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2012年を振り返る(4) [SF・ミステリ] [年頭回顧]

2012年を振り返る(4) [SF・ミステリ]

 2012年に読んだSFをはじめとするジャンル小説のうち、印象に残ったものについてまとめてみます。なお、あくまで「2012年に私が読んだ」という意味であって、出版時期とは必ずしも関係ありません。

 まず、月村了衛さんの『機龍警察 暗黒市場』が圧倒的に面白かった。渋い警察小説+戦闘メカ、というかなり無理のある組み合わせをさらりと実現させ、人間ドラマと痛快無比なアクションを自然に融合させる手際には、もう感嘆。このシリーズ、先の展開が楽しみで仕方ありません。見せ場が連続するアクション時代劇小説『一刀流無想剣 斬』も楽しめました。

 山本弘さんの『UFOはもう来ない』は、意外に少ない円盤SFの傑作。異星人が密かに地球を監視している(主にUFO番組とB級SF映画を)、不時着したUFOに乗っていた異星人が誘拐される(UFOカルト教団に)、といったふざけた話を大真面目なハードSFとして書いてしまうのは、この作者ならでは。他にミステリのお約束をからかった『名被害者・一条(仮名)の事件簿』もけっこう好き。

 野尻抱介さんの『南極点のピアピア動画』は、ニコニコ動画や初音ミクに象徴されるあのへんの文化が人類の未来を切りひらいてゆくという、明るく前向きな願望充足型ハードSF。復刊された『ふわふわの泉』も楽しかった。

 上田早夕里さんの『ブラック・アゲート』は、ゾンビパニック小説のバリェーション。現実の社会状況を冷徹にあぶり出しつつ、人間性はどこまで信じられるものなのかを追求する筆致は、いつもの通り背筋をヒヤリとさせる鋭さ。2013年には大作が刊行されるとのことで、大いに期待したいと思います。

 宮内悠介さんのデビュー作『盤上の夜』は、囲碁・将棋・麻雀などの卓上ゲームをテーマにした短編集。抽象的なゲームシステムを通じて別宇宙が構築されてゆく感覚が素晴らしい。新人作家がこの一冊でいきなりトップに躍り出た観があります。現在、SFマガジンに連載中のDXシリーズ単行本化が楽しみ。

 長谷敏司さんの『BEATLESS』は、少年漫画やアニメの定番的設定を用いて、人工知能が人間を超えた後の社会問題を偏執的に追求した人工知能テーマ、ロボットテーマの傑作。

 法条遥さんの『リライト』は、タイムパラドックスSFの新機軸というか、『時をかける少女』のシチュエーションにとてつもないトリック(馬鹿ネタ)を仕掛けて読者を唖然とさせる怪作。うーん。

 高野和明さんの『ジェノサイド』は、ハリウッド映画そこのけというか、様々なジャンルのエンターティメントを集大成したような面白さ。八杉将司さんの『Delivery』は、指数関数的にスケールアップしてゆく強引な展開が印象的。篠田節子さんのSF短編集『はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか』の収録作はどれも完成度が高く、安心して楽しめました。

 『NOVA7 書き下ろし日本SFコレクション』、『NOVA8 書き下ろし日本SFコレクション』、『拡張幻想 年刊日本SF傑作選』、『原色の想像力2 創元SF短編賞アンソロジー』という具合に、2012年もSFアンソロジーは順調に刊行されました。どれも存分に楽しめるレベルの高さ。

 日本SF史の本としては長山靖生さんの『戦後SF事件史 日本的想像力の70年』が印象的でした。何しろ、あっ個人的に知ってる、おおっ個人的にその場にいた、というエピソード続出なので。

 ファンタジーやミステリはあまり読めなかったのですが(すいません)、何といっても小田雅久仁さんの『本にだって雄と雌があります』が素晴らしかった。蔵書家の妄想高ぶり、書物の魔法あまねく世を照らす、奇想天外抱腹絶倒感慨無量の書物ファンタジー。

 津原泰水さんの『猫ノ目時計』は、無頼漢を装ったお人好し猿渡とひょうひょうとした伯爵のコンビが活躍する幽明志怪シリーズ完結編。『蘆屋家の崩壊』と『ピカルディの薔薇』も文庫化されたので、合わせて全体を再読しようと思いつつ、そのままになっているのが残念。

 皆川博子さんの『開かせていただき光栄です』は、18世紀ロンドンを舞台とした本格推理小説。登場人物たちの魅力にぐいぐい引き込まれ、ラストのサプライズは完全に不意打ち。仰天しました。

 2012年は、恥ずかしながら生まれて初めてドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を読了したのですが、その途端に、書かれざるカラマーゾフ「第二部」を目指した小説が立て続けに出たのには驚きました。シンクロニシティか。

 伊藤計劃さんの遺稿を元に円城塔さんが完成させた『屍者の帝国』は、『フランケンシュタイン』をベースに生命の本質を探求した思弁的SF大作ですが、その最初の部分がカラマーゾフ第二部になっているのです。

 一方、高野史緒さんの『カラマーゾフの妹』は、タイトルからも分かる通り、カラマーゾフ第二部そのもの。19世紀ロシアを舞台にした本格推理小説を書いても、コンピュータや宇宙船を出してしまうという業の深さ。なお、高野史緒さんが編集したアンソロジー『時間はだれも待ってくれない 21世紀東欧SF・ファンタスチカ傑作集』は驚くべき力作で、知らず知らず英米作家に偏っていた「海外SF」のイメージを塗り替えてくれました。

 海外作品では、パオロ・バチガルピの『第六ポンプ』が衝撃的でした。主に環境問題をテーマにした短篇集ですが、その独特の世界観や変なリアリティには打ちのめされる思いです。他に、環境破壊が進んだ近未来社会を舞台としたヤングアダルト小説『シップブレイカー』も楽しめました。でもやっぱり暗い。

 ロバート・チャールズ・ウィルスンの『連環宇宙』は、『時間封鎖』、『無限記憶』に続く三部作完結編。壮大なスケールで展開する話なのに、何だか読後感がひどく地味なのはこの作者の持ち味でしょうか。同じ作者の短篇集『ペルセウス座流星群』も、読者の期待を肩すかし気味にかわす地味さが印象的でした。

 エドモンド・ハミルトンの傑作選『フェッセンデンの宇宙』は読みごたえのあるSF短編集で、特に表題作については雑誌掲載版と単行本収録版の二バージョンを読み比べられるのが嬉しい。

 ジョン・スコルジーの『アンドロイドの夢の羊』は、P.K.ディックとはほぼ無関係なアクションSF。ハードボイルド探偵小説からスペースオペラへと展開し、美女を片手にエイリアン戦闘部隊に単身戦いを挑んだ主人公が当然のように敵惑星まるごと制圧してしまう。『老人と宇宙』シリーズでもおなじみの、ユーモラスな会話が楽しい娯楽作品。

 その他、H・R・ウェイクフィールドの古式ゆかしい英国幽霊譚短篇集『ゴースト・ハント』は、けっこう本気で怖かった。架空の帝国を舞台としたアヴラム・デイヴィッドスンの『エステルハージ博士の事件簿』も奇妙な味わいで忘れがたい。

 『アライバル』が話題となったショーン・タン。2012年も続々と刊行されました。『ロスト・シング』、『エリック』、『鳥の王さま ショーン・タンのスケッチブック』を読みましたが、いずれも奇妙で何だか懐かしい気持ちになる色々と変なものたちが愛おしい。


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