SSブログ

『オカルト  現れるモノ、隠れるモノ、見たいモノ』(森達也) [読書(オカルト)]

 追求すればするほど「わからなく」なってゆくオカルト現象の、その「わからなさ」に迫ったルポルタージュ。オウム真理教信者達の日常を追ったドキュメンタリー映画『A』が大きな話題となり、さらには『A3』で第33回講談社ノンフィクション賞を受賞した著者による受賞後第1作。単行本(角川書店)出版は、2012年04月です。

 直視されることを嫌う。でもまとわりつく。見つめようとすると視界から逃げる。探索をあきらめかければ視界の端に現れる。

 「ある/ない」「本物/捏造」といったレベルで語られることの多い不可解な現象の数々に、講談社ノンフィクション賞受賞作家が切り込んでゆく。先入観を排し、ひたすらオカルト界隈にいる人々の話を聞いて回る著者。

 超能力者に取材し、恐山のイタコに会う。オカルト探索サイトX.51の管理人と対話したかと思えば、『新耳袋』の著者と一緒に心霊スポットを尋ね、『週刊金曜日』の編集長と墓場を探索。

 超心理学の研究者と共にダウジング実験に参加し、TVのオカルト番組プロデューサーと話し、霊視を受け、永田町の陰陽師にインタビュー。UFOを呼ぶ儀式に立ち会い、メンタリストに翻弄され、臨死体験者が作った「太古の水」を飲む。

 次から次へと“その世界”では有名な人物が登場し、境界へ、さらに異界へと、著者を導いてゆきます。それなのに、どこまで踏み込んでも、取材の過程で驚くような体験をしても、やっぱり「わからない」オカルト現象。その「わからなさ」「割り切れなさ」から逃げられない著者。

 いわゆるオカルト現象に対する著者の立ち位置は、肯定派でもなく、否定派でもなく、かといって懐疑派でもありません。あえて云うなら、困惑派ということになるでしょうか。ひたすら困惑し、迷い続けるのです。

 「基本的には否定する。怪異だの心霊だのと呼ばれる現象のほとんどは、勘違いかトリックの類だと思っている。ただし「基本的には」だ。すべてではない。勘違いやトリックだけでは説明しきれないことが時おりある。時おり起こる。多くの超能力者たちにかつて取材をして、その後も彼らとずっと付き合いのある自分の実感だ」(単行本p.159)

 「どうしても核心に近づけない。「ある」という断定もできないし、「ない」と切り捨てることもできない。重なり合う同心円の周囲を回るばかりだ」(単行本p.87)

 「ありえないと一刀両断はできない。でもそのまま援用するには無理がある。あきらめようと思えば視界の端にちらりと何かが動く。凝視しようとすると二度と見えなくなる。この繰り返しを、僕はずっと続けている」(単行本p.269)

 「もちろんできることなら、肯定であれ否定であれ、断定したい。曖昧さを維持することは、実のところけっこうつらい。楽になりたいと時おりは本気で思う。でも断定できない。どうしても片端に行けない。専門家になれない」(単行本p.46)

 肯定するには根拠がなさ過ぎ、否定するには体験し過ぎている。だからいつまでも断定できず、ひたすら迷い続ける。著者はそんな曖昧な苦しさから逃れようとするかのように取材を繰り返し、さらに混迷を深めてゆきます。

 取材を進めるうちに次第に境界に近づいてゆく感覚が生々しいのも本書の魅力でしょう。客観的に取材しよう、対象から距離を置こうとしながらも、気がつけば“巻き込まれていた”という実感がこもっています。

 「ただし、「よりによってそのときに」や「たまたまカメラが別の方向を」式の話法が、このジャンルにとても多いことは確かだ」(単行本p.48)

 「この領域には、なぜかそんなことがとても多い。後から考えれば、なぜあのときに異常に思わなかったのだろうとか、なぜ確認しなかったのだろうとか不思議になるけれど、そのときはなぜか、普通であるかのように感じてしまう」(単行本p.191)

 「まったく納得できない。でも確かに現実だ。二人は僕の意識を操作した。テレパシーとか透視でないのなら、残された可能性はそれしかない。(中略)それほどに細かな操作ができるのなら、人の自由意志など存在しないに等しくなる」(単行本p.333-335)

 日常がするりと滑って異質なロジックに支配されている領域に踏み込んでしまう感覚。オカルト現象の有無は別にして、それを視てしまった、体験してしまった者が感じるという、あの気分。それが濃厚に立ち込めていて、読んでいて何とも云えない異様な興奮を覚えます。

 全体的にはシリアスですが、あまり深刻になり過ぎないようにとの配慮からか、随所にユーモラスな文章が散りばめてあり、楽しく読むことが出来ます。単純にオカルト業界インタビュー集としても興味深く、またある種の伝奇ミステリ、あるいは異色冒険譚として楽しむことも出来ます。

 肯定/否定の二元論争に飽き足りず、オカルト現象のまわりに漂っている、あの“気配”あるいは“気分”に不可解なほど魅了されてしまう、という方には特にお勧め。骨太のオカルト本です。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: