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『知っておきたい物理の疑問55』(日本物理学会) [読書(サイエンス)]

 高校生から寄せられた物理の疑問に専門家が回答。「質問1:鉛筆で紙に字が書けるのはなぜですか?」から「質問55:宇宙の未来はどうなるのですか?」まで、55問の疑問と回答を収録した、若者のための「なぜなに」本。新書(講談社)出版は2011年12月です。

 読者から寄せられた疑問に専門家が回答するという、いわゆる「なぜなに」本の最新版です。子供電話相談室とは違い、質問者は高校生なので、かなりレベルの高い疑問も含まれています。回答はおおよそ大学の教養課程レベル。油断するとついてゆけなくなります。

 全体は五つの章に分かれています。

 まず最初の「第1章 身近な疑問」では、「鉛筆で紙に字が書けるのはなぜですか?」、「鉄が磁石にくっつくのはなぜですか?」、「野球のボールが曲がるのはなぜですか?」、といった、昔からある定番疑問に回答します。中には、「携帯電話で画像が送れるのはなぜですか?」とか、「リニアモーターカーの最高速度はどのくらいですか?」といった新しい疑問も。

 次の「第2章 考えるとやはり不思議」では、「超伝導体の上で磁石が浮き上がるのはなぜですか?」、「アモルファスナイフがよく切れるのはなぜですか?」、といったレベルの高い疑問。「金が金色をしているのはなぜですか?」という、意表をついた良問も。

 「第3章 地球から宇宙空間」では、「地球はどうやって生まれたのですか?」、「温度はどこまで下げられるのですか?」、「太陽の光でイカロスが進むのはなぜですか?」といった疑問を集めています。「光を止めることはできるのですか?」という疑問に対して、1999年にハーバード大学で行われた「光を遅くする実験」の解説が載っているのには驚かされました。

 「第4章 太陽からブラックホールまで」では、「宇宙には星がいくつあるのですか?」、「ブラックホールは何でできているのですか?」、「ホワイトホールって何ですか?」といった疑問が並びます。ここには、2011年秋に報告された「超光速ニュートリノ」検出実験の解説も載っています。

 最後の「第5章 宇宙は時空」では、「ビッグバンのエネルギーはどこから来たのですか?」、「宇宙には果てがあるのですか?」、「宇宙の未来はどうなるのですか?」などの疑問に答えます。

 驚いたことに、宇宙の果て、ビッグバン以前の状態、など、昔の「なぜなに」本では「科学はこういう質問に答えることは出来ないのです」などと、はぐらかされていた定番質問に対しても、最新のインフレーション宇宙論を駆使して、きちんとした回答を与えています。今の若者がうらやましい。

 全体の半分が天文・宇宙論の分野に偏っているのはちょっと意外で、最近の高校生はやたらと宇宙に興味があるのか、それとも回答を担当した科学者のバイアスなのでしょうか。

 本書ではじめて知ったことも多く、また最新の話題も含まれており、けっこう勉強になります。ただ読み流すだけでも楽しく、サイエンス雑学本が好きな方にお勧めです。


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『偉大なるコレオグラファー、ジョン・クランコ』(ジョン・クランコ振付) [映像(バレエ)]

 50~60年代に活躍し、シュトゥットガルト・バレエを世界的バレエ団に育て上げた伝説的なコレオグラファー、ジョン・クランコのバレエ作品『淑女と道化』、『パイナップル・ポール』の二本を収録したDVD。

 先日観たドキュメンタリーフィルム『Forgotten Memories』のなかで、イリ・キリアンが、師であるジョン・クランコのことを熱く語っていたのが印象的でした(2011年12月13日の日記参照)。

 他にも、ジョン・ノイマイヤーやウィリアム・フォーサイスなど、現代を代表するコレオグラファー達がクランコを師とあおいでいるそうで、その功績ははかり知れません。

 調べてみたところ、そのジョン・クランコの作品が市販映像化されていたので、この機会にと思って観てみました。BBCが制作したTV放映版です。

 最初の一本は『淑女と道化』(The Lady and the fool)。1959年5月3日に放映された映像です。

 舞踏会の会場へと急ぐ仮面の貴婦人。寒さに震えていた貧しい道化師たちをたまたま見かけた彼女は、彼らを舞踏会へ招待する。舞踏会で踊った後、王子、大金持ち、軍人という三人の男性から求婚されたものの、彼女は誰にも素顔を見せようとしない。

 一人きりになったとき、彼女は静かに仮面を外す。それまでの高慢な印象は消え失せ、その美しくも寂しそうな顔があらわになる。それを見ていた道化師は、彼女をなぐさめようとするのだが・・・。

 全体的に、古典バレエ『眠れる森の美女』のパロディになっていて、例えば有名なローズ・アダージョのシーンなどほとんどそのまま使っていたりします。ただし現代バレエですから、「真実の愛」とやらを得たからといって、それでめでたしめでたしというわけにはゆきません。

 舞踏会のシーケンスは豪華でしかもユーモラス、皮肉もきいていて、心に残る作品です。さり気なくピーター・ライトが登場していて(尊大な王子様)びっくり。

 もう一本は、『パイナップル・ポール』(Pineapple Poll)。1959年11月1日に放映された映像です。

 こちらは純然たるコメディ。『オン・ザ・タウン』(『踊る大紐育』)みたいな感じです。軍艦が港に到着し、水兵たちが上陸するや、恋人たちが駆け寄ってきて港は大賑わい。花売り娘のパイナップル・ポールの目当ては船長だが、彼はモテモテでいつも女性が群がるため、近寄ることすら難しい。

 水兵の制服を手に入れたパイナップルは、闇に紛れてこっそり軍艦に忍び込む。水兵に混じって船長に近づこうという計画だったが、実のところ港中の女性が同じことを企んでいたのだった・・・。

 馬鹿馬鹿しい話ですが、底抜けに明るく元気で、観ているだけで楽しくなってくる作品。ミュージカル調で派手なのもいいですね。

 いずれの作品もダンスのキレがよく、爽快です。キャラクターの感情をダンスで表現するのが巧みで、物語の展開もしっかりしています。個人的な印象としては、キリアンやフォーサイスより、ノイマイヤーの作品に近い印象を受けました。


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『カラマーゾフの兄弟(1)』(ドストエフスキー、翻訳:亀山郁夫) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 好色で露悪家の父親、激情的で粗暴な長男、インテリぶった尊大な次男、控えめで敬虔な三男。カラマーゾフ家では、金と女をめぐって見苦しい諍いが絶えなかった・・・。数年前にベストセラーとなった亀山郁夫さんの新訳カラマーゾフ、その第1巻。文庫版(光文社)出版は2006年9月です。

 おそらく世界で最も有名な長篇ミステリ。まずは第一巻を手に取りました。全体は四部構成(+エピローグ)となっていますが、その第一部に当たります。

 親子喧嘩と殺人を扱った辛気臭い話がどうしてこんなにウケるのか、昔から不思議に思っていましたが、実際に読みはじめてようやく納得しました。ヒロインたちがすごいの、何しろ。

 男の運命を狂わせる「妖艶な美女」グルーシェニカ、駄目な男をしっかり見守ってくれる「一途で健気な美人」カテリーナ、萌え萌え「病弱美少女(しかも幼なじみ)」リーズ、という具合に、もう全パターンをしっかり網羅!

 一方、男性キャラはどうかというと。これが。

 そこそこ財産はあるが教養も身分もなく、どうせ俺なんて皆の嫌われ者、別に好かれたいなんて思わないね、いっそもっと嫌われてやる、えい、えい、どうだっ、こんな見下げ果てたことをやっちゃうもんね、という「永野のりこ的なナニか」父フョードル。

 不遇な境遇ゆえに社会にも父親にも「貸し」があると感じており、どんなひどいことをされたって当然の報いだぜ、とか何とかすぐ言い出し、妬みでぐずぐず、激情的になって暴れる割に、根は臆病者という、「ネット人格くん乙」長男ドミートリー。

 変にインテリぶって人を見下し、他人のことに本当は無関心なだけなのに自分は知性派だから超然としている、てか神とか信じてる奴ってバッカじゃねえの、などと思っているのがバレバレな「痛ヲタ気質」次男イワン。

 そして、他人と争うのを嫌い、控えめでおとなしく、敬虔で信心深い、と周囲の人には思われているけど、実は色々と逃げているだけの甘やかされた無責任坊やじゃないかしら「軟弱ラノベの主人公にありがち」三男アリョーシャ。

 という具合に、こちらは「駄目な男」のパターンを網羅しているわけです。

 ダメな男が美人にモテモテ、しかも色々とバラエティ豊かにヒロイン取り揃えて、(執筆当時の基準では)激しいアクションシーンやスキャンダル満載、というわけですから、そりゃウケるわけです。今日まで使われ倒されている黄金パターンを創り出した古典って、やっぱり偉大です。

 というわけで、今さらでしょうが、第一部のあらすじ。

1. 修道院に集まったカラマーゾフ家の人々。見苦しい大喧嘩。

2. 帰宅したカラマーゾフ家の人々。見苦しい大喧嘩。

3. 二大ヒロイン、カテリーナとグルーシェニカ登場。見苦しい大喧嘩。

 意外にも、誰も殺されないまま、第二部へと続きます。


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『ホッチキス』(細見和之) [読書(小説・詩)]

 あの、紙を綴じるときに使う見慣れた器具、ホッチキス。その交尾、産卵、そして死期を悟った個体が目指すという「ホッチキスの墓場」の在り処について。夏にうるさく鳴いていた蝉が、秋になるとホッチキスに変態するというのは本当だろうか。ホッチキスの秘められた真実を追求する詩集。単行本(書肆山田)出版は2007年7月です。

というわけで、最初から最後まで、ひたすらホッチキスについて書かれた詩がずらりと並ぶ猟奇的な詩集です。

  「遥かな米国コネチカット州のホッチキス社から絶え間なく配信されている、綴じよ、綴じよ、というメッセージ。そしてそれに続く、剥がせ、剥がせ----恐ろしいのは、尻尾のあの禍々しい爪だ(それにはホッチキス社によっても名前すら与えられていない)」(『拷問道具としてのホッチキス』より)

 ホッチキスの雄雌の区別、交尾方法、産卵の様子。ホッチキスの墓場。夜の川辺を光りながら舞い飛ぶホッチキスの群れ。ホッチキスの密輸を防ぐために国境封鎖された国で起きていた悲劇。

  「いましも、件の坂道を尺取虫の姉妹たちが列をなしてしずしずと下ってゆく。登るホッチキスたちと下る尺取虫たちが擦れ違うこの歴史的邂逅の瞬間----」(『ホッチキスの兄弟たち』より)

 高速道路で横転したトラック、積荷のほとんどがホッチキス。おびただしい数のホッチキスが散乱し、その上を後続の車両が通りすぎてゆく。アスファルトに刺さってゆく何万というステープル針。

  「ホッチキスを愛さない女のことなら、誰でもすぐに見分けることができる。左利きで、右の頬に黒子があって、しゃべりだすと絶え間なくしゃべるのだ」(『ホッチキスを愛さない女』より)

 伝説のホッチキス芸人。ホッチキスの雨降る夜。ホッチキスの栽培。

  「原稿をホッチキスで綴じる太宰治----。絵にならない。太宰が悪いのか、ホッチキスが悪いのか」(『太宰治とホッチキス』)

 ホッチキスをめぐる思索とともに、日本全国の紅葉が一枚残らずホッチキスで枝にとめられていることが判明したあの「落葉なき秋」の異変へと、読者は誘われてゆきます。

 こうして紹介してもさっぱり意味不明でしょうが、読めば何か分かるかというと、そんなこともありません。

  「ホッチキスはホッチキスであるかぎり偽物だ」(『増殖するホッチキス』より)

 ホッチキスには何か秘密がある。そこには言葉そのものの秘密が隠されているのかも知れない。そんなことを考えたことがある方にお勧め、というかそんな人がいるとは思えないのでぜんぜんお勧めになってないのですが、とにかくホッチキス愛好家の皆さんは是非お読みください。


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『きつねのホイティ』(著・絵:シビル・ウェッタシンハ、翻訳:松岡享子) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 スリランカの小さな村に住んでいる三人の気立てのよいおかみさん達。あるとき、旅人に化けてやってきたキツネに、そうと知りながら騙されたふりをしてご馳走してあげる。味をしめたキツネは、またべつの家に行って食事にありつこうとするのだが・・・。スリランカの作家による楽しい絵本。単行本(福音館書店)出版は1994年3月です。

 三歳の甥っこに渡すために買ったものの、惜しくなって手元にとっておくことにした絵本シリーズ、その2。その1については、2012年01月10日の日記を参照して下さい。

 きつねが旅人に化けてやってくるが、気のいいおかみさんは騙されたふりをして食事を出してもてなす。何度やってもばれないので、すっかり「俺って賢い」と自惚れるキツネ。調子に乗って自分たちを馬鹿にしているキツネを見たおかみさんは、少し懲らしめてやることに。

 日本昔話にも通じる、民話のような楽しい話です。スリランカの田舎を描いた挿絵が美しく、日常的な家事の光景も心に響きます。そして、スリランカ料理が美味しそうなこと。

 「ほかほかのごはんに、ココナッツミルクでにたやさいのカレー、とうがらしであじつけしたさかなのフライ、はちみつのたっぷりかかったヨーグルト」ですよ。キツネに喰わせるのはもったいない。

 お約束通りキツネは散々な目にあって退散するはめになりますが、それでも人間を恨むでもなく、「それにしてもうまかったなあ、またご馳走になりたいなあ」と素直に思うキツネの姿に、思わず微笑みが浮かんでしまいます。

 読んだ後、スリランカ料理が食べたくなること必至の美味しそうな絵本です。


タグ:絵本
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