜い言動に、ぐったり来ます。オカルト業界にだけは近付くまい、という気持ちになります。

 本書を読めば、家族の病気やら不運やらに打ちのめされ心が弱っているとき、将来への不安や自らの劣等感に苦しみ自尊心を満たしてくれる何かにすがりたい気持ちのとき、それでもオカルト業界にだけは近付いてはいけない、ということがしみじみと分かります。

 しかし、著者の結論はこうなのです。


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 いままで散々酷い目に遭ってきたにもかかわらず、いつか心のそこから信じ続けることができる何かに出会いたいと思っている自分を、わたしは否定しきれないのである。
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文庫版p.191


 あああ、オカルト業界は不滅です。


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