SSブログ

『絶叫師タコグルメと百人の「普通」の男』(笙野頼子) [読書(小説・詩)]

--------
 どのような理不尽な異様な目茶苦茶な事も、このタコは一切人の言う事を聞かずに矛盾だらけのままただ絶叫してきたのだった。そしてその事で人から咎められると煽りながらのらりくらりとどっちとも付かない事を言い続けてきたのだった。
--------
Kindle版No.1634

--------
 文壇や論壇、ある種の学問、そしてマスコミ等、つまりは日本の精神世界にはびこる最近の馬鹿げた無責任と現実感覚の喪失、それは今病理を究めながらついには文化の形で世界に輸出されようとしているのではないでしょうか。私は私なりにそれを文学で捉え問題化すべきだと考えていました。
--------
Kindle版No.2073

--------
 理解者みたいな口利いてスカタン抜かすなヴォケ、みなさんこれが今はやりのニュー批評家ですよ。女性文学と九十年代を見ない事にしてこそ仕事のある三猿。たまには風邪引けよ、それだけです。
--------
Kindle版No.2175


 シリーズ“笙野頼子を読む!”第93回。

 八百木千本、萌え美少女化計画(キター!)。ふと気づいたらいつの間にかこの国はもう、だいにっほん、えっえっえっえ。三部作の前史にあたる激烈長篇をKindle Paperwhiteで読みました。単行本(河出書房新社)出版は2006年4月、Kindle版配信は2014年7月です。


--------
気がついたら、世界はあっという間に変容し後退しつつ最悪の方向にねじれていた。そもそも最初日本、にほんという国に八百木はいたのであるが、いつかその国はだいにっほん、になっていた。
--------
(『だいにっほん、ろりりべしんでけ録』より。Kindle版No.1481)

--------
「五十代なのにネットで叩かれたら作品に2ちゃん語使って使いこなした奴」
「ブスだって言われたら自分の顔のブス描写ずーっとするし、論争やって叩かれたら論争用語で小説書いちゃってるし」
--------
(『未闘病記----膠原病、「混合性結合組織病」の』より。単行本p.103)

--------
論敵達にとってもモイラが死んだ事は気の毒な事だ。私は何の容赦もない。今の私には生温かい感情がもうないからだ。
--------
(『片付けない作家と西の天狗』より。Kindle版No.2469)


 建国直後のウラミズモに政治亡命した作家、八百木千本。彼女は「前の国」でどんな体験をしたのか。だいにっほん三部作のプロローグにあたる長篇。全体は、四つの連作から構成されています。


『絶叫師タコグルメ』

--------
当初はなんか変な事になったと思っていただけだった。なんと言っても彼らは選挙によって出てきたのだし、どう見たって新種の連立政権、無能で素人臭い奴らにしか見えなかったし、人々は「え、誰が投票したわけっ、え、誰がだれがダレが、ふうーん、けーっ」とか言ってただけであったし。
--------
Kindle版No.426


 気が付いたら日本が変なことに。当事者意識のない幼稚な政治家が口先だけでどんどん調子こいてオヤジの紐帯に甘えているうちに、いつの間にか国名はカギカッコ付きの曖昧で無責任な「日本」となり、いまひとつ現実とは関係ない何か言葉遊びのようなこの「日本」が、世界中から尊敬されてたり、クールだと思われてたり、カワイイ「にほん」として愛されてたり、という謎設定に誰も逆らえなくなり、いつしか「だいにっほん」とか偉そうに名乗っていたら、嫌、嫌、嫌。えっえっえっえ。


--------
 ここでは国策の失敗や権力者の不始末にも責任はない。なんと言ったって別に彼らは何の責任もない対抗勢力という設定で生きているのだから。例えば罪あって罰のない世界のように、彼らは反権力のまま権力を握り、何も決めず、何も引き受けず、決める時は自分達だけでこそこそ決め、引き受ける時は引き受けるポーズだけをしてみせてただ利権を分ける。
--------
Kindle版No.398

--------
ここの政府は決して政府を名乗らない。国家を解体させて違うものにした時からそれらはなくなった。ここにあるのは正式には政府でなく国家でなく、その名前は「知と感性の野党労働者会議」という。略して知感野労である。いわゆる知感である。
--------
Kindle版No.382

--------
 中年的利権や御大的弾圧をほしいままにしながら、いつも誰かに反逆し反抗しているポーズをこの「政府」は取りつづける。
--------
Kindle版No.388


 利権だけ取って権力も責任も取らず、「反権力」ぶったお調子者の男と名誉男に支配されたロリコンの国。ここでは真摯な言論や批判はすべてなかったことにされてしまうのです。


--------
男社会を生きる都会人は、朝から晩まで男同士だけで繊細に温厚に気を使いながら、遊び心の中に「批判精神」を見せるという繊細なやり方で「討論」、「相互批判」を繰り返すのだ。
 そういうわけで、ここでは本物の批判、をする事は禁じられている。やるのは「批判」だけ。
--------
Kindle版No.464

--------
この場合の「批判」とは曖昧でよく判らず茶番的な批判の事なのだが、この国ではそのように「カッコ」を付けていると、批判精神があると思われ褒められるのである。
--------
Kindle版No.484


 しかし、本物の批判精神と反逆魂あふれる作家、八百木千本は、ここぞとばかりに知感野労を批判したため、逮捕されてしまいます。またもや受難の八百木。


--------
 私は災難に遭うように運命付けられていた。というか、私の存在そのものが世と相いれないのだ。国家に逆らって私は生きてきた。個人的な不幸さえその延長上にある。そればかりか、人々は自分の不幸を不幸と感じられぬよう洗脳されている。当然戦うべき時にも戦わないように調教されている。
 乱世だと思う。本物の本当の末法とは、実は今なのだ。私がここにいる原因とは、まさに世が世である、というだけのことなのだ。
--------
Kindle版No.547


 八百木千本は裁判にかけられますが、もちろん裁判なんて茶番です。


--------
裁判中は始終デリダも引用して真実などないという見地から全証拠を否定する。
 哲学とはこの国では誤った適用を真理に見せるための手段に過ぎないのだ。方法は簡単、ただ引用するだけ。
--------
Kindle版No.414


 こうして八百木は、何か変な萌え「アート」で飾られた「批評精神のある空間」である「キモ贅沢部屋」に監禁されることになります。外出といえば月に一度、女性作家強制矯正所に通うのみ。そして、いずれは殺されてバーチャル美少女作家として統合されるという、あまりと言えばあまりに酷い仕打ち。


--------
私はこれから私である証左を全て奪われ、ある美少女に統合されようとしているのだった。つまりその美少女が若く美しく有名という事だ。私はその子のパーツにされるのだ。統合である。統合、というかここではその事を止揚と言っている。アウフヘーベンだと。
--------
Kindle版No.338

--------
美少女が私を併合する理由、それは私がブスという政治的正しさをもった反権力で、ブ貌で戦ってきたマイノリティだからだ。それにもし私が「私」の小説を書いてあげたという形式を保証すればそれは純文学になると、知感野労共が信じこんでいるからだ。
--------
Kindle版No.830


 これまで八百木千本が闘ってきた歴史、ようやく確保した地位、書いてきた言葉を、まるごと捕獲して「反権力」ボクちゃん配下の属性にしちゃおうという悪逆非道というかまあ何も考えてないタコ、そうタコグルメ。

 はたして八百木の運命やいかに。


『百人の「普通」の男』

--------
この国では男子は結婚と性欲の充足と玩具のコレクション、そして評論活動と徒党を組む事以外何もしない。(中略)世界中がブリブリしていて自分をちょっとでも傷付けるものは自主的に死んでくれる、それが知感野労共の温かな世界なのだ。
--------
Kindle版No.1535、1570


 何しろ国民的美少女作家に統合される予定の八百木千本。全国から選別された百人の「普通」の男たちからどんどんプロポーズ(なのか煽りなのかよく分からない)メールが届きます。わーん。


--------
 彼らは国中で最も「反権力」な「いい男」ばかりである。少しも「エリートぶらない普通の謙虚な男」。しかしもちろんこの国で「反権力な男」と言ったらそれはロリコンの事なのであり、いい男と言ったら被害と加害が反転するような話法のぶっこわれた知感野労であり、「エリートぶらない」とはエリートの待遇を受けていて義務を果たさないという意味であるし、「普通の」という事は幼女を騙してパンツをくすねているという意味なのである。そして「謙虚」とは一本目のメールのような言い回しで欲望を隠す行為である。
--------
Kindle版No.1231


 何かもうまともに言葉も通じないこの国で、「普通」の男の代表と言えば、この人、山墓二円くん。


--------
二円とはこの国の「普通」の男を象徴しているからだ。てっとりばやく言えば、何の取り柄もないのに受け身のままで、つまり一切自発的欲望を表現せぬままに特別な存在となり、ガールフレンドをとっかえひっかえし、痩せ型キレイ系の彼女と恋愛をしておいて、その後母性的美少女と結婚をしたい、というような、要はきつい性妄想だけを持っている「普通」の男の代表であるからなのだ。
--------
Kindle版No.1106

--------
そして女の子は十歳位までに次々二円と恋愛し、そのライバルと「あくまでも自分の意志で」カミカゼのように戦って、結婚相手以外は出来るだけ都合よくばたばた死んでしまうという展開になるしかないのだった。というのも、二円は受け身の癖にプライドが高く、自分より小さい子供が自発的に戦って命を捨ててくれないと嫌なばかりか、彼女らが自分より強い敵を倒して、つまり二円より強い女の子になってしまう事にも我慢ならないからだ。なんでも負担に感じるやつなのである。
--------
Kindle版No.1122

--------
そこで女の子は次々と自殺をする。それも助けてくれなかった二円を弁護する長ゼリフの後に。主人公のご都合に合わせて周囲の生死は決まっている。これがこの国の二十世紀ナラティブである。日本と違ってここは私小説もSFもないのでこんなんばっかりだ。
 この二円をとことん保護することがこの知感野労共の国是なのであった。
--------
Kindle版No.1129


 こんな感じで「普通」の男たちが徹底的に甘やかされている一方、「知的エリート」は何をしているかというと、火星人少女遊廓で遊んで、もとい、未成年者の性的搾取に勤しんで、いやいや、アクチュアルな反権力闘争を現場から共闘しているのでした。


--------
「みなさん僕達はこの可哀相な地球に連れてこられた、少女達を保護するために火星人遊廓を作りました。悪い汚い国家権力が彼女達を地球に連れてきてしまったのです。しかし国家権力の悪人達は彼女達にここで無理に売春をさせています。でもそんな中で彼女達はこの売春を僕の提案も受けて建設的にとらえ労働問題学習のため自覚的に行い、そして死んで行くのです。そこで僕達はどうやったらこのような火星人虐待をなくす事が出来るかを研究するフィールドワークの一環としてまたこの少女達と共闘し救うため、今後もずっとこの火星人遊廓に遊客として逗留する事にしました。
--------
Kindle版No.1322

--------
遊廓で働かされる火星人少女は地球のアニメ的二次元少女そっくりの例のハイテク着ぐるみを着せられてしまう。しかもそれは十七歳どころか七歳になる前に密封するように、着込ませられてしまう。一生外に出る事が出来ないのだ。(中略)この国の少女とは火星人少女の事でもないし地球人少女の事でもない。着ぐるみだけなのだ。人間の少女が単なる着ぐるみのまねをさせられるのだ。
--------
Kindle版No.1334、1337

--------
地球で知感野労の虐待にあう火星人達はこの「呼吸器官」が傷付いてどんどん死んでいく。虐待がひどいため多くは若くして死ぬので同情され全員死んだら天国に行くとされていて、彼女達のために憤り泣くのは知感野労達の義務になっている。
--------
Kindle版No.1346


 もう引用きつくなってきたので、ささっと展開だけ申し上げますと、あわやというところで八百木はウラミズモに政治亡命させられることになります。だいにっほんとウラミズモの間で、何やらきったない取引が行われたのです。


『センカメの獄を越えて----八百木千本ウラミズモ亡命記念初エッセイ予定原稿』

 ウラミズモに亡命して命拾いした八百木千本ですが、かつて自分が通わされていたセント・カメレオン女性作家強制矯正所、いわゆるセンカメで見た若い作家を救えなかったことを激しく後悔しています。


--------
 夢の中ではいつもその美緒里が、教室にひとり居残って真っ青な目つきになり、猫が追い詰められて猫パンチを出すようなやけくその手つきで、ノートに獄卒共が選んだ少女フレーズを書き続ける。(中略)夢の中で、ごえーっ、ごえーっ、と自分の考えも付かぬ糞文を書かせられながらこの若き暴力描写の第一人者は泣きもせず真っ白な歯を食いしばって、自分を励ますフレーズを無意識につぶやいている。
--------
Kindle版No.1918、1925

--------
 遠い知らない夢の果てで美緒里の絶叫する声が聞こえる。

 がーっ、なんぶせんべいっ、教室ぜーんぶ
 化膿するまでっ、どつかしてくれーっ

 夢の最後で私はいつもこんな美緒里をひどい国に残して、自分だけ助かったという事に気づいて泣いてしまうのだ。
--------
Kindle版No.1929


 文学の「娘」のように思っていた若い作家を救うことが出来なかった後悔。八百木は悲しみのあまり昏睡状態に陥り、そして、その運命はだいにっほん三部作へと引き継がれてゆくことになるのでした。


『八百木千本様へ笙野頼子より----今までの感謝と、近況報告を兼ねた手紙』

 ついに本作の続篇ともいえる『だいにっほん、おんたこめいわく史』を発表した笙野頼子。その背景や反響を紹介しつつ、八百木千本に別れのメールを送ります。


--------
 ひとつの言葉に何かを象徴させる事で見えにくいものは見えやすくなります。しかしあまりにそれを安易にやってしまえば単なる仮想敵になってしまったり空疎なスローガンにもなってしまう。私は考えました。すると答えは案外近いところにあった。それは長きにわたって定点観測してきた論敵達でした。そこにある独特の癖や構造を指して私は「おんたこ」という名前で呼ぶことにしたのです。
--------
Kindle版No.2097

--------
 あえて「おんたこ」と呼ぶ事でテーマは必要十分な広さに限定出来たのです。私は古神道の中の混濁をも視野に入れる事が出来、また古墳の霊や権現信仰を登場させ、複数の角度から蔓延する悪について語れたのです。ネットの読者と新聞の時評は戸惑いと興味を同時に示しました。
--------
Kindle版No.2105


 そして手紙の最後に、笙野頼子は自らの文学的野望について率直に語ります。それは……。


--------
 そして究極は極私の中でまことの他者に会いたい。まあ、まことのなどと言ったってそんなのフォイエルバッハの悪く言う、人間の本質的感情としての「神」でしかないけれども、だからこそ文学の世界に転生させるしかないようなその「神」というものに出会いたいのだ。そしてそれを正気のままレポートしたい。それも複数の神が一斉に語るという生身の「私」小説を六十代の代表作にしたいのです。
--------
Kindle版No.2196


 さようなら八百木千本。いつの日かまた……。

 で、八百木千本は、本書が出版された翌年(小説内では五十年後)にはもう叩き起こされて笙野頼子の救出に向かうはめになり、さらにそれからわずか三年後には「小説神変理層無経」(荒神シリーズ)がスタートすることを、今の私たちは知っています。


タグ:笙野頼子
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: