SSブログ

『異星人の郷(上)(下)』(マイクル・フリン) [読書(SF)]

 『SFが読みたい!2011年版』においてベストSF2010海外篇第1位に選ばれ、さらに今年の星雲賞をも受賞した歴史SF大作。14世紀ドイツの片田舎に不時着した異星人たちのグループと、中世ヨーロッパ人たちとの出会い。やがて両者の間に生まれる交流と信頼。歴史に残らなかったファーストコンタクトの顛末を通じて、科学と信仰の出会いをえがく感動作です。単行本(東京創元社)出版は2010年10月。

 まず何といっても、緻密に、子細に、活き活きと描かれた中世ドイツの存在感が素晴らしい。当時の社会や人々の日常が丁寧に書かれていることで、彼らが異星人と出会い、生活を共にするようになるというフィクションがまったく嘘くさく感じられず、SFというよりまずは重厚な歴史小説として楽しめます。個人的には、『大聖堂』(ケン・フォレット)よりもずっと面白く、読後の満足感も大きかった。

 中世ヨーロッパというと、何となく、無知と迷信と宗教的抑圧に覆われた暗黒時代のようなイメージがあるのですが、それは誇張された一面に過ぎません。本書の背景となるのは、自然哲学が発展し、論理が重んじられ、封建制度というバックボーンのもとに様々な社会システムが合理化、高度化されていった時代です。

 登場人物の大半は合理的、現実主義的な精神の持ち主で、異星人とのコンタクトという理解を超えた状況にも現実的に対応し、理性と信仰の力で対処してゆきます。特に、主役となる神父は知的で敬虔な人物として書かれており、読者は(そして異星人も)彼を信頼し愛さずにはいられません。

 異星人と中世ヨーロッパ人とのファーストコンタクトは、科学と宗教という二つの世界観(世界を把握する体系)のぶつかり合いの象徴として読むことも出来るでしょう。思えばSFにおいて科学と宗教が衝突した場合、必ずといってよいほど、科学こそが善なるもの正しいものとして、宗教は偏狭で非理性的で悪しきものとして、書かれてきたような気がしてなりません。

 本書ではそんな子供っぽい構図を排し、類まれな説得力を持って科学と信仰の出会いと調和をえがいてゆきます。恒星間航行を実現する科学技術を持つ異星人たちは、しかし極めて暴力的で、衝動的で、絶対的な階級制度の元で生きています。(彼らはハチやアリのような真社会性生物から進化した種族なのです)

 そんな彼らはキリスト教の教義に触れ、その有用性を認識し、やがてはその信仰を受け入れてゆきます。異星人が改宗して洗礼を受ける、とだけ聞くと馬鹿馬鹿しく思えるかも知れませんが、なぜ彼らが自らの遺伝的に決定された性向を乗り越えてより良く生きるために信仰を必要としたのかを理解するにつれて、それは少しも馬鹿げた展開ではないことが分かってきます。

 異星人含め登場人物たちに対する思い入れが深まるとともに、ラストに待っている避けがたい悲劇的展開に胸がつまります。最後の方はもう涙がぼろぼろ出てきてどうしようもなく。

 これだけの高度な科学技術を持ってしても、これだけの敬虔な信仰を持ってしても、ついに何事も成し得ないのか。何一つ残すことなく全ては無為に失われてしまうのか。文庫版上下巻700ページを読んできて、その深い絶望を乗り越え、最後に残された小さな「希望」にたどり着いたとき、読者は震えるような感動に包まれることでしょう。

 というわけで、14世紀ドイツを舞台とした歴史小説としても、人類とは異なる生物学的バックボーンを持つ異星人とのファーストコンタクトSFとしても、素晴らしい出来ばえ。ベストSF2010海外篇第1位、星雲賞受賞、いずれも納得の傑作です。今さらですが、まだお読みでない方がいらっしゃいましたら、急いで手にとることをお勧めします。


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: