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『ホットスポット  ネットワークでつくる放射能汚染地図』(NHK ETV特集取材班) [読書(教養)]

 原発事故の直後に放映され大反響を呼んだNHKのドキュメンタリー、ETV特集『ネットワークでつくる放射能汚染地図』。車で移動しながらの線量計測、何も知らされないまま高度汚染地域に避難していた人々、餓死した三万頭のニワトリ、飼い主を追って走り続ける犬、職場に辞表を出して福島へ向かう研究者、そして多くの科学者の協力によって完成した「大地に刻まれた、放射能の爪あと」。

 原発事故直後に現地で起きていた事態をありのままに見せ、数々の報道賞を受賞した傑作ドキュメンタリー番組の制作過程を明らかにする一冊。単行本(講談社)出版は、2012年03月です。

 「東海村JOC臨界事故のときには行政手続きに一週間かかり、出遅れて失敗したんです。あれから十二年間後悔ばかりでした。今度こそ、後悔したくないんです」(単行本p.10)

 事故発生からわずか4日後。余震が続き、原子炉建屋では爆発と火災が起きていたとき、南下しつつあるプルーム(放射性雲)とすれ違ように福島へ向かってひた走り、原発から2Km(20Kmじゃなくて)地点まで突入したNHK取材班。彼らの驚くべき決意と行動の背景には何があったのか。

 「いま、日本で何が起きているのか、伝えなければいけない。記録しなければいけない。少しずつ現実が皮膚に落ちていき、むくりと強い気持ちが生まれた」(単行本p.173)

 本書は、このシリーズの制作スタッフが書き下ろした「ドキュメンタリーのドキュメンタリー」です。企画のスタート、現地取材の様子、放送までの紆余曲折(上からの圧力で放送できなくなりかけた等)が、当事者の立場から詳細に説明されています。

 職場に辞表を出して取材班と行動を共にする情熱的な若い科学者。「放射能の調査に関しては一人で米軍に対抗できる」(単行本p.11)とまで云われる沈着冷静な老科学者。あの番組の主役(?)二人についても、その人柄や背景について詳しく知ることができ、感慨深いものがあります。

 却下された企画を粘り腰で通してしまうチーフ、30Km圏内の取材自粛という命令に逆らって始末書を書かされるディレクター、避難地域に残っている人々を探し出してインタビューするため汚染地域で張り込みを続ける記者など、取材班のメンバーも骨のある強者揃い。どこかの熱血小説のストーリーかと勘違いするような白熱の展開です。

 行政から見捨てられホットスポットで避難生活を送っていた被災者グループの脱出に至る過程、仔馬が生まれるまではと現地に踏みとどまっていた牧場主、車で立ち去る飼い主を懸命に追いかける犬、宙に爪をたてるようにして餓死した三万頭のニワトリ。ドキュメンタリーでも放映された取材が、さらに詳しく書かれています。

 悲惨な内容にも関わらず、不思議なことに、読後それほど暗い気持ちにはなりません。それはたぶん、ここに登場する人々が、本気で仕事をしている、きちんと責任を果たしている、ということが伝わってくるからでしょう。帯に書かれている推薦の言葉はこうです。

 「日本のジャーナリズムは死んでいなかった」(佐野眞一)

 というわけで、番組を観た方はもちろん、そうでない方にも、熱烈にお勧めしたい迫真のドキュメンタリー本です。番組を観てない方が読んでも問題ありません。

 なお、放送後の再取材による「その後」が書かれているのもポイントで、あそこで生まれた仔馬は、車に向かって懸命に走っていたあの犬は、そしてあの若い研究者は、今どこでどうしているのか。知りたい方は是非本書をお読み下さい。


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