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『カラマーゾフの兄弟(3)』(ドストエフスキー、翻訳:亀山郁夫) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 昔の恋人を追って奔走する美女グルーシェニカ、それを追って奔走する長男ドミートリー、それを追って奔走する警察。ついに親父が殺されたのだ。逮捕されたドミートリーは容疑を否認するが、状況は圧倒的に不利だった・・・。数年前にベストセラーとなった亀山郁夫さんの新訳カラマーゾフ、その第3巻。文庫版(光文社)出版は2007年2月です。

 おそらく世界で最も有名な長篇ミステリ。その第3巻です。全体は四部構成(+エピローグ)となっていますが、その第三部に当たります。第一部の感想については、2012年01月13日の日記を、第二部の感想については2012年01月20日の日記を、それぞれ参照して下さい。

 カラマーゾフ家の親父と長男の両方を手玉にとっていたグルーシェニカだが、実は初恋の相手が忘れられずにいる。そこに彼から「妻に死なれたし、貧乏になったので、せっかくだからよりを戻したいんだけど」という手紙をもらった彼女は、「てめえ、ふざけんな!」と思いつつ、結局は何もかも投げ捨てて彼のもとに走る決意を固めるのだった。

 どうしてこの小説に登場する女性は皆そろいもそろってだめんずうぉ~か~ばっかりなのか。

グルーシェニカ:「というわけでお兄さんに伝えておいて。一瞬だけど愛してたわ」
三男アリョーシャ:「姐さん、そういうことは自分で云ってほしいんですけど」
グルーシェニカ:「じゃ~ね~、ばいび~」

 それまで悪女としか思えなかったグルーシェニカが、ここに来て、いじましくて純情な可愛い娘だったと判明、男性読者ノックアウト。黄金の展開。

 一方、みみっちい借金を重ねながら、金策に駆けずり回っていた長男ドミートリー。深夜に血まみれの姿で飛び込んでくると、これまた血で汚れた札束を振り回して狂乱状態。ポケットに自殺用の拳銃を用意した上でグルーシェニカのもとに駆けつけるのであった。

 昔の恋人と再会したグルーシェニカ。あれ、なにこのダサいおっさん。ちょいウザ勘違い野郎じゃん。17歳のときには輝いて見えた男が、大人の目で見ると、あっさり幻滅。よくあることです。うん。

 そこにやってきたドミートリーが、ハイテンションで、飯だ、酒だ、歌え、踊れ、と大騒ぎするのを見て、今度はこちらによろめいてしまう。困ったものですね。

グルーシェニカ:「こいつ何てバカなんだろう。でも男なんてみんなバカなんだから、これくらい情熱的な底抜けのおバカさんの方がマシかも」
読者:「それは明らかに罠ですよ」
ドミートリー:「俺たちに明日はない」
グルーシェニカ:「素敵、私のために何かヤバイことやって大金せしめてきたのね、いいわ、一緒に死んであげる!」
ドミートリー:「ふ~じこちゃ~ん!!」

 第三部は最初から最後まで狂騒的なイキオイで突っ走ります。

 どう考えても幸福になれそうにないタイプの男女が愛のため爆走、酔っぱらって大騒ぎのあげくに、さあいよいよというところで、「警察だ。フョードル・カラマーゾフ殺害の容疑者として逮捕する!」 。

 祝!! 親父撲殺。

 長かった。おそらく時系列的には第二部の後半あたりで既に殺されていたものと思われますが、それがはっきりするまでには、文庫版にして1300ページ以上読み進めなければなりませんでした。ようやく、ようやく、ミステリ小説になってくれました。後は名探偵の登場を待つばかり。

 それまで脇役くさかった長男ドミートリーですが、第三部での悲惨かつ滑稽な奮闘ぶりに、なかなか味のある奴じゃん、などと密かに共感を覚えるようになります。その片意地さ、プライドの高さ、凶器にも似た純真さ、怖いほどの誠実さ、そしてどうしようもない激情性破滅タイプ。女にモテるのもよく分かる。まあ、金を貸すなんて論外、友達にもしたくないとは思いますけど、小説の登場人物としては好印象。

 状況は最悪ですが、読者としては、彼が犯人でないことには確信が持てます。なぜなら、こいつは確かに機会があれば親父を殺すかも知れないけど、そのことで嘘をつくとは思えない。そんな奴ではない。

 では犯人は誰か。われらが主人公、三男アリョーシャも違うでしょう。こいつは先輩に「おい、焼きそばパン買ってこい。缶コーヒーも忘れないようにな。あと親父を殺しとけ」とか云われれば何も考えずに殺るかも知れないけど、自分の意志でそんなことをするとは思えない。

 となると怪しいのは次男イワン。料理人スメルジャコフの小細工に乗って、親父を殺して長男に罪をなすりつけた、というセンでしょうか。動機は充分(金と女)、アリバイは不完全、それに無神論者を気取っているインテリだし、決定的なのは「小賢しい文芸評論家」だということでしょう。わぉ、サイテー。

 しかし、ミステリとして考えると、これでは当たり前過ぎて面白くない。やはり「真犯人は、ゾシマ長老だった」くらいのインパクトは欲しいところ。

 何しろ長老は素晴らしい人格者で、男を殴り殺すような体力はなく、しかも犯行時間には自室で病死。現場は密室。複数の目撃者が、死んで納棺されるまで一部始終を見張っていた。

 ここまで完璧だと、何か思わぬ叙述トリックが仕掛けられているんじゃないか、そういえば長老の臨終については曖昧にしか書かれていなかった、棺桶から異臭がしたというのは何らかのトリックを暗示する伏線では、などと邪推したくなります。

 というわけで、いよいよ法廷ミステリへと展開し、ついに真相が明らかになる(と思う)第四部へと続きます。