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『NOVA9 書き下ろし日本SFコレクション』(大森望:責任編集、宮内悠介) [読書(SF)]

 「本書には、日本SF第一世代から第六世代まで、デビュー年に半世紀の開きのある作家たちが集い、短編を競作しているわけですね」(文庫版p.5)

 「×」と「ぱ」が大活躍、巨大信長とメロン熊は大暴れ。悟りに達するサポセン、炭酸水の発明に至る壮大な嘘歴史、聴衆の反応をフィードバックする記録動画、土星衛星のうごめく氷塊。日本SF第一世代から第六世代の作家が勢ぞろい。全篇書き下ろし新作の日本SFアンソロジー『NOVA』、11篇を収録した第9巻。文庫版(河出書房新社)出版は、2013年01月です。

 さて、季刊『NOVA』の第9弾です。今回もホラー、法螺、駄洒落、すこしふしぎ、ゆるキャラ、そして宇宙SFからバイオSFまで幅広くそろっています。

『ペケ投げ』(眉村卓)

 「人間、自分でもわからないうちにいつペケ投げになるか知れたものではないのである」(文庫版p.30)

 他人の行動にちょっとイラっと来たとき、無意識に相手に「×」を投げつけてしまう事件が多発。「私」はたまたまその現場を目撃するのだが・・・。すこしふしぎ系の話で、特にSF的に発展するわけでもなく、淡々と終わってしまうのに驚きました。

『晩夏』(浅暮三文)

 「「は」は受け取った輪を右肩の上辺りに器用に担いだ。すると「は」は「ぱ」になった」(文庫版p.40)

 あるとき道端で「。」を拾ったところ、家に「は」がやってくる。そして半濁音一族の間で議論されている「ぱぴぷぺぽ」の右肩にある記号は他のものに変えた方がいいのではないか問題について大いに語るのであった。例によって例のごとく。

『禅ヒッキー』(斉藤直子)

 「入道に関するお問い合わせは1番を、ID滅却に関するお問い合わせは2番を」(文庫版p.66)

 サポートセンターに電話したときに流れるあの自動応答。あれが常に無限ループになるのはどうしてか。実は、あれは悟りを目指す修行だったのだ。恒例の落語SF。

『本能寺の大変』(田中啓文)

 「あの秀吉が最後の一匹とは思えない。わしが今、秀吉を倒したとしても、必ずや第二、第三の秀吉が現れるだろう」(文庫版p.115)

 本能寺がそれはそれは大変なことに。編者は「明らかに、最後の駄洒落はないほうがいい気がしますが、みなさんはどう思いますか」(文庫版p.82)と書いていますが、もはや駄洒落の有無とかそういった問題ではないと思う。

『ラムネ氏ノコト』(森深紅)

 「我々の周囲にあるものは、誰かしら、今ある如く置いた人、発明した人があり、通用するに至るまでの暗黒時代を想像すれば、そこには一篇の大ドラマがある」(文庫版p.159)

 ラムネを発明したとされるラムネー氏(ここからすでに嘘)。だが、炭酸水の発明に至るまでには知られざる壮大なドラマがあったのだ・・・。フロギストン説をめぐる科学史上の論争を元にした大法螺、嘘歴史。面白かった。

『サロゲート・マザー』(小林泰三)

 「わたしは自分とは遺伝的に繋がりのない子供を産む決心をした」(文庫版p.163)

 生殖倫理をめぐって様々な議論が展開する。今どき代理出産くらいでここまで世間が騒ぐということもないだろう、と思っていると、実は・・・。とある初期代表作を読んでいるとオチがすぐに分かってしまいます。編者の紹介文の冒頭でも言及されているので、気になる方は読み終えた後で目を通した方がいいと思います。

『検索ワード:異次元/深夜会議』(片瀬二郎)

 「動画共有サイトで検索すれば、ひょっとして見つけられるかもしれない。検索のキーワードは<異次元>だ」(文庫版p.199)

 ネットにアップされた謎めいた動画の紹介という体裁で、何とも理解不能な不気味な事件を語る「異次元」。深夜のビル内で起きた惨劇を、ちょっとした時間ループをからめて嫌な感じに語る「深夜会議」。スプラッターホラー作品二本立て。個人的には「異次元」の不可解さが印象的でした。

『スペース蜃気楼』(宮内悠介)

 「膵臓は九割を切り取っても機能するとユーセフが言うので、十枚のうち九枚を賭けた。いまになって話の信憑性が気になってきたが、後悔したところで膵臓が戻るでもない」(文庫版p.234)

 おなじみスペース金融道シリーズ第三弾。今度の取り立ての舞台は、違法カジノ宇宙船。ところが身ぐるみ剥がされた語り手は、ついに自分の内臓を賭けたポーカーに挑むはめに。果たして債権回収は成功するか、というか生きて帰ることが出来るのか。ユーモアたっぷりで大いに楽しめます。大勝負を仕掛けるための元手を稼ぎ出す手段が素晴らしい。

『メロンを掘る熊は宇宙で生きろ』(木本雅彦)

 「メロンから鼻先と目玉と耳だけが突き出しており、目を血走らせて、牙をむきだしにしている。頭のメロンは奇妙に大きくて、胴体との対比がアンバランスである。--胴体は黒い剛毛に覆われており、紛れもなく熊の身体だった」(文庫版p.320)

 もちろん北海道夕張市のゆるキャラ「メロン熊」。ゆるキャラとは思えないその凶暴な外見が見る者に多大なるインパクトを与え、ついには暗黒星雲賞を受賞。というわけでメロン熊はSFです。でも、だからといって、それを脱獄モノの宇宙SFにしてしまうという発想は普通思いつきません。

『ダマスカス第三工区』(谷甲州)

 「それは奇妙で不可解な映像だった。まるで生き物のように氷塊が移動し、既設の構造物をのみ込んでいった」(文庫版p.356)

 宇宙土木SFシリーズの最新作。土星の衛星で起きた崩落事故の調査に訪れた語り手は、事故の不可解さと現場の情報封鎖に翻弄される。ここまで順番に怪獣や半濁音やメロン熊の話を読んできて、SFっていったい何なのか分からなくなってきた読者を救済する、がちがち(文字通り)のハードSF。

『アトラクタの奏でる音楽』(扇智史)

 「いつの間にか、ログの周囲に膨大なタグ。[微妙]が[良]に押し流され、[神演]と[自演]がせめぎ合い、そのうち[泣けるナマ歌]が浮かび上がる」(文庫版p.410)

 AR(拡張現実)技術が普及し、あらゆるものにタグが張り付けられ、記録動画「ログ」が現実空間に重ねられ自動再生される近未来。周囲状況に対してインターラクティブに反応し曲調を調整する「ログ」を路上演奏させ、観客の反応をフィードバックさせるという実験を仕組んだアーティストと工学部学生。さわやかな青春SF。ひねりまくった曲者ぞろいのアンソロジー、最後にストレートな作品を置くという配慮。

[収録作品]

『ペケ投げ』(眉村卓)
『晩夏』(浅暮三文)
『禅ヒッキー』(斉藤直子)
『本能寺の大変』(田中啓文)
『ラムネ氏ノコト』(森深紅)
『サロゲート・マザー』(小林泰三)
『検索ワード:異次元/深夜会議』(片瀬二郎)
『スペース蜃気楼』(宮内悠介)
『メロンを掘る熊は宇宙で生きろ』(木本雅彦)
『ダマスカス第三工区』(谷甲州)
『アトラクタの奏でる音楽』(扇智史)


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