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『ホッチキス』(細見和之) [読書(小説・詩)]

 あの、紙を綴じるときに使う見慣れた器具、ホッチキス。その交尾、産卵、そして死期を悟った個体が目指すという「ホッチキスの墓場」の在り処について。夏にうるさく鳴いていた蝉が、秋になるとホッチキスに変態するというのは本当だろうか。ホッチキスの秘められた真実を追求する詩集。単行本(書肆山田)出版は2007年7月です。

というわけで、最初から最後まで、ひたすらホッチキスについて書かれた詩がずらりと並ぶ猟奇的な詩集です。

  「遥かな米国コネチカット州のホッチキス社から絶え間なく配信されている、綴じよ、綴じよ、というメッセージ。そしてそれに続く、剥がせ、剥がせ----恐ろしいのは、尻尾のあの禍々しい爪だ(それにはホッチキス社によっても名前すら与えられていない)」(『拷問道具としてのホッチキス』より)

 ホッチキスの雄雌の区別、交尾方法、産卵の様子。ホッチキスの墓場。夜の川辺を光りながら舞い飛ぶホッチキスの群れ。ホッチキスの密輸を防ぐために国境封鎖された国で起きていた悲劇。

  「いましも、件の坂道を尺取虫の姉妹たちが列をなしてしずしずと下ってゆく。登るホッチキスたちと下る尺取虫たちが擦れ違うこの歴史的邂逅の瞬間----」(『ホッチキスの兄弟たち』より)

 高速道路で横転したトラック、積荷のほとんどがホッチキス。おびただしい数のホッチキスが散乱し、その上を後続の車両が通りすぎてゆく。アスファルトに刺さってゆく何万というステープル針。

  「ホッチキスを愛さない女のことなら、誰でもすぐに見分けることができる。左利きで、右の頬に黒子があって、しゃべりだすと絶え間なくしゃべるのだ」(『ホッチキスを愛さない女』より)

 伝説のホッチキス芸人。ホッチキスの雨降る夜。ホッチキスの栽培。

  「原稿をホッチキスで綴じる太宰治----。絵にならない。太宰が悪いのか、ホッチキスが悪いのか」(『太宰治とホッチキス』)

 ホッチキスをめぐる思索とともに、日本全国の紅葉が一枚残らずホッチキスで枝にとめられていることが判明したあの「落葉なき秋」の異変へと、読者は誘われてゆきます。

 こうして紹介してもさっぱり意味不明でしょうが、読めば何か分かるかというと、そんなこともありません。

  「ホッチキスはホッチキスであるかぎり偽物だ」(『増殖するホッチキス』より)

 ホッチキスには何か秘密がある。そこには言葉そのものの秘密が隠されているのかも知れない。そんなことを考えたことがある方にお勧め、というかそんな人がいるとは思えないのでぜんぜんお勧めになってないのですが、とにかくホッチキス愛好家の皆さんは是非お読みください。


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