SSブログ

『決着! 恐竜絶滅論争』(後藤和久) [読書(サイエンス)]

 6550万年前、白亜紀末に起きた恐竜を含む生物の大量絶滅。その原因は小惑星衝突か、それとも巨大火山爆発か。この長年に渡る論争についに決着がついた。2010年に41名の専門家が共同執筆した論文がサイエンス誌に掲載されたのだ。この決定打となる論文の共同執筆者の一人である著者が、その内容を平易に解説してくれる一冊。単行本(岩波書店)出版は、2011年11月です。

 恐竜絶滅論争というと、古くは「小さいけど素早くて賢い哺乳類が、巨大だが鈍重な恐竜たちの卵を食い荒らして滅ぼした」といった露骨な身内びいきの説から、「被子植物が作る毒素にやられた」、「新星爆発により強い放射線が降り注いだ」、などと次から次へと仮説が提出され、にぎやかなことになっていました。

 やがて思いつきのような仮説は淘汰されてゆき、それなりの証拠に基づいた信じられる説として生き残ったのは、地球に衝突した小惑星による気候変動が原因という説、そしてデカン高原を形成した巨大火山噴火による気候変動が原因という説、この二つです。

 小惑星衝突説が優位にあるものの、巨大火山噴火説にも根強い支持があり、論争は今でも続いている、というのが私の認識でした。それは現状認識として間違っており、既に学術的な論争には決着がついている、そのことを広く一般の人々に知らせたい、というのが著者が本書を執筆した理由だそうです。

 2010年03月05日にサイエンス誌に掲載された論文が、論争に終止符を打ったというのです。

 地質学、堆積学、古生物学、惑星科学、地球化学、地球物理学など各分野における41名にのぼる専門家が、それぞれの学問分野における最新の研究成果を突き合わせ、地球に衝突した小惑星が白亜紀末の大量絶滅を引き起こしたことは疑いようのない結論だと宣言したのです。

 本書は、その論文の共同執筆者の一人である著者が、一般向けに分かりやすく概要を解説してくれる一冊です。

 全体は7つの章に分かれています。

 最初の「1. 論争決着へ----2010年」では論文執筆に至る過程を概説し、「2. 白亜紀末に運命がわかれた生物たち」では大量絶滅の概要と説明されるべき「事実」がリストアップされます。

 続く「3. 小惑星衝突で何が起きたのか」では衝突説の概要が説明され、どのような証拠がこの説を支えているのかを明らかにします。「4. 挑戦を受ける衝突説」では、衝突説に対する主な反論を挙げてその論旨を示します。

 「5. 衝突説と反論を検証する」において、いよいよ両陣営が激突。ここで衝突説に軍配が上がる理由が詳しく解説されます。

 「6. 論争のゆくえ」では、論文掲載後の反応、さらなる反論、といった後日談が語られます。「7. 新たな研究の始まり」では、残された課題と今後の研究テーマが簡単にまとめられます。

 「私たち衝突説支持者は、あらゆる分野の専門家を集め、細分化していた研究をもう一度まとめなおした結果、やはりチチュルブ衝突が大量絶滅の引き金になったという結論にたどり着きました」(単行本p.86)

 「分野を超えたあらゆる証拠が衝突説を支持していることを改めて示したことは、チチュルブ・クレーターの発見に匹敵するほどの決定的証拠を反対派に提示したとも思っています」(単行本p.86)

 専門的な内容も含まれていますが、記述は平易で読みやすく、予備知識のない読者でもすらすら読めます。それぞれの説を紹介している本は多いのですが、どのような論争が行われてきたのか、新たな研究成果がそれをどのように解決していったのか、一連の流れを分かりやすく解説してくれるところが本書の大きな特徴です。

 恐竜絶滅(というか白亜紀末における恐竜を含む生物の大量絶滅)の原因という問題に興味のある方で、2010年の論文を読むのはちょっとしんどいなあ、誰か分かりやすく要約してくれないかなあ、と思う方のための一冊、それが本書です。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

『ホットスポット  ネットワークでつくる放射能汚染地図』(NHK ETV特集取材班) [読書(教養)]

 原発事故の直後に放映され大反響を呼んだNHKのドキュメンタリー、ETV特集『ネットワークでつくる放射能汚染地図』。車で移動しながらの線量計測、何も知らされないまま高度汚染地域に避難していた人々、餓死した三万頭のニワトリ、飼い主を追って走り続ける犬、職場に辞表を出して福島へ向かう研究者、そして多くの科学者の協力によって完成した「大地に刻まれた、放射能の爪あと」。

 原発事故直後に現地で起きていた事態をありのままに見せ、数々の報道賞を受賞した傑作ドキュメンタリー番組の制作過程を明らかにする一冊。単行本(講談社)出版は、2012年03月です。

 「東海村JOC臨界事故のときには行政手続きに一週間かかり、出遅れて失敗したんです。あれから十二年間後悔ばかりでした。今度こそ、後悔したくないんです」(単行本p.10)

 事故発生からわずか4日後。余震が続き、原子炉建屋では爆発と火災が起きていたとき、南下しつつあるプルーム(放射性雲)とすれ違ように福島へ向かってひた走り、原発から2Km(20Kmじゃなくて)地点まで突入したNHK取材班。彼らの驚くべき決意と行動の背景には何があったのか。

 「いま、日本で何が起きているのか、伝えなければいけない。記録しなければいけない。少しずつ現実が皮膚に落ちていき、むくりと強い気持ちが生まれた」(単行本p.173)

 本書は、このシリーズの制作スタッフが書き下ろした「ドキュメンタリーのドキュメンタリー」です。企画のスタート、現地取材の様子、放送までの紆余曲折(上からの圧力で放送できなくなりかけた等)が、当事者の立場から詳細に説明されています。

 職場に辞表を出して取材班と行動を共にする情熱的な若い科学者。「放射能の調査に関しては一人で米軍に対抗できる」(単行本p.11)とまで云われる沈着冷静な老科学者。あの番組の主役(?)二人についても、その人柄や背景について詳しく知ることができ、感慨深いものがあります。

 却下された企画を粘り腰で通してしまうチーフ、30Km圏内の取材自粛という命令に逆らって始末書を書かされるディレクター、避難地域に残っている人々を探し出してインタビューするため汚染地域で張り込みを続ける記者など、取材班のメンバーも骨のある強者揃い。どこかの熱血小説のストーリーかと勘違いするような白熱の展開です。

 行政から見捨てられホットスポットで避難生活を送っていた被災者グループの脱出に至る過程、仔馬が生まれるまではと現地に踏みとどまっていた牧場主、車で立ち去る飼い主を懸命に追いかける犬、宙に爪をたてるようにして餓死した三万頭のニワトリ。ドキュメンタリーでも放映された取材が、さらに詳しく書かれています。

 悲惨な内容にも関わらず、不思議なことに、読後それほど暗い気持ちにはなりません。それはたぶん、ここに登場する人々が、本気で仕事をしている、きちんと責任を果たしている、ということが伝わってくるからでしょう。帯に書かれている推薦の言葉はこうです。

 「日本のジャーナリズムは死んでいなかった」(佐野眞一)

 というわけで、番組を観た方はもちろん、そうでない方にも、熱烈にお勧めしたい迫真のドキュメンタリー本です。番組を観てない方が読んでも問題ありません。

 なお、放送後の再取材による「その後」が書かれているのもポイントで、あそこで生まれた仔馬は、車に向かって懸命に走っていたあの犬は、そしてあの若い研究者は、今どこでどうしているのか。知りたい方は是非本書をお読み下さい。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

『原色の想像力2  創元SF短編賞アンソロジー』(編集:大森望、日下三蔵、堀晃) [読書(SF)]

 第二回創元SF短篇賞最終候補作から厳選した七篇に加え、受賞作家の書き下ろし受賞後第一作を収録した、基本的に新人ばかりによるSF短篇アンソロジー。文庫版(東京創元社)出版は2012年03月です。

 『原色の想像力』から一年あまり、いよいよ第二巻の登場です。今回のゲスト選考委員は堀晃さん。

 既に『結晶銀河  年刊日本SF傑作選』に収録されている第二回創元SF短編賞受賞作『皆勤の徒』(西島伝法)は、何というか、とにかくインパクトが強く、大きな話題となりました。本書は、その西島伝法さんの受賞後第一作を含む創元SF短篇賞アンソロジーです。

 まず最初の『繭の見る夢』(空木春宵)は、王朝文学を現代に蘇らせた(文字通り)作品で、佳作に選ばれました。堤中納言物語より『虫愛づる姫君』を題材に、三角関係の愛憎を丁寧に描く前半、ぶっとび言語SFへと跳躍する後半、それぞれ読みごたえがあります。後半の強引な展開にはちょっと鼻白んでしまいましたが、作者の青臭い気合がひしひしと伝わってくる感じは悪くないと思います。

 『ニートな彼とキュートな彼女』(わかつきひかる)は、就活に苦戦している男性と、婚活に及び腰の女性、二人の出会いを描くボーイ・ミーツ・ガールもの。どちらも政府が提供するホームサーバ(執事、メイドとして、色々と家事の面倒をみてくれるエージェントソフト)と共に暮らしているというのがミソで、なるほど、と思わせるオチがついています。一昔前のショートショートにありそうな話。タイトルの語感がいいですね。

 『What We Want』(オキシタケヒコ)は、「関西弁スペースオペラ」という、田中啓文風というか、世界的に見ても割と狭いサブジャンルの作品。こってこての関西弁でしゃべりまくる大阪商人(外見は美少女)と、レティクル座ゼータ星人の相棒が、宇宙を股にかけて漫才する話。(商売もしますが、あまり描写されてません)

 ノリノリ爆笑ユーモア短編ながら、徹底した市場原理でぎちぎちに縛られている恒星間文明、妙にリアルに設定された宇宙関税システムなど、盛り込まれたアイデアの数々には唸らされます。とにかく掛け合いが楽しい。好み。

 『プラナリアン』(亘星恵風)は、プラナリアに匹敵する再生能力を持った一族の末裔、という伝奇SF。プラナリアを使って色々と実験してみる少年を描いた前半が好き。後半の展開(難病治療のため万能再生細胞を脊髄に注入したら全身の細胞が入れ代わってゆき・・・)はかなり強引で、さほど新味も感じられませんでした。

 『花と少年』(片瀬二郎)は、頭の上に花を咲かせた少年が怪獣と戦う話。大森望賞に選ばれました。頭に花が咲いているため子供の頃からイジメにあっていた少年の前に謎の“長官”が現れて「それは怪獣と戦うために選ばれし者の印」とか言い出す。ちなみに徹底的にシリアス路線です。

 読者としてはつい「頭の上に花を咲かせた若者が、五人揃ってフラワー戦隊サクンジャー」みたいな展開を期待してしまうのですが、私だけですか、そういうありがちな「運命に導かれし戦士たち」という陳腐な物語にあっさり後足で砂をかけてしまうところが心地よい。

 文章も巧いし、母親など脇役も印象的で、定番をさらりとかわしながらむしろ熱血度の高い展開に持ってゆくところが素敵。個人的には、本書収録作中『What We Want』と並んで好きな作品です。

 『Kudanの瞳』(志保龍彦)は、遺伝子操作により人為的に「くだん」を生み出して予言をさせようという研究プロジェクトの話。日下三蔵賞に選ばれました。語り手となる研究員が異形の「くだん」の娘に惚れたことから次第に気が変になってゆき、やがて甘美な破滅を遂げる。古めかしい怪異幻想譚を狙っていますが、どうも空回り気味に感じられます。

 『ものみな憩える』(忍澤勉)は、五十歳を過ぎた語り手が、かつて祖母が住んでいた街に三十年ぶりに立ち寄ってみる話。堀晃賞に選ばれました。丹念な描写を重ねることにより、記憶が蘇ってくる感覚とタイムスリップをごく自然につなげるところが巧み。

 単なる懐古小説に留まらず、あくまで視線は未来を向いているところがSFですが、それを抜きにしても小説としてよく書けており、私のように五十歳前後になってしまった元「夢みがちなSF小僧」を泣かせます。

 『洞の街』(酉島伝法)は、受賞作『皆勤の徒』の作者による受賞第一作。相変わらずぐちゃぐちゃぬとぬとした有機体たちが、言葉遊びで構築された奇怪でグロテスクな世界を舞台に、学園青春ドラマを繰り広げます。

 受賞作と同じテイストの作品で、その輝けるオリジナリティと異様な筆力には感心させられますが、個人的には好きではありません。一番面白いと思ったのは「著者のことば」。

 巻末には最終選考座談会の様子が掲載されています。

  日下 「ぼくはSFとは思わない」
  大森 「完全にSFです」
  堀  「SFじゃないとまでは言えない、かなあ」

といった大人げな・・・白熱の「SFか否か論争」が繰り広げられたり、大森さんが自分が気に入った作品を推すときに、「泣けるだろ!」、「正体不明の異次元からの敵と戦うんだよ?」、「商人だから大阪弁、というのは基本でしょう」、「「皆勤」だって宇宙に行ってるよ!」などと息巻いて叫んでいたり、色々と楽しめます。

[収録作]

『繭の見る夢』(空木春宵)
『ニートな彼とキュートな彼女』(わかつきひかる)
『What We Want』(オキシタケヒコ)
『プラナリアン』(亘星恵風)
『花と少年』(片瀬二郎)
『Kudanの瞳』(志保龍彦)
『ものみな憩える』(忍澤勉)
『洞の街』(酉島伝法)


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

『100の思考実験  あなたはどこまで考えられるか』(ジュリアン・バジーニ) [読書(教養)]

 構成要素が全て入れ替わっても全体の同一性は保たれるのか(テセウスの船)、抜き打ちテストを予告することは可能か(抜き打ちテストのパラドクス)、多数の命を救うために少数を犠牲にすることは正しい行為か(トロッコ問題)。

 哲学・倫理・政治における論点明確化のために使われてきた有名な「思考実験」の数々を分かりやすく紹介する本。単行本(紀伊國屋書店)出版は、2012年03月です。

 思考実験とは、主に哲学や政治上の論点を明確にするために、あえて設定した特殊な状況について考えてみるという手法です。その状況は、非現実的だったり、実現が極めて困難だったりしても構いません。だから「思考」実験なのです。

 例えば、本書の原題(直訳すると「食べられたがっている豚」)が示す思考実験とはこんなものです。動物の命を奪うべきではないから、という理由で肉を食べない、いわゆる道徳的ベジタリアンは、遺伝子に手を加えることで「屠殺され食べられることに無情の喜びを覚える」ように作られた家畜なら食べるべきか?

 そんな遺伝子改造は技術的に不可能、というのは置いといて、思考実験ではこういう想定は許されるのです。さらに「食べられず生き延びることに激しい苦痛を覚える」とまで設定してもOK。

 この問題に回答できたなら、次の設問についても考えてみて下さい。

 「ある国の独裁者が、遺伝子操作により「自由を奪われ抑圧されることに無情の喜びと幸福を感じる人間」を大量に作り出すことで、国民から“民主的な”支持を受けて圧政を敷いている。この独裁者を倒して国民を“解放”して不幸にするのは正しいことか」

 本書には、こんな感じの思考実験がタイトル通り100問も収録されています。設問は1ページ強、それぞれに2ページ強の解説が付いています。解説は、論点を明確にするための補足説明で、回答を示すものではありません。

 銀行ATMのエラーで請求より多額の現金が引き出せたとき、わざわざ申告すべきか。多くの市民の命がかかっている状況では拷問は許されるだろうか。環境問題への対策によって経済格差が広がるとしたら、それは正しい政策といえるか。もしもコンピュータが「心がある」「知能がある」としか思えない言動をとるとしたら、その内部アルゴリズムとは無関係に「心や知能がある」といえるのか。

 道徳、信仰、合理性、確率、科学、正義、公平、自由意志、記憶、芸術、言語、知能、人権、責任、人格の継続性、存在論と認識論、主観的体験(クオリア)、思考と行動の関係、といったテーマが繰り返し追求されています。それだけこれらの分野では私たちにとって切実かつ困難な問いかけが多いということでしょう。

 扱っている哲学上の問題は難しいものも多いのですが、文章は平易で、特に予備知識がない方でも「何が問題となるのか」を理解することが出来ます。有名な設問ばかりなので、哲学に興味がある読者なら、大半は既にご存じの話題ばかりでしょう。解説も突っ込みが浅くて、物足りないかも知れません。よく知られた思考実験を広く集めたカタログ本、として読んだ方がいいかも知れません。

 なお、本書で思考実験というものの面白さに目覚めた方には、三浦俊彦さんの「論理パラドクス」四部作をお勧めします。どう考えても矛盾が生じてしまうという興味深い思考実験が多数収録されており、本書に比べれば考察もかなり深く、知的興奮を覚える名作です。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

『プラスマイナス 133号』 [その他]

 『プラスマイナス』は、詩、短歌、小説、旅行記、身辺雑記など様々な文章を掲載する文芸同人誌です。配偶者が編集メンバーの一人ということで、宣伝を兼ねて最新号をご紹介いたします。


[プラスマイナス133号 目次]

巻頭詩 『ぐうたらしている』(琴似景)、イラスト(D.Zon)
短歌 『二すじの川、三日目の春』(島野律子)
随筆 『一坪菜園生活 二十一』(山崎純)
随筆 『オヤジの結託』(島野律子)
詩 『祝祭』(多亜若)
詩 『往来便り』(深雪)
詩 『空を渡る』(島野律子)
詩 『街角』(深雪)
随筆 『脇道の裏の話 うちの日常』(D.Zon)
随筆 『香港映画は面白いぞ 133』(やましたみか)
イラストエッセイ 『脇道の話 72』(D.Zon)
編集後記
「あのときあのひと」 その6 D.Zon


 盛りだくさんで定価300円の『プラスマイナス』、講読などのお問い合わせは以下のページにどうぞ。

目黒川には鯰が
http://shimanoritsuko.blog.so-net.ne.jp/


タグ:同人誌
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: