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『どろぼうのどろぼん』(斉藤倫、 牡丹靖佳:イラスト) [読書(小説・詩)]

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「持ちぬしが、そのもののことなんて、あったことさえおぼえてもいないもの。なくなっても気づきもしないもの」(中略)
「どろぼんがぬすむのは、そういうもの。だから、ぬすんだことをけっして証明できない。ぬすまれたひとも、ケイサツに届けることはぜったいない。だって、ぬすまれたことに、気づくことがないんだから」(中略)
「天才だわ」
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単行本p.104、105

 気にかけられないもの、忘れ去られたもの。そういったものたちの「声」を聞き、誰にも気づかれないまま、たった一人で救い出してしまう天才どろぼう、どろぼん。でも、はじめて自分から救い出そうとしたとき、もうどろぼんは一人じゃなかった。子供のための創作童話、単行本(福音館書店)出版は2014年9月です。

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 あじさいの小さな花びらのひとつひとつに雨つぶが包まれるように当たって、そのささやかな音がたくさん集まってつめたい空気をふるわせていた。あじさいにはじかれた雨つぶは、さらに小さくくだけて紫色の煙幕になり、むせかえるようにあたりをかすませていた。それがどろぼんと、ぼくの出会いだった。
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単行本p.6

 ある雨の日に刑事が出会った、不思議な男。これまで千件くらいは盗みをはたらいたと供述する彼の名は、どろぼん。捕まったことも、いや窃盗に気づかれたことすら一度もないという。そんな馬鹿な。

 とりあえず警察署の取り調べ室で事情聴取をするうちに、刑事も、同僚たちも、みんな、どろぼんが語る摩訶不思議な物語に引き込まれてゆきます。

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 なんでそんなものばかりっていわれてもしょうがない。声が聞こえるんだから。持ちぬしさえ、それがあったことを忘れてしまったものばかり。そんなものたちの声に、どろぼんはいつもよばれた。(中略)ものたちは、どろぼんをよぶ。どろぼんはぬすみ出す。
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単行本p.41

 戸棚の奥、物置の隅、引き出しのなか。そんなものがあったことさえ忘れられた気の毒な「もの」たちが、悲しそうな声で呼んでいる。きっと読者にも思い当たることが色々とあって、どきっ、とするでしょう。

 どろぼんには、その声が聞こえるのです。そして、そういった「もの」を盗み出して、いや救い出して、それが自分を大切に思ってくれる人のところに行くのを手助けします。

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ものっていうのはね、なんの役にも立たないように見えても、そこにあるっていうそれだけで、なにかの役に立っているということもあるんだよ
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単行本p.51

 どろぼんが語る奇想天外な物語に、もう有罪にするとか裁判にかけるとかいったことも忘れて、魅了されてゆく刑事たち。気持ちはわかります。

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 次の日も、ぼくらは、おなじように取り調べを続けた。とはいっても、どこまでが仕事かもうわからない。子どもが寝るまえに、お話をせがむように、ぼくは質問をし、あさみさんは書きつけた。
 なんともふしぎな話は、まだまだつきなかった。
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単行本p.151

 しかし、一匹の犬との出会いが、どろぼんの運命を変えることに。

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 どろぼんは、いままで、なにもじぶんからは求めなかった。
 そして、はじめて、なにかを、それもたったひとつを願っただけなのに、そのせいで、すべてをうしなおうとしている。
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単行本p.200

 取り調べ室でなにげなくつぶやかれた一言が、どろぼんを絶望の淵に追いやることになります。翌日には釈放だというのに、留置所から煙のように消え失せるどろぼん。そういや、天才どろぼうなのでした。

 このままでは、どろぼんは本当の犯罪者になってしまう。止めなければ。彼を助けるために奔走する刑事たち。警察が泥棒を助けるために頑張る。もう誰もそれが変だとは思いませんでした。だって、どろぼんも刑事たちもみんな「だれかの役に立ちたいって思っているひと」(単行本p.275)の仲間なのだから。

 目立たないもの、役に立たないもの、不必要なもの、見捨てられたもの。でも、それがそこにあるということは、決してどうでもいいことではありません。小さなものたちへの想像力を育ててくれる魅力的な物語です。

 個人的には、ものたちの声や、どろぼんの呪文などに登場する、言葉あそびがお気に入り。

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はなび はならび はなびら ひばな
ひばな はなびら はならび はなび
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単行本p.87

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カラスが ぶつかる まどガラス
くるまを ころがす くるまえび
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単行本p.119

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わらう かどには ふくがくる
あらう かどには あらいぐま
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単行本p.125

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かかかかかかかおきず かかおきず かおきず

かおきず かおきず かおきず

かをきずつける

だれかをきずつける

わたしはだれかをき
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単行本p.89、90より抜粋引用


 ナンセンスだと思いますか。でもこうした意味のない、内容を伝えるためのものじゃない言葉こそが、案外すごい力を持ってたりするものなのです。どろぼんの物語を読んだ子どもは、きっとそういったことにも気づくに違いありません。


タグ:斉藤倫
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