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『この世でいちばんすばらしい馬』(作・絵:チェン・ジャンホン、翻訳:平岡敦) [読書(小説・詩)]

 「おまえの描く馬は、本物よりすばらしい、ときいた。生きて絵から飛びだす、というではないか。わしのために、この世でいちばん気性がはげしく、ゆうかんで、力の強い馬を一頭、描いてはくれないか?」

 8世紀の中国に実在した画家をモデルに、その伝説を水墨画風の格調高い絵で表現した絵本。単行本(徳間書店)出版は、2008年12月です。

 馬の絵で有名な画家、ハン・ガン。彼のもとに一人の武将がやってきて、自分のために素晴らしい馬を描いてくれと頼む。精根込めて描かれた馬は絵から飛び出し、武将を乗せて戦場を駆けめぐる。だが、やがて馬は戦いがすっかり嫌になり、悲しみのあまり涙を流すのだった・・・。

 『ウェン王子とトラ』と同じく、力強い筆で躍動感あふれる動物や軍勢を描いた古典絵巻物のような雰囲気の絵本です。チェン・ジャンホンはこの絵本でドイツ児童図書賞を受賞しています。

 『ウェン王子とトラ』では獰猛なトラが主人公となりますが、本作では精悍な馬が主人公です。よほど動物画が好きらしく、トラも馬も筋肉質で内側から弾けんばかりのパワーに満ちた造形。ですが、トラも馬も、結局は虚しさを感じて戦いを放棄することで、ようやく心安らかな境地に至る、という物語になっています。

 抑えた色調で描かれた絵は、どれも恐ろしくもあり美しくもあるのですが、個人的には涙を流す馬を真正面から描いた見開きが印象に残りました。


タグ:絵本
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『ウェン王子とトラ』(作・絵:チェン・ジャンホン、翻訳:平岡敦) [読書(小説・詩)]

 「トラは、大きく見ひらいたウェンの目に気づきました。子どものトラにそっくりの目です。そのとたん、トラの心に、おかあさんのやさしさがよみがえってきました」

 美しい中華風の絵で、獰猛なトラと幼い王子の物語を描いた絵本。単行本(徳間書店)出版は、2007年06月です。

 子供を殺されたせいで人間を憎むようになった獰猛なトラが、頻繁に村を襲うようになります。困った国王が占い師に対策を尋ねたところ、幼いウォン王子をトラに差し出すようにとのお告げがあったのです・・・。

 幼い王子とトラの交流の物語を扱った、中国出身の画家が描いた絵本。落ちついた渋い色彩、古典絵巻物のような雰囲気、その中に躍動感あふれる動物や軍勢の姿が力強い筆で描かれています。

 個人的に気に入った絵は、トラが王子を隠れ家につれてゆくシーンです。見開きで森の奥深くにある湖が描かれているのですが、そのおさえた色調や、暗がりに沈み込むような気配が素晴らしい。「あまりの美しさに、ウェンは息をのみました」とあるのですが、子供が読むとむしろ怖がるのではないでしょうか。

 全ての漢字にルビが振ってあるので、小学生でも容易に読めるでしょう。擬人化されてない野生動物のトラ、殺気だつ軍勢など、筆で描かれた迫力ある絵を、プレゼントされた甥っ子が気に入ってくれるといいなあ。


タグ:絵本
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『輝夜姫 KAGUYAHIME』(イリ・キリアン) [ダンス]

 世界的なコレオグラファであるイリ・キリアンが振り付け、ネザーランド・ダンス・シアターのメンバーが踊った舞台映像です。1994年の収録で、石井眞木さんが自作『輝夜姫』全曲を指揮しており、その意味でも貴重な映像です。

 タイトルから分かる通り『竹取物語』を元にした、全二幕のバレエ作品です。音楽、舞台演出、振付、すべてが高いレベルでかみあって驚くべき効果を上げており、繰り返し鑑賞しても飽きません。

 まず音楽が素晴らしい。和太鼓、ティンパニ、様々なドラムを駆使したパーカッションが刻んでくる強烈なリズム、これは全身が痺れる。それと対比させるように、笙、ひちりき、横笛などにより奏でられる幽玄な雅楽パートは宇宙的な広がりを感じさせて、気が遠く。

 キリアンが創り出した舞台装置は、シンプルながらぞっとするような深淵を感じさせます。闇の中に、スポットライトを当てられた巨大な太鼓の面が浮かび上がり、これが「月」を象徴します。天井からつり下げられた多数のワイヤが光を反射してきらめき、神秘的な空間を構成してゆきます。

 上空には様々なライトが並び、これが左右に移動する様は、まるでUFOの編隊飛行。舞台奥にあり闇に沈む数台の自動車(ほのかに輝く)も、何だかSF的なイメージをかき立てます。というか、もしかしたら、欧州の観客にとっては、自動車は「日本」を感じさせる彩りなのかも知れません。

 第一幕は、「輝夜姫の降臨」から始まって、「求婚者」、「宴」、「諍い」と進み、第二幕は「戦」から始まって、「帝」、「軍勢」と進んで、最後は「輝夜姫の昇天」で終わるという構成。マイムなど説明的な場面はなくすべてがダンスで表現されますが、お馴染みの物語なので問題はありません。

 ダンスはもう素晴らしいの一言。次から次へと繰り出されてくる斬新な動き。輝夜姫のソロ(特に月への帰還シーケンス)は、「あ、これ確かに人間じゃない、異星生命体だな」と納得させられる異界感がみなぎっています。激しいパーカッションのリズムに乗って繰り広げられるバトルは激烈にカッコよく、腹の底から興奮が突き上げてくるし。

 何しろ使い回しや繰り返しがほとんどなく、よくこれだけ斬新な動きのアイデアが尽きないものだと感心させられます。しかも、個々の動きにいちいち説得力を感じるのです。偉大なコレオグラファー数あるなかでも、やはりキリアンは別格ではないでしょうか。

 というわけで、市販映像に恵まれているとはいえないイリ・キリアン作品に興味がある方は必見です。石井眞木さんのファンにもお勧めします。

[キャスト]

振付: イリ・キリアン

出演:ネザーランド・ダンス・シアター
  輝夜姫(Kaguyahime): Fiona Lummis
  帝(Mikado): Paul Lightfoot
  求婚者(Suitoers): Martin Muller、Ken Ossola、Johan Inger、Patrick Delcroix、Glenn Edgerton

作曲・指揮:石井眞木


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『みさおとふくまる』(伊原美代子) [読書(随筆)]

 「すっかり耳の遠くなってしまったおばあちゃんと、生まれつき耳が不自由なふくまるは、いつも見つめ合い、お互いを感じ合っています」

 オッドアイの白猫と老婆がよりそい生きる姿をとらえた写真集。単行本(リトルモア)出版は、2011年10月です。

 農家の「みさお」おばあちゃんと、黄色と青のオッドアイが美しい白猫「ふくまる」が、共に生きている姿をとらえた写真集です。ぱらぱらとめくっているだけで、心に響くものがあります。

 「お日様の下を生きる事ができれば、すべてが好日。今日もいい日だね、ふくまる」。

 農作業中もそばを離れず、いっしょに泥だらけの顔になっている人と猫。愛おしそうに見つめ合っていたり、寄り添っていたり、手を合わせていたり。どちらも、たくましい、いい表情をしてます。樹木や花など、背景となる風景も美しい。

 可愛い猫の写真集は数多くありますが、猫と人がこれだけ強い信頼関係でむすばれている姿をとらえた写真集というのは珍しいのではないでしょうか。なおカバーを外すと、本の装幀にちょっとした仕掛けがあり、思わず微笑んでしまいます。


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『増大派に告ぐ』(小田雅久仁) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 「どんなちっぽけな人間であれ、他人に分け与えられない自分だけの人生を持ち、自分だけの世界を持ち、それをまるごと抱えこんだまま登っていったり転げ落ちたりしながら、死の瞬間まで自分なのだ。この男はこの男のすべてを生きているのだ」(単行本p.227)

 第21回日本ファンタジーノベル大賞を受賞した、著者のデビュー長編。単行本(新潮社)出版は2009年11月です。

 『本にだって雄と雌があります』に感激したので、著者のデビュー作も読んでみました。ある団地に住んでいる少年と、その近くに住み着いたホームレスとの出会いを書いた作品です。

 ホームレスの男は奇妙な妄想にとりつかれています。この世界は増大派に支配されており、彼らは減少派である彼を抹殺しようとつけ狙っているのです。

 「あいつらはもうどこにでもおるよ。世界じゅうにおる。そこらじゅうにおる。結局、世界じゅうの人間のほとんどがあいつらになりつつあるんや。もうだれにも止められん。それが増大派や」(単行本p.189)

 「増大派と減少派、そしてどちらになる覚悟も持てぬまま無自覚に増大的な流れに身を任す有象無象、それらを視覚的に判別することにこそ虫けらにも等しい彼の命運がかかっている」(単行本p.5)

 ラジオから流れてくる雑音の中に暗号情報を聞き取り、自分のことを月世界からやってきた宇宙飛行士だと信じている男。彼はしがないホームレスのふりをしつつ、頭の中にいる「船長」の指示に従って、世界を救うべく奮闘しているのです。

 「レッグウィーク船長、やはりベルリンの壁は破壊されています。これであいつらがクアトリウムの増産に踏み切ることはほぼ確実でしょう。地球の破滅です。計画を急がねばなりません」(単行本p.80)

 一方、近くの団地に住む少年は公園のそばにホームレスの小屋を見つけ、男を観察し始めます。この、あたまのおかしい浮浪者のことが気になって仕方ない少年は、ある夜、男の「秘密基地」への潜入を試みるのですが・・・。

 男はどうしてそのような妄想を抱いて流浪するに至ったのか、少年はなぜ父親を心底憎んでいるのか。二人の過去、そして彼らの悲惨な境遇、痛切な屈託が次第に明らかになってゆきます。

 「いままで真剣に想像しなかった男の過去というか、ずっと歩んできた軌跡というか、そういうものがたしかに存在するのだという当然の事実が、すとんと胸のうちに入りこんできたのだ」(単行本p.227)

 男はただの「あたまのおかしい浮浪者」という記号ではなく、取り替えのきかない過去と内面を持った一人の人間なのだと実感したとき、いわば少年は減少派になったわけです。しかし、二人の間に生じつつある友情の芽生えを見逃す増大派ではありませんでした。

 こうして、悲哀に満ちた、そして衝撃的なラストシーンへと向かい、物語は急転回してゆくのです。

 『本にだって雄と雌があります』が基本的に明るく滑稽な雰囲気だったのに対して、本作は暗く、陰鬱で、救いがありません。しかし、読んでいて、奇妙なことに、暗い高揚感のようなものに包まれます。この世の中に対する怒りや絶望に共感するからかも知れません。

 いずれにせよ、登場人物たちの過去のエピソードを時系列順でなく巧妙な配置で少しずつ明らかにしてゆくうちに、読者を異形の世界に誘い込む手際はさすが『本にだって雄と雌があります』の作者だけのことはあります。今後が楽しみです。


タグ:小田雅久仁
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