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『ジェノサイド』(高野和明) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 有機合成化学を専攻する大学院生が、亡き父親から受け継いだ不可解な研究テーマを追ううちに国際謀略に巻き込まれてゆく。一方、中央アフリカに派遣された傭兵たちは、密林の奥地で驚くべきものと遭遇。両者をつなぐ糸の先には、人類の未来を左右する大きな秘密が隠されていた・・・。

 ミステリとして「このミス」第一位を獲得、さらに日本推理作家協会賞を受賞、冒険小説として山田風太郎賞を受賞、そして本格SFとして『SFが読みたい!』ベストSF2011国内篇6位に選ばれた、ジャンル横断型の軍事サスペンス国際謀略小説。単行本(角川書店)出版は、2011年03月です。

 ミステリー、冒険小説、SF、軍事サスペンスなど様々なジャンルの魅力を集大成した観があります。とにかく面白い。物語を構成する要素に新味はありませんが、定番的な設定やプロットを巧みに使いこなし、途中で読むのを止められない堂々たるエンターティメントを作り上げた手腕は驚嘆もの。ベストセラーになるのも無理はありません。

 実際、後半に入ったあたりで強烈に引き込まれ、他のことをほったらかして夢中になって読みふけってしまいました。ひさしぶりに「日常生活に支障をきたすほど面白い小説」を読んだ気がします。

 主なストーリーラインは二つ。まず、日本の大学院生が国際謀略に巻き込まれながら命がけで難病治療薬の開発に取り組むはめになる話。そして、傭兵たちが中央アフリカの密林に派遣され、そこで発生した新型疫病のアウトブレイクを阻止せよという奇怪なミッションを与えられる話。この二つの話がどう関係してくるのか、というのが前半の「引き」です。

 おそらく多くの読者は、『アンドロメダ病原体』(マイクル・クライトン)や『復活の日』(小松左京)のような話に展開するか、さもなければ寄生型エイリアンによる侵略、あるいはゾンビものか、などと想像するでしょう。メインアイデアが明かされたところで、あっ、そっちだったか、いやまあSFでは珍しくない、というかむしろありふれたネタだけど、こういう使い方をしてくるのか、と感心することに。

 後半になると、米国権力中枢や現地ゲリラ兵といった形で「ヒトという種が持つ最悪の側面」が主人公たちを追い詰めてゆきます。絶体絶命のピンチを綱渡りのようにして切り抜けてゆくものの、一難去ってまた一難、次から次へと絶望的な状況に追いやられる。

 そのあまりの過酷さに、読者も主人公たちに強く感情移入して、何とか助かってほしい、生き延びてほしい、と願うようになります。こうなると読むのを中断するのは困難。どきどきはらはらしながら、最後までページをめくる手が止まりません。

 実のところプロットもアイデアも人物造形もごくありふれたもので、独創性は皆無といってよいのですが、なにしろ組み立てがべらぼうに巧い。冒険小説、軍事サスペンス、国際謀略小説あたりを中心軸に、理系研究者の心情もうまく書かれているのでお仕事小説的な魅力もあり、仕掛けられた様々な謎と意外性がミステリ読者を満足させ、さらに「人類には地球の支配種たる資格があるか」といった小松左京的テーマがSFファンの気を惹きます。

 小松左京といえば、個人的に、氏のある長篇(『復活の日』ではなく)を連想しました。もしかしたら作者も意識しているかも知れません。

 余談ですが、ツングースカ爆発の現場では生物異常が発見され、黒塗りの車からはダークスーツ着用でサングラスをかけた黒服の男たちが降り立ち、ウィンドウズOSにはもともと国防総省によるバックドアが仕掛けられており、魔の三角海域で航空機が消えるとき海面が白く光るという、その手の定番ネタも満載。そういうのが好きな方にも向いています。これじゃあそのうちブラックヘリコプターとか飛ぶかもなあ、などと思っていたら何と・・・。

 というわけで、ベストセラーを狙って書かれ、狙い通りに売れた、という感じの、どのジャンル読者をも満足させるスケールの大きなエンターティメント大作。軍事サスペンスや謀略小説は苦手という方を除き、どなたにも安心してお勧めできます。


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