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『実録 あなたの知らないオカルト業界』(三浦悦子) [読書(オカルト)]

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世の中には、神仏霊など科学的には証明されていない存在を商品化して様々な形で相談者に提供するサービス業がある。わたしはこのようなサービス業をオカルト業界と呼んでいる。オカルト業界の市場規模は一説によると8兆円。馬鹿にならない業界である。
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文庫版p.2

 オカルト業界に関わり続けて20年という女性ライターが、個人的実体験ベースにその実態を身も蓋もなく赤裸々に描き出す。神も仏もないそのあまりの惨状に思わず身震いが走る、別の意味で戦慄のオカルト本。文庫版(彩図社)出版は2014年9月です。


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20年ほど前までは熱心なオカルト世界の肯定派で、全国各地のパワースポットを訪ね歩いたり、「願望成就器」というオカルトメカや「護符」というまじない術を使ったりしたこともあった。
 この傾向はますますエスカレートして、新興宗教団体のレポーターとしての活動を皮切りにどんどんオカルト業界に足を踏み入れて行った。
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文庫版p.3

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 20年間で取材や個人的に関わった団体は多岐にわたる。拝み屋さん、気功師、霊媒師、背後霊が見えるイラストレーター、フリーエネルギーを開発する会社、能力開発系セミナー、オカルト系の出版社など(中略)オカルト業界で揉まれに揉まれてきた現在では、素直にオカルト業界を肯定することは難しくなってきている。
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文庫版p.3、4


 というわけで、オカルト業界やそこにいる人々のことが赤裸々に語られるわけですが、とにかく色々な意味で「ぶっとんでいる」世界です。


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会長の依頼どおりに仕事を引き受ければ毎月200万円以上の収入も不可能ではない。わたしは、ありがたさのあまりテーブルに頭がぶつかるくらい深々と頭を下げた。
 神のような人とは会長のことではないか。いや、神の化身そのものかもしれない。心底そう思い、生涯会長のもとで働こうと決心した。
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文庫版p.3、4


 新興宗教団体の宣伝記事を書くだけで月収200万円くれるというからこの人は神の化身、というのは、それはどうなんでしょうか。読者も心の中で思わずツッコミ。もちろんそんなうまい話があるはずもなく、会長やその愛人から支離滅裂な言いがかりを付けられ、原稿はボツ、三カ月でクビ。

 金銭感覚も社会常識も理屈もへったくれもなく何一つまともではない人々とその妄執だけがある世界を、まだ駆け出しライターだった著者はたっぷり見せつけられます。

 普通、これで懲りて二度と近付くまいと決心すると思うのですが、これを皮切りに次々とオカルト業界に関わってゆくことになったというから、もう呆れてしまいます。でも、頑張れ、と密かに声援したくもなります。他人事だし。


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「これはステンレスのボールでできているんですが、ボールの内側に向かって、ビレンケン粒子が集まるので、電気が発生するんです。ステンレスではなくてチタンの方がもっと大きな力が出るので、中国へチタン製のボールを特注したんです」
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文庫版p.60


 フリーエネルギー製品を開発する会社を紹介され、社長の実家に住み込みで両親の世話をさせられる著者。待て、ちょっと待て。


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 わたしは3カ月間、富田の誇大妄想と人格障害者の社長に振り回されただけで、有益な情報が得られなかっただけでなく、老夫婦の世話をさせられたにすぎなかったのだ。
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文庫版p.3、4


 なぜ最初からそれが分からないのか、それが分かりません。さらには……。

 「気で空間に「無限倍増反動気幕」というものを作ることにより、人を投げ飛ばしたり、病気を治すことができたりする」(文庫版p.80)怪しい台湾人から使いパシリ扱いされたり。

 「魔界の試練」と戦い続けている人々の会(会費は毎月2万円)の会長から「わたしがパワー伝授した女性は胸が大きくなるんです。(中略)俺のおかげで胸が大きくなったんだから、触らせろ、ってね」(文庫版p.112)とセクハラ発言かまされたり。

 能力開発セミナー(参加料15万円)の特訓で、深夜ひたすら「私は神である、私は神である、私は神である、」とレポート用紙に書かされたり。

 中国共産党の大物(自称)から猛烈なストーキングを受けて逃げ回ったり。

 「宇宙の最高神がついているレベルが高い霊能力者」に率いられ「日本列島の形が崩れているのでそれを修復すべく」全国各地の神社を回る「御神行」に参加したら、次々と参加者が脱落してゆく過酷(主に精神的に)すぎるサバイバルレース、著者自身もあわや自殺というところまで追い詰められたり。


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 知り合いの女性ライターに仕事を分けてほしいと頼まれ、A出版に紹介したのだが、なぜか、彼女は仕事を放りだして逃げてしまい連絡が取れなくなってしまったのだ。そんなこんなで、尻拭いするような形で、しかたなくこの仕事を受けたわけである。
 だが、後日思い知らされたのだが、女性ライターが逃げ去ったのは極めて賢明な選択だった。
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文庫版p.123


 それはそうだろう。というか、なぜ自分も逃げないのか、それがむしろ不思議。そして本書のクライマックスとなるのは、長年オカルト業界を案内してくれてきた仲間との決別。


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「三浦さん、あなたの霊格は低いですね。僕の霊格があまりにも高すぎるので、僕の本質が分からないんです。それに僕のオーラは仏像の光背のように広く金色に輝いている。僕には友人と呼べる人が1人もいないのですが、これは僕のオーラがまぶしすぎるので、みんな僕に近づくことができないんです」
「オーラがどうのこうのという問題ではなく、単にみんなから嫌われているだけです。」
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文庫版p.178


 もう駆け出しではないので、容赦なく言い返す著者。その通りだと読者も思います。でも相手は気にもせず(他人はすべて霊格が低いので)、ついには著者を見ると金を無心するようになり、夜中に勝手に家を訪ねてきて、ただ飯を喰うようになる。仕方なく食事を出すと、後からこんなクレームをつけてくる。


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「なんだか体がとてもだるいんです。少し走っただけでも息切れがします。あなたがたのように霊格が低い夫婦が出した料理を食べたのが原因です」
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文庫版p.181


 ついには病院に入院するはめになりますが、誰ひとり見舞いに来ない。仕方なく(仕方ないのか?)著者は毎日のように通って世話をするのです。

 本人は「ここは日本の政治の中心です。僕がここにいることによって、悪政が浄化されて善政になるはずです」(文庫版p.182)と言い張り、「僕を見舞いに来ないやつは、みんな虫けらだ!」(文庫版p.184)と叫び、病院の看護師からオカルト業界で知り合った知人に至るまで、あらゆる人に対する恨み言をひたすら繰り返しながら、みるみるうちに衰弱してゆく。


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「御神行で最も重要な役割をした僕が、なんでこんな断末魔の苦しみを味わわなければならないんだろう。御神行なんて、僕にとって何の意味もなかった。(中略)僕の生涯って何だったんだろう」
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文庫版p.184


 苦しみぬいて死んだ後、一度も病院に姿を見せなかった妹から「兄が死んだのはあんたのせいだ。(中略)密教僧を雇って、呪い殺してやる。このクソババアー」(文庫版p.185、186)と罵倒される著者。ひどい。

 全体を通じて、神も仏もないそのあまりの惨状と、そこにいる人々の卑しさむき出しの醜い言動に、ぐったり来ます。オカルト業界にだけは近付くまい、という気持ちになります。

 本書を読めば、家族の病気やら不運やらに打ちのめされ心が弱っているとき、将来への不安や自らの劣等感に苦しみ自尊心を満たしてくれる何かにすがりたい気持ちのとき、それでもオカルト業界にだけは近付いてはいけない、ということがしみじみと分かります。

 しかし、著者の結論はこうなのです。


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 いままで散々酷い目に遭ってきたにもかかわらず、いつか心のそこから信じ続けることができる何かに出会いたいと思っている自分を、わたしは否定しきれないのである。
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文庫版p.191


 あああ、オカルト業界は不滅です。


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