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『バンヴァードの阿房宮 世界を変えなかった十三人』(ポール・コリンズ、山田和子:翻訳) [読書(オカルト)]

 「その時、歴史は動かなかった!」(帯より)

 世界最長のパノラマ画で巨額の富を稼いだ者、シェイクスピアの未発見原稿を偽造した者、ニューヨークに空圧式地下鉄を敷設した者、地球空洞説、N線、青色光療法、シェイクスピア=ベーコン説、史上初の宇宙人ブーム。「偉大」な業績にも関わらず歴史から忘れ去られた人々の驚異と感動の実話集。単行本(白水社)出版は2014年8月です。

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傑出した才能を持ちながら致命的な失敗を犯し、目のくらむような知の高みと名声の頂点へと昇りつめたのちに破滅と嘲笑のただ中へ、あるいはまったき忘却の淵へと転げ落ちた人々。そんな忘れられた偉人たちに、僕はずっと惹かれつづけてきた。
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単行本p.9

 成功し、名声と富を手に入れ、歴史に名を残した偉人たち。その陰には、同じくらい偉大なことを成し遂げながら、今日ではまったく忘れ去られてしまった人々がいる。彼らの偉業、少なくとも私たちの心を惹き付けてやまない魅力的な活動、そういった知られざる歴史を語った本です。

 取り上げられているのは13名。科学者、芸術家、文学者、実業家、俳優、詐欺師。職業や業績は様々ですが、いずれも魅力的な人物ばかり。その栄光と挫折の物語はどれもエキサイティングです。翻訳も見事で、目次に並んでいる各章の意匠を凝らしたタイトルを眺めているだけで笑みが浮かんできます。

 知られざる歴史や、生まれた時代からはみ出してしまった奇人変人、そして疑似科学に興味がある方に強くお勧めします。


「1 バンヴァードの阿房宮(ジョン・バンヴァード)」

 最初の章で取り上げられているのは、世界最長のパノラマ画で一世を風靡した画家です。

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 ひとりの人間の生涯で、ジョン・バンヴァードほどの高みまで昇りつめ、なおかつ完璧な失墜をとげた例は、ほかには思いつかない。1850年代のバンヴァードは世界一有名な画家であり、おそらくは絵画史上初の億万長者の画家だった。(中略)当時、世界で最も偉大な画家だったジョン・バンヴァードは歴史から完全に消えてしまったのだ。
 いったい何が起こったのだろう?
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単行本p.17


「2 贋作は永遠に(ウィリアム・ヘンリー・アイアランド)」

 シェイクスピアの「未発表」原稿を作り出して多くの専門家を見事に騙してのけ、今日なおその「作品」がグローブ座に展示されている男。

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通常、贋作は一世代かそこらしか持ちこたえられない。それは、それらの贋作が、みずから詐称しているところの“本物”にではなく、私たちがそうであってほしいと思っているものに似ているからなのだ。贋作は、時代の美学的偏見のカリカチュアである。その時代が過ぎてしまうと、否応なく、その輪郭がくっきりと見えてくる。
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単行本p.69


「3 空洞地球と極地の穴(ジョン・クリーヴズ・シムズ)」

 地球は空洞で、その「内側」には広大な地下世界が広がっているという、いわゆる地球空洞説を世に知らしめた男。

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 今では完全に否定されてしまったとはいえ、科学的な観点から我々の足の下に生命あふれる未踏の世界が広がっていると考える人はいつの時代にもいた。地球空洞説は、科学史的に見ても、きわめて長い期間続いた、魅力的な考えだったのである。
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単行本p.118


「4 N線の目を持つ男(ルネ・ブロンロ)」

 新種の放射線の発見とそれに続く大ブーム。後に存在しないと判明した幻のN線、数多くの科学者がその検証に成功したのはなぜだったのか。常温核融合やポリウォーター(そしてSTAP細胞)と並ぶ幻の大発見、その短くも輝かしい歴史。

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 ブロンロとN線の記憶が忘却の淵から引き上げられたのは、彼の死後二十年あまりたってから----何人かの科学者の間で、自己幻惑の危険性をいましめる訓話としてブロンロの事例が話題になった時のことだった。アメリカの化学者でノーベル賞(まさにブロンロの手から滑り落ちた賞だ)受賞者のアーヴィング・ラングミュアは折あるごとに、“病的科学”の好例としてブロンロの失墜を取り上げた。
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単行本p.142


「5 音で世界を語る(ジャン-フランソワ・シュドル)」

 音で語る言葉、楽器があれば誰とでも「会話」できる音楽言語「ソレソ語」とその辞書を独力で作り上げた男。

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 シュドルは、これら七つの音を基本アルファベットとして、〈普遍音楽言語〉を作りはじめた。この新システムは、既存の言語を音楽記号に置き換えただけのテレフォニとは異なって、独自の文法と語彙とシンタックスを持つ、まったく独自の言語体系だった。
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単行本p.155


「6 種を蒔いた人(イーフレイム・ウェールズ・ブル)」

 品種改良により、新大陸で育てられるブドウ品種を始めて作り出したという偉業にも関わらず、そこからほとんど利益を得られなかった男。

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 ブルはほんの少し生まれるのが早すぎた。種子を売らずにブドウのエッセンスを売るには、最新の殺菌技術と瓶詰め技術を使って、グレープジュースとグレープジェリーを大量生産すればよかったのだが、そうした技術が確立されたのは、もう少しあとのことだった。1854年に、ブルにこれができていれば、彼の人生はまったく異なったものになっていただろう。だが、実際にこの方法を実行し、大富豪になったのはほかの人間だった。
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単行本p.195


「7 台湾人ロンドンに現わる(ジョージ・サルマナザール)」

 欧州には当時ほとんど知られていなかった麗しの島(フォルモサ)台湾。その歴史・言語・風俗をすべて一人で作り上げた希代の詐欺師。

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 サルマナザールは、台湾の王族と為政者たちの詳細な物語を作り出しただけではない。彼はひとつの世界を丸ごとでっち上げたのだ。(中略)サルマナザールの本は売れに売れて、ロンドンの書店はどこも在庫切れの状態になった。
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単行本p.225、228


「8 ニューヨーク空圧地下鉄道(アルフレッド・イーライ・ビーチ)」

 都市上空に張り巡らされた透明チューブ、その中を空圧で飛び回る列車や車。レトロ未来画でおなじみあの空圧鉄道を、ニューヨークの地下に実際に作り上げてしまった男。

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今日の我々からすると、こんな常軌を逸した計画を実行する者がいるなどとうてい考えられないとしか言いようがない。深夜、許可もなく作業をして、マンハッタンの最も賑わっている大通り、市庁舎のすぐ横の地下に本物の地下鉄を建造する。それも、近隣のただひとりの住人にさえ気づかれることなく----こんなことが、ひとりの人間にいったいどうやってできるというのか?
 だが、ビーチはやってのけたのだった。
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単行本p.247


「9 死してもはや語ることなし(マーティン・ファークワ・タッパー)」

 時代を代表するベストセラーを出した後、そのまま忘れ去られた詩人。

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その詩集は総計百五十万部を売り上げ、イギリスの《スペクテイター》紙に「不滅の詩人たちに列する座を勝ち得た人物(中略)」と高らかに宣された人物だ。(中略)今日の読者大半に関する限り、彼は何者でもなく、その作品は一世紀以上もの間いっさい再刊されていない。
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単行本p.272


「10 ロミオに生涯を捧げて(ロバート・コーツ)」

 シェイクスピア劇に新風を吹き込み、大評判をとったアマチュア俳優。

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どうしようもなく才能に欠くと思われるにもかかわらず、自分の能力にとてつもない自信を抱いていたその人物は、まるごとひとつの演劇の流儀を自分ひとりで作り出した。(中略)猛烈な嘲笑と怒号を一身に浴びながら、自分だけの俳優人生を貫き通す心意気を持っていた孤高の人物
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単行本p.301


「11 青色光狂騒曲(オーガスタス・J・ブレゾントン)」

 大流行したトンデモ医療、青色光療法の提唱者。

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 『青色光の影響』が主張するところでは、青色ガラスは、痛風から脊髄膜炎、麻痺、肺出血にいたるまで、ありとあらゆる疾患を治すことが可能だった。
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実のところ、大半の科学雑誌は『青色光の影響』の書評を載せることも新刊リストに上げることもしなかった。よくあることながら、真面目な科学者たちは、内容のあまりのばかばかしさに、こんな本はすぐに世の中から消え去ってしまうだろうと考えたのだった。
 全部数があっという間に売り切れとなった。
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単行本p.348、346


「12 シェイクスピアの墓をあばく(ディーリア・ベーコン)」

 才能あふれる作家でありながら、シェイクスピア=ベーコン説に憑りつかれ、精神を病んでいった悲劇の女性。

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 ディーリア・ベーコンは、かつてペンを取った者で最も不幸な運命をたどった著作者と言えるかもしれない。彼女は生涯の大半を、体も心も病んだ状態で極度の貧困のうちに過ごした。出版した本はことごとく負債となって彼女を追いつめ、最後の本となった畢生の大著は編集者にも伝記作家にも読まれることがなかった。
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単行本p.369


「13 宇宙は知的生命でいっぱい(トマス・ディック)」

 月、惑星はもとより、小惑星や彗星にさえ、人類よりもはるかに優れた知能を持つ住民がいると論じ、(大手新聞に載った「月面人発見!」のスクープ記事に大衆が熱狂するなど)史上初の宇宙人ブームを作り出した男。

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かつて絶大な人気を誇った著書も、今では見つけることさえ難しく、全著書が一世紀以上にわたって絶版のままになっている。私がUCLAで見つけた1855年版の全集はページがカットされてさえいなかった。これを開いたのは、この百四十年間で私が最初だったのだ。
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単行本p.413


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