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『ヒドラ』(山下桂司) [読書(サイエンス)]

 体長1ミリから1.5メートルという幅広いサイズ、切り刻まれてもすりつぶされても再生する驚異の生命力、上皮組織で情報処理する不思議な生き物、ヒドラ。その魅力を専門家が思い入れたっぷんたっぷんに語るヒドラ本。単行本(岩波書店)出版は2011年6月です。

 海や川に「ヒドラ」という変な生き物がいることは知っていましたが、何だかよく分からないし、特に興味はありませんでした。本書の著者も、仲のよい友人から、「お前が実験しているのは、えーと、ラドン?」みたいに言われたことがあるそうで、ラドンとヒドラじゃ全然違うというか、微妙に同じカテゴリーのような気がするのが困りものというか、とにかく一般にあまり知られていない生物だというのは確かと思われます。

 本書はこの謎めいたヒドラを取り上げ、専門家がその魅力を語り尽くすサイエンス本です。

 ヒドラの紹介、摩訶不思議なライフサイクル、驚異の再生能力、他の生物との共生、そしてヒドラ研究の歴史。章ごとに、ヒドラの生態が明らかになってゆきます。そのライフサイクルの複雑さには驚くばかり。そもそも体長1ミリから1.5メートルというサイズだけを見ても、そのバラエティの豊かさに感心させられます。

 他にも、散在神経系と上皮の電気的活動が連携することで、脳がないのに様々な刺激に柔軟かつきめ細かく対応することが出来るとか、ヒトの視覚関連遺伝子やハンチントン病やアルツハイマー病の関連遺伝子がヒドラにも見つかった、など興味深い話題が登場します。

 しかし、最も印象的なのは、その再生能力でしょう。1ミリ刻みに細切れにしてもその断片がそれぞれヒドラに再生する。組織を絞り出して放置しておくと、細胞が再集結してヒドラになる。体構造を持つ動物にしては、信じられないような再生能力です。

 しかも細胞を入れ換えてゆくことで常に若返りを続ける不老不死能力、クローン体を増やしてゆく分身能力をもそなえ、獲物を仕留める極微ミサイルの打撃圧は「体重50キログラムの女性1400人分の重さをもつハイヒール(接地面積1平方センチメートル)で踏まれる圧力に匹敵する」(単行本p.62)というのですから、これはもう神話に登場する怪物。

 ヒドラもそうですが、著者の思い入れっぷりがまた印象的。

 「ヒドラは、数億年という途方に暮れるような年月を、ほとんど体制を変えることなく生き延び、今も繁栄をつづけている、チャーミングにして超エリートの生き物だ」(単行本p.101)

 「ヒドラは、美しく、たくましく、しなやかな永遠の命を持つ生き物です。ヒトは、ヒドラのように、クローンを増やすことも、若返ることも、再生することもできません。ヒトの命のなんとはかないことでしょうか」(単行本p.107)

 「夕陽を体いっぱいに浴びて、輝きながら、静かに浮かぶアクチヌラ幼生は、心が震えるほどに美しい」(単行本p.35)

 「今も、この広い海のどこかで、まだ見ぬヒドラが、たくましく、そしてあまりにも美しい姿で、エンドレスな命の花を咲かせているのだろう。出会いの日が本当に待ち遠しい」(単行本p.102)

 先生、しっかりして下さい。

 しかし、もちろんヒドラに魅せられた研究者にそんなことを言っても無駄です。やがては、こんなことを口走り始めるのです。

 「ヒドラは考える腸である。ヒドラは考える皮である。ヒドラは考える心臓である。ヒドラは行動する脳である。そして、その姿の通り、ヒドラは、考える葦である」(単行本p.66)

 「もしかすると、世界はヒドラ化している、といえるのかも知れない」(単行本p.99)

 というわけで、ヒドラおよびヒドラ研究者という知られざる生物の不思議な生態を学べる最初から最後までヒドラびっしりの一冊。触手を振りかざすヒドラの美麗写真も多数掲載されています。


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