SSブログ

『万引きの文化史』(レイチェル・シュタイア、黒川由美:翻訳) [読書(教養)]

--------
 2000年から2004年には、スリや自転車泥棒など、ほかの窃盗件数は減ったのに、万引きだけは11.7パーセントも増加した。(中略)2009年の万引き件数は前年比で8パーセント近く増えた。
--------(中略)
万引き犯罪の検挙者数は2700万人にのぼり、総人口の9パーセントを占める。(中略)万引き経験のある人は11パーセントで、10パーセントの人々が生涯、万引きをやめられないと答えた。
--------(中略)
 さらには、実際の万引きがもっと多い可能性もある。NASPの報告書は、店の警備で万引きが発見される割合は48回に1回、警察へ通報される割合は50回に1回だと推定している。
--------
単行本p.12、13


 それは犯罪なのか、窃盗症(クレプトマニア)という病気なのか、それともカウンターカルチャー運動の一種なのだろうか。最も広く普及している窃盗行為である万引き。その歴史と現状を明らかにする一冊。単行本(太田出版)出版は2012年10月です。


--------
 犯罪と病気との線引きが曖昧なために、万引きはさらに誤解を受けやすい。万引き犯が“窃盗症”患者である割合は0~8パーセントというのが一般的な見解であるが、患者数はそれよりはるかに多いとする専門家もいる。その一方で、窃盗症と呼ばれている人はすべて、いわゆる“万引き依存症”にすぎないとする意見もある。
--------
単行本p.14


 驚くほど蔓延しているにも関わらず、誤解が多い犯罪。万引きについて様々な角度から探求してゆく本です。万引き犯、警備員を含む多数の人々への直接取材により、万引きの歴史と現状が明らかになってゆきます。

 まず、そもそも万引き犯というと、どんなイメージが浮かぶでしょうか。性別は? 人種は? 収入は?

--------
 万引きはいっこうに減らない。黒人も白人も万引きをする。移民であれ生粋のアメリカ人であれ、男でも女でも、若者でも高齢者でも、さらには、金持ちでも貧民でも、信仰があってもなくても万引きをする。
--------(中略)
 しかし、本論で述べるように、富裕層と貧困層、黒人と白人とでは、同じ罪に対して下される判決の違いには根強い偏見があることがわかるだろう。
--------
単行本p.17、18

--------
 万引きには500年以上もの歴史があるが、疾病とみなすにしろ犯罪とみなすにしろ、近年まではおもに女性がするものと考えられていた。ところが1980年代から事情が変わってきた。男性万引き犯が増えた一方で、窃盗症と診断される女性も増えているのだ。
--------
単行本p.114

--------
アンケートに回答した万引き経験者は若者と白人が圧倒的に多かったのに対し、裁判記録にある万引き犯は、非常に高齢か非常に若いヒスパニック系とアフリカ系の男性が多かった。
--------(中略)
〈メーシーズ〉百貨店は州検事総長事務局に60万ドルの制裁金を支払った。捜査の結果、この百貨店では多くの州の大多数の店舗と同様、“非白人”の顧客の割合は全体の10~12パーセントにすぎないのに、拘留された万引き犯の75パーセントが非白人だったことが判明したからだ。
--------
単行本p.125


 まず万引き犯の性別や人種、社会階層によって、そもそも警察に突き出すか否かの判断が違ってくるようにも思われます。「根強い偏見」がそこにはあるのでしょう。

 万引きは、生活が苦しくてやってしまう犯罪なのでしょうか。本書に登場する万引き犯には、元ミスアメリカの美人女優や、大統領補佐官の地位にあったアフリカ系アメリカ人など、少なくとも経済的には、万引きに手を出す必要などまるでない裕福な人々もいます。

 その一方、万引きした商品の転売で生活する職業的万引き犯(ブースター)も登場します。

 世界中で最も多く万引きされているのはヒゲソリの替え刃、キリスト教信仰の篤い地域(バイブル・ベルト)でもっとも多く万引きされているのは聖書、など万引きのターゲットになりやすい商品(ホット・プロダクト)に関する意外な情報も。

 万引きが激増している原因については、様々なことが言われて来ました。


--------
 1960年~70年代までは万引きはおもに若者の反逆行為とみなされていたが、このころから女性解放運動に非難の矛先が向けられるようになった。マスコミはマイヤーソンを、「フェミニズムの影響で専業主婦の幸福をつかみそこね、その埋め合わせに万引きへ走った更年期女」と酷評した。こうした報道は、窃盗症を欲求不満解消のために盗みに走る女性の病気とした19世紀の古い決まり文句を復活させる。
--------
単行本p.198


 「社会に不満を持つ若者の反逆」「フェミニズムの弊害」「欲求不満の年増の腹いせ」など、万引き増加の原因について目茶苦茶なことが言われていたというのはショックです。まあ、いつだって……。

 実際の万引き犯にインタビューした部分は本書の読み所の一つで、その生々しい証言には強い印象を受けます。


--------
 よくないことをしているという実感と、店主や店員をだしぬく優越感がたまらなかった。歳を重ね、腕をあげればあげるほど、もっと高価な物、もっと難しい物を盗まずにはいられなかった……より大きな快感を得るにはそうするしかなかったからだ。
--------
単行本p.174

--------
気持ちが浮きたってぞくぞくした。晴れ晴れして……何年も感じたことのない満ち足りた気分になれた
--------
単行本p.176

--------
心臓がどきどきする。顔がほてる。万引きすれば興奮が鎮まるとわかっているから、鎮めたくてたまらなくなる。実際に万引きする何時間も前から興奮状態になるときもあれば、思いついてほんの数分で何も手につかなくなり、店へ行ってしまうときもある。
--------
単行本p.180

--------
自分が本当の自分とつながったみたいで、戦慄が走る。“これをください”と言って買ったのではパワーが弱まってしまうわ。盗むからこそ、自分が実際よりえらくなったような、やっと本当の自分になったような気分になれるのよ。盗む行為と盗みそのものに取り憑かれてしまうのね。時間がたてば盗んだ物の価値が薄れるから、またやらずにはいられなくなるけれど
--------
単行本p.184

--------
自分がどれほど激しくこの衝動に翻弄されているか、発言していかなくてはなりません。この衝動がどんなに恐ろしく、どんなに強力で、どれほど私たちの人生をめちゃくちゃにし、どんなに破壊的なものか、そしてこれをまったくコントロール不能だと感じている絶望感を人々に伝えていかなければならないのです
--------
単行本p.292


 窃盗症(クレプトマニア)とは別に、万引き依存症(ショップリフティング・アディクト)という分類が提唱されたのもよく分かる強烈な証言の数々。

 こうして万引き犯は、アマチュア、プロ(ブースター)、窃盗症、万引き依存症、という四つのカテゴリに分類されることになります。

 万引き依存症治療のための団体、LPエージェント(昔でいう警備員)と万引き犯との「戦争」激化(しばしば実際に死者が出る)、監視カメラや盗難防止タグなど万引き対策技術の発展、ついには「店の多数の監視カメラ映像をリアルタイムにインターネットに流し、万引き行為を見つけて通報した視聴者には謝礼金を出す」といった対策まで、万引きをめぐる最近の状況についても詳しく紹介されます。

 万引きという「ささいな」犯罪が、店にどれほどの経済的ダメージを与えるか、また犯人の人生を破滅させてしまうか、その悪影響の大きさには驚くばかり。全米総人口の9パーセントが手を出す犯罪を、他人事だと見なしたり、社会問題として大袈裟に語る必要はないと思ったりするのは、危険な間違いだということが分かります。

--------
かつてタブーとされてきた話題を率直に書いたり語ったりするのは大胆で勇気があるとみなされる現代にあっても、日用品を店から盗むのは依然として言葉にできないほど恥ずかしい行為だと考えられている。それなのに、いまだになくならずに残っているのが万引きなのかもしれない。それは、誰もが口を閉ざそうとすることで増殖する静かなる伝染病である。
--------
単行本p.299


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: