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『架空の球を追う』(森絵都) [読書(小説・詩)]

 女だけの同窓会で白熱する議論、仲違いしかけたのにUFO一発で修復される姉妹の絆。ハチの巣を退治しておくよう言い残して出かけた上司。なにげない日常的な光景から一瞬のドラマが生まれる様を鮮やかに切り取った短篇集。単行本(文藝春秋)出版は2009年01月、私が読んだ文庫版は2011年08月に出版されています。

 直木賞受賞作『風に舞いあがるビニールシート』に続く短篇集です。11篇が収録されており、どれも短い作品ばかり。野球練習、同窓会、写真撮影、買物、旅行、タクシー乗車、といったごくありふれた日常的な光景を扱ったものが多く、そこにふと小さなドラマが生ずる様を丁寧に描いています。

 30代になった女性だけが集まる同窓会で、銀座と新宿がどちらがいいか、というどうでもいい議論がやたら白熱しまくる。(『銀座か、あるいは新宿か』)

 事務所の裏に出来たハチの巣を退治しておくよう言い残して出かけてしまった上司。誰もハチの巣に挑む勇気がない。やがてハチの巣は語り手の中で「どう頑張っても無くすことの出来ない人生のつまずき」の象徴のように感じられ、絶望感まで漂わせてくる。いやそんな大層な問題じゃないのに。(『ハチの巣退治』)

 少しだけ贅沢しようかしらと思ってちょっとお高いスーパーに出かけた主人公がなりきりセレブ幻想に陥って勢いに任せて高級品(といってもパパイヤとか牛肉とか)を買いまくり、あわやというところで、駄菓子のおかげで正気を取り戻す。(『パパイヤと五家宝』)

 ドバイに旅行に出かけた二人。語り手の女性は、せっかく見つけた金持ちの御曹司を何としても捕まえるべくずっと猫をかぶっていたが、苛烈な日差しや街そのものの虚構感が、薄っぺらい嘘をひっぺがしてゆく。ついにキレた彼女は、彼のハゲを指さして「てめえはカッパか」と言い放ってしまう。(『ドバイ@建設中』)

 幼い頃は仲がよかった姉妹。しかし今や心の距離が広がり、亀裂が入りつつある。何とか関係修復しようと試みるものの、ついに破綻。だがその瞬間、「UFOが出た!」という子供の声。いきなりUFOマニアの血がたぎり、瞬時に結束を固める二人。(『二人姉妹』)

 主人公の多くは30代くらいの女性で、恋愛も仕事も一段落というか、何だか人生にちょっと疲れてきたというそんな年頃。そんな彼女らが、ささいなことで心ざわめいたりじたばたしたりする様を、ユーモラスに書いた作品がメインとなっています。

 本人にとっては深刻だが、読者から見るとどこか滑稽な状況の下で、大真面目に頑張っている主人公。そもそも個人的にこういうタイプの作品には弱いのです。どの短篇も気に入りました。

[収録作]

『架空の球を追う』
『銀座か、あるいは新宿か』
『チェリーブロッサム』
『ハチの巣退治』
『パパイヤと五家宝』
『夏の森』
『ドバイ@建設中』
『あの角を過ぎたところに』
『二人姉妹』
『太陽のうた』
『彼らが失ったものと失わなかったもの』


タグ:森絵都
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