SSブログ

『空耳の科学  だまされる耳、聞き分ける脳』(柏野牧夫) [読書(サイエンス)]

 耳に入ってくる音の物理的な特性と、意識にのぼる聞こえ方、つまり知覚とは乖離している。ある意味、私たちが聞いている音の世界は、すべて空耳だと言えるかも知れない・・・。研究者が聴覚の不思議について講義した内容を収録したサイエンス本。単行本(ヤマハミュージックメディア)出版は、2012年02月です。

 本書でいう空耳とは、「“バケツリレー、水持ってこい!”ってメタリカが歌ってるよー」といったあのタモリ倶楽部なものだけでなく、音の物理特性と知覚される音の間に乖離が生ずるような現象すべてを指します。

 なぜ空耳は生ずるのか、そのメカニズムはどうなっているのか、そしてそれは私たちにとってどんなメリットがあるのか。聴覚研究者である著者が、震災直後の春休みに横浜サイエンスフロンティア高校の生徒に二日に渡って講義した内容をまとめたものが本書です。

 普段、私たちが意識しない聴覚の不思議さを示す興味深い実験が次々と登場します。

 話し言葉に繰り返し短時間ノイズを乗せてもちゃんと聞き取れる。つまり私たちの脳はノイズを自動的に除去して隙間を補完して聞く能力を持っている。ところが、そのノイズの部分を無音にするだけで、補完に失敗して、言葉が聞き取れなくなる。

 聴覚と視覚の情報が矛盾する場合、私たちの脳はかなり高度な判断を自動的に行い、どちらかを優先させて矛盾のない認識を作り上げる。例えば図形の点滅は1回だけなのに、同時に音が2回鳴ると、2回点滅したように見える。

 短時間のノイズで音が消えていても、私たちの脳はそこを補って、なめらかな連続音であるかのように「編集」して聞いている。矛盾が生じそうになると、辻褄を合わせるために、何とすでに聞こえた内容を過去に遡って「修正」した上で知覚している。

 「このように、みなさん、なんとなく辻褄が合っているように感じて過ごしていると思いますが、実は、かなりの世界が脳内でつくり出されているということがわかったかと思います。脳の中では、200~300ミリ秒くらいの時間というのは、かなり複雑に行きつ戻りつしているってことなんですね」(単行本p.174)

 「知覚しているものは物理的な音とはちがうということです。周波数が高いからといって、必ずしも高く聞こえるわけではないし、音が鳴っている方向も変化するし、時間も辻褄を合わせて聞いている。しかしそれは、よりよく世界を理解するための人間の癖のようなものだと思うのです」(単行本p.185-186)

 他にも、モバイルイヤー実験(耳介模型の中にマイクを仕込んで、マジックテープで身体のあちこちに装着して、左右の耳を逆にして聞いてみたり、下半身に耳があるとどう聞こえるか試したり)、音楽に感動しているときの脳の活動を調べた研究、ボーカロイド(初音ミクなど)の歌が不自然に聞こえないようにしている技術、など面白い話題がてんこ盛り。

 やや専門的な内容も含まれていますが、高校生向けの講義なので、ごく初歩的な数学(対数や三角関数)だけを使って説明してくれます。それにしても、この聴講生たち、反応が実に鋭く、また質問も深い。講義の勘どころを的確に理解していることがよく分かり、読んでいるこちらも清々しい気分になります。

 「みなさん、本当にすばらしい生徒さんでした。私はよく大学などでも講義するのですが、レベル的にはむしろみなさんのほうが上だな、という気がしました」(単行本p.308)

 というわけで、聴覚に関する不思議な現象に興味がある方、私たちが知覚している世界がどれほど脳によって「編集」されたものかを知りたい方、利発で好奇心の強い理系高校生の授業風景に接してみたい方など、色々な方にお勧めできるポピュラーサイエンス本です。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: