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『光化学の驚異 日本がリードする「次世代技術」の最前線』(光化学協会:編) [読書(サイエンス)]


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光のエネルギーによって発生した電圧や、光のエネルギーによって引き起こされた化学反応を通して、私たちは「光」を確認しています。ですから、光と物質の相互作用をきちんと扱う学問が、自然の理解に必要不可欠であり、新しい科学の展開と技術開発にきわめて重要と考えられています。これが「光化学」です。
(中略)
 光と生命の関わり、光による分子の機能制御、光触媒、光加工、ナノ次元の分析、ナノ物質の操作から、情報処理、液晶の制御まで、最先端のサイエンス、テクノロジーを21世紀の光化学は生み出しています。この分野で世界をリードしている光化学協会の研究者が、その最前線をわかりやすくまとめたものが本書です。
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Kindle版No.25、34

 光触媒から光ピンセットまで。光を使って物質を操る21世紀のテクノロジー、光化学の基礎と応用について一般向けに紹介する一冊。ブルーバックス新書版(講談社)出版は2006年8月、Kindle版配信は2015年11月です。


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現在の科学技術では、一個の蛍光分子から出てくる光子を、一つずつカウントすることができます。つまり、分子や、もう少し大きなナノメートルサイズの粒子(ナノ粒子)を、一個ずつ観測することができるのです。この分子をも見ることのできる最新の光計測技術と、光の力を利用して小さな物体を操る光ピンセットを組み合わせることで、溶液中の分子を操ったり、集めたり、ナノ粒子を一粒ずつ加工したりすることができます。
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Kindle版No.1865


 光による物質の制御というテクノロジーの最先端研究を紹介してくれるサイエンス本です。タイトル通り、その成果は驚異としか言いようがありません。21世紀、意外にSF。

 というわけで、光化学が関わっている幅広い技術研究分野の成果と将来の見通しをまとめた一冊。最初から最後までびっくり、わくわくです。全体は8つの章から構成されています。


第1章 環境を調和する光化学
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酸化チタン光触媒のさまざまな応用例をみてきました。水や大気の浄化、病院内の殺菌・抗菌、建築物外壁のセルフクリーニングなどへの応用がはじまっています。
 光触媒を働かせるための、たった一つの条件は、紫外光をあてることです。光触媒はガソリンも、電気も、ガスも必要ありません。
(中略)
光触媒でのいま一番の話題は、可視光応答型光触媒です。酸化チタンに窒素や硫黄などの元素を少しだけ加えることで、可視光にも応答する酸化チタンができつつあります。
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Kindle版No.304、313

 第1章では、酸化チタンなどの光触媒について、その発見から応用、将来の可能性まで詳しく紹介されます。


第2章 生命活動を支える光化学
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 光合成をおこなうのは、おもに植物なのですが、進化の初期段階に発生した細菌のなかにも光合成をおこなうものがあります。シス‐トランス異性化反応を利用した細菌も、そのうちの一つとしてあげることができます。ほかにも、植物がおこなうのとほぼ同じしくみで光合成をおこなう細菌が現存しています。彼らは、進化の観点からみると、植物にいたる前のより単純なシステムをもっています。ですから、光合成の格好の研究対象として、多くの研究がおこなわれ、構造や機能が植物よりもより詳しく調べられています。
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Kindle版No.522

 第2章では、光合成から視覚細胞まで、生物が行っている光化学反応について解説されます。また、光によるガン治療(光化学療法)についても紹介されます。


第3章 超分子のナノ光化学
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 ジアリールエテン分子は光異性化反応により分子の大きさが変わることもわかっています。紫外光照射前には平らだった結晶の表面に、光照射によって分子の構造変化に基づく溝が生成します。可視光照射により分子構造がもとに戻ると、結晶表面の溝も消失します。このような現象は光エネルギーをダイレクトに機械エネルギーに変換できることから、まったく新しい光素子への応用が期待されています。
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Kindle版No.841

 第3章では、光で動く分子モーター、光による分子の着脱色(フォトクロミック分子)、など、分子の動きや構造を光によって制御する技術が紹介されます。


第4章 情報を処理する光化学
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メモリのさらなる高性能化のために、熱反応ではなく光化学反応を使い、レーザー光の集光性の高さに加えて、偏光、位相などの光の性質も有効に使った方法が考案されています。このような記録方法をフォトン(光)モード光記録とよびます。
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Kindle版No.1013

 第4章では、コピー機の仕組みから始まって、光相関を使った画像認識技術、ホログラフィー技術、フォトンモード光記録など、情報処理分野に応用される光化学技術が紹介されます。


第5章 液晶を操る光化学
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アゾベンゼン液晶の動きを光で操ると、自在に曲げ伸ばしできる液晶フィルムをつくることができるのです。
 光で動く液晶フィルムは、モーターや電源を必要としません。しかも光によって曲がるのは液晶分子ですから、かぎりなく小型化することも可能です。たとえば将来、電源がなくても使用できる人工筋肉や、超微小領域で作業できるナノロボットなどが実現するかもしれません。
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Kindle版No.1310

 第5章では、液晶の発見から、液晶ディスプレイの原理、光で動く液晶(アゾベンゼン液晶)、光で曲がる液晶フィルムまで、光化学を応用した液晶技術が紹介されます。


第6章 材料を加工する光化学
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 固体の内部に折れ曲がった空洞を作製するというのは、ドリルを使う機械加工などのほかの方法では無理で、透明な材料の内部に進入し性質を変えることができる光技術でのみ可能な加工です。
(中略)
反対に、光をあてた部分だけを固体として取り出すような加工法もあります。これには、「光硬化性樹脂」という、もともとはネバネバとした液体で、光をあてると硬化してプラスチックになる材料を使います。この加工の場合にも、フェムト秒レーザーを用いると、光をあてたときにその焦点部分だけが硬化するので、非常に微細で複雑な構造物をつくることができます。
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Kindle版No.1462

 第6章では、レーザーアブレーション、フォトリソグラフィーなど、光による物質の微細加工技術が紹介されます。


第7章 微小空間を分析する光化学
第8章 分子、ナノ粒子を操る光化学
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光のソフトな性質を使うことにより、油滴や、そのほかの微粒子一粒を思いどおりに操り、これを光で分析できるようになりました。分析したい微粒子の溶液中の熱運動を止め、それを自由自在に操るために「レーザー捕捉」、または「光ピンセット」とよばれている方法が用いられています。
(中略)
光ピンセットにより試料中の望みの大きさの微粒子を一粒ずつ選び出し、熱運動を止め、一粒の吸光分析と蛍光分析をおこなうことができます。(中略)近い将来、溶液中で分子一個ずつを光でつかまえ、自由に操り、光ではかることができるようになるのではないかと期待されています。
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Kindle版No.1586、1666、1941

 第7章と第8章では、光の力学的作用(光圧)を用いたナノ粒子の制御(分子操作)技術と、それを使った微粒子ひとつひとつの分析、さらにナノ粒子の分析という、新しい研究分野が紹介されます。



『逆行の夏 ジョン・ヴァーリイ傑作選』(ジョン・ヴァーリイ、浅倉久志・他:翻訳) [読書(SF)]

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今は〈逆行の夏〉のはじまり。太陽が天頂で逆戻りして、膨大な光と輻射熱の三杯めのおかわりをごちそうしてくれる季節。マーキュリー・ポートは熱極のひとつにある。そこでは逆行する太陽の運行が太陽の南中と一致する。だから、たとえ力場のカーテンがわずかな可視光線の領域を残してすべてを遮断したとしても、すり抜けてくるのは強力なやつなのだ。
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Kindle版No.97

 テクノロジーの発展によって家族観や性愛の在り方が一変した世界を舞台に、それでも変わらない人間の悩みや葛藤を描いたジョン・ヴァーリイ。その短篇の代表作6篇を収録した傑作選。文庫版(早川書房)出版は2015年7月、Kindle版配信は2015年9月です。


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それを……ありきたりな言い方だけど、どうすれば善に使えるのかわからない。善のつもりで悪がなされる例をたくさん見てきたわ。あたしは善をなせるほど賢明じゃない。クルージのように消される可能性も高い。だからといって、見なかったふりをできるほど利口ではない。(中略)不必要な使い方をしないだけの頭はある。でも捨てるのはもったいない。壊すこともできない。あたしは愚かかしら?
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Kindle版No.5492


 テクノロジーの過激な発展は、私たちの人間性を否応なしに変容させてゆく。それを止めることは誰にも出来ない。

 ときに「サイバーパンクの先駆け」とも呼ばれるジョン・ヴァーリィの傑作選です。収録作はどれも代表作ばかりで、ヴァーリィ入門書として最適。70年代から80年代に書かれた作品なので、今となっては未来テクノロジーの描写や用語には古めかしさを感じますが、物語そのものは古びていません。

 懐かしいという方も、初めてという方も、まずは本書を読んで、気に入ったら「八世界」シリーズの探索へと乗り出して下さい。


[収録作品]

『逆行の夏』
『さようなら、ロビンソン・クルーソー』
『バービーはなぜ殺される』
『残像』
『ブルー・シャンペン』
『PRESS ENTER ■』


『逆行の夏』
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 クローンの姉が月から来るというその日、ぼくは一時間早く宇宙港に着いていた。理由の一つは彼女にたまらなく会いたかったということ。ぼくより三地球年年上で、それまで全然会ったことがなかった。もちろん宙港へ行けるチャンスがあるならいつでもとびつくというのも理由。発着する船をただ眺めるためだけにでも出かけていたものだ。
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Kindle版No.15

 水星で母親と一緒に暮らしている少年のところへ、月(ルナ)からやってきた少女。ボーイ・ミーツ・ガール。二人はクローン体だった。なぜ彼らの母親は、わざわざ子どものクローンを作って、月と水星に分けて育てることにしたのか。そこには秘密があったのだ。

 現代から大きく変容した家族観がテーマですが、むしろ外部環境から人体を保護するパーソナル「力場」、水星の水銀洞など、名シーンの数々が印象に残る爽やかなヤングアダルト小説です。


『さようなら、ロビンソン・クルーソー』
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まるで夢の中に生きてるみたいだ。熱帯の小島に、たったひとりで住んでみたいと思わない子供が、どこにいるだろう? ぼくにはそれができる。
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Kindle版No.891

 冥王星の地下深くに作られた巨大な人工海。その「孤島」に一人で住んでいる少年は、水陸両棲の身体を持ち、ひたすら海で遊び続ける日々を送っていた。しかし、一人の女性との出会いが、彼に自分の正体を思い出せることになった。

 ロビンソン・クルーソーというよりむしろ『二年間の休暇』というか、モラトリアムをテーマとした作品。人工的に作られた「海」の描写、そしてそこで起きた大事故の描写には迫力があります。


『バービーはなぜ殺される』
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おなじみの手順や捜査方法は役に立たないだろう。目撃者はいてもいなくても同じだ。誰が誰なのか区別できないし、証言も一致するに決まっている。犯行の機会? 数万人にあった。動機は不明。犯人の身体的特徴はこまかいところまでわかっている。実際に現場をとらえたテープさえある。どちらも用なしだ。
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Kindle版No.1639

 個人を捨て、全員が同じ身体になることで、争いや差別をなくす。「バービー」と呼ばれている宗教団体の、月面居住区で殺人事件が起きた。犯人も、被害者も、目撃者も、居合わせた人々すべてが同じ顔、同じ姿、同じ記憶。あまりにも異様な状況に、刑事は頭を抱えることになった。

 ユーモラスなミステリというか警察小説。アイデンティティを意図的に放棄して、いっさい個人を特定しない(個人という概念そのものを抑圧する)という社会設定がキモとなります。


『残像』
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 ピンクは手を伸ばし、冷たい指でわたしの両耳にそっとふれた。風の音が途絶え、手が離れても、二度と聞こえることはなかった。彼女はわたしの両目にふれて、すべての光を締め出し、わたしはもはや見ることはなかった。
 わたしたちは美しい静寂と闇の中で生きている。
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Kindle版No.2960

 視聴覚を失った人々が作り上げた自分たちだけの共同体。そこでは触覚をベースとしたコミュニケーションから生み出される特異な文化が育っていた。外部から訪れた語り手は、彼らの文化と生活を学んでゆく。そして、静寂と暗闇のなかに満ちている愛と豊かさを知るのだった。

 視覚や聴覚から「解放」された人々が作り上げたコミューンとその文化をリアルに描写した、異星人も未来人も出てこない「ファーストコンタクト」。忘れがたい傑作。


『ブルー・シャンペン』
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おそらくクーパーは、有史以来のユニークな失恋男だともいえるだろう。女からほんとうに愛されていたことを、疑問の余地なく知ったのだから。
 それが多少のなぐさめになるのはたしかだった。
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Kindle版No.4473

 力場に支えられ、宇宙空間に浮かぶ超巨大な水球〈バブル〉。そこで働いていた語り手は、感覚記録メディアのスター女優と出会い、アバンチュールにのめり込む。だが彼も、そして彼女さえも、知らなかったのだ。その過程のすべてが感覚記録として録られていたことを。

 海辺のリゾート地で出会った美人女優との一夏の恋、そして苦い別れ。そんな正気では読めないような話に、「体験テープ」と呼ばれる感覚記録メディア、重度身体障がい者のためのサイバー義体、宇宙空間に浮かべられた二億リットルの水球、といったガジェットを放り込んで泣かせるオシャレなSF。


『PRESS ENTER ■』
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電話線のむこうからいつも聞こえる遠い音楽的なうなり。はるかに離れた場所での会話の反響。そしてもっと遠くにひそむ冷たいなにか。
 NSAでいったいなにが育っているのか。目的があって育てているのか、偶発的に生まれたのか。そもそもNSAとは無関係なのか。しかし、たしかにいる。その精神の吐息が電話回線ごしに聞こえる。
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Kindle版No.5667

 凄腕のハッカーが「自殺」した。事件を捜査する刑事と、その協力者として解析を依頼された若い東洋系の女性ハッカー。二人と知り合いになった語り手は、否応なく事件に巻き込まれていく。死んだハッカーは、いったい何にアクセスしてしまったのか。この世界を支配しているコンピュータネットワークに巣くう「何か」が、次第に近づいて来る。

 アナログ電話線につないだモデムが最新の通信テクノロジーだった時代に書かれた作品。現実を改変してしまうネットワークのパワーと、「意識の遠隔ハッキング」に対する逃げ場のない不安やパラノイアが生々しく描かれます。『ニューロマンサー』(ウィリアム・ギブスン)と似ているシーンがありますが、この二冊は共に1985年のヒューゴー賞を受賞しています。そういう時代でした。



『フィラメント』(小川三郎) [読書(小説・詩)]

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蝶が一匹
ぼんやりとした私の周りを
ふわふわと舞っている。

そういうふうに
みんな時間を
つぶしているのか。

人生は短いくせに
つぶさねばならない時間は
こんなにも多い。

ここには山ほど
飲める水があるというのに
蝶は今日もこの待合室に
雨をふらせている。

ざあざあと。

これが物語であるなどと
誰が信じるだろうか。
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『音』より


 世界はすでに滅んでいるのに、それでも続いてゆく日常、それは終わりなき終末。日常と終末との関係をていねいに再定義する詩集。単行本(港の人)出版は2015年9月です。


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世界が滅亡することについて
みんなもっとよく考えるべきだ。
それは避けられないことなのだから。

私がこんな顔をしていたから
こんな声をしていたから
あなたは言いたい放題だったが
世界は滅亡した。
人間はいなくなった。
それは紛れもない事実であって
既に忘却の彼方にあるのだ。
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『武蔵野』より


 どうもこの「日常」というやつが信用できない、馴染めない。実はとっくに終わっているのではないか。そんな感覚を研ぎ澄ませたような作品が並びます。


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日常はなにか
漠然としている。
誰かの言った言葉に似ている。

私はついに馴染めなかった。
だから身体をくねらせて
泳ぐように
生きたのだけど
細くなって
やがてちぎれて。

そうなってみるまで
わからないなんて
かわいそうだ。
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『日常』より


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買った覚えはない。
誰かにもらった覚えもない。
この部屋に来た時から
それはすでにあったのだろうか。

レモンは黄色く輝くように新鮮で
テーブルのあたりを明るくしている。

まるでレモンのほうが
部屋の主であるかのようで
暗澹とした気持ちになる。
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『レモン』より


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夏はどこも暗くて嫌だ。
行っても帰ってこれない場所が
とてもとても多すぎるのだ。
私はただ
少しだけ光のあたる場所で
じっとしていたかったのに。

袋の中身に目を凝らすと
あなたが微妙に揺らすもので
それはなんでもいいことになる。
欲しいものなど何もないと
何度言っても
あなたは笑う。

いやだいやだ。
夏の最後に顔を突っ込み
悲鳴をあげているのはいやだ。
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『酷暑』より


 日常の断片を拾い集めてみたら、そこにあったのは、終わりなくつづく終末という、何だか変なもの。もしかして、これが「日常」の正体なのでしょうか。


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今日は晴れの日。
終わりの来ない
終末の日。
命の続く限り
私はここにいて
誰でもない自分を演じている。

私が大声で話し始めると
みなそれぞれに話すのをやめ
私の話に耳を傾ける仕草をした。
誰もが屈託のない笑顔で
私の顔を眺め
しかし誰も
私の話を聞こうとしなかった。
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『晴れの日』より


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テンやキツネは愛おしかったが
言葉が通じないのが難点だった。
彼らは私を死体と思わず
生きたまんまに食らうつもりで
そのぶんなんだか
他人行儀で
分かり合うのは難しかった
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『冬ごもり』より


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なんとなく見た夢の中で
私の最後は美しかった。
それが青空だと想うだけで
それはすでに青空だった。
どんなちいさな光でも
私よりかは大きかった。
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『冬ごもり』より


 というわけで、終末がいつまで続くのかわからない不安な世界に生きる読者に、違和感とともに共感を与える、不思議な詩集です。


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誰も見てはいませんでしたが
私とあなたは神さまでした。
山の上から煙が昇って
長い月日が流れました。

誰かがふたりを呼びに来るまで
少し眠ることにしました。
私とあなたは神さまのまま
山の麓に身を横たえて
花が枯れるのを眺めながら
互いを忘れていきました。
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『帰れないふたり』より


タグ:小川三郎

『現代詩100周年』(河野聡子、川口晴美、西元直子、斉藤倫、四元康祐、他) [読書(小説・詩)]

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私たちTOLTAは、今年2015年を、現在書かれているような日本の無定形・口語の自由詩の成立から百年目であると宣言します。
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『はじめに』(河野聡子)より

 山村暮鳥の詩集『聖三稜玻璃』が出版されてから今年で100年。この「現代詩100周年」を記念するとともに、100年後の未来に向けて放たれた、100名近い詩人たちによる記念碑的アンソロジー。同人誌(TOLTA)出版は2015年10月です。


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無定形の現代詩は、それぞれの詩人が自分だけの定型、自分だけのリズムをつくり、言葉を組み合わせ、詩の意味を見出すことをそのつどそのつど行います。そしてこれこそが、そもそも詩が「現代」を名のるゆえんだと言えるかもしれません。ここには本質的に歴史はありません。暮鳥から百年たとうが二百年たとうが、私たちはそのつど自分で詩を見出していかなければなりません。私たちはくりかえしていかなければなりませんし、詩を書き続けなければなりません。
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『はじめに』(河野聡子)より


 一人につき一作、見開き二ページに一つの作品を掲載、という形式で、総勢97人の作品を載せた堂々たる現代詩アンソロジーです。エッセイや小説のように読める作品、言葉のリズムで押しまくる作品、文字で絵を描いたような作品、バイナリコードのように見える作品、警察の供述調書に書き込んだ作品、などなど、やりたい放題、現代詩。その楽しさは尋常ではありません。

 お気に入りの詩人の新作が読めるのはもちろんのこと、「現代詩に興味はあるものの、何を読んだらいいのか分からない」などと距離感を感じていた方のための入門書としてもうってつけ。

 どれも2ページで終わりますので、ショートショート集のような感覚で、気になった作品をどれでも気楽に読めばそれで良し。すべて良し。

 通販などの問い合わせは、TOLTAのページへどうぞ。

TOLTA
http://toltaweb.jp/

アンソロジー詩集「現代詩100周年」のページ(通販あり)
https://tolta.stores.jp/items/5604acd73bcba90af10048d0


[執筆者一覧]

相沢正一郎、亜久津歩、暁方ミセイ、阿部嘉昭、新井高子、
荒木時彦、ジェフリー・アングルス、一方井亜稀、一色真理、伊藤浩子、
今唯ケンタロウ、海埜今日子、榎本櫻湖、及川俊哉、大江麻衣、
大崎清夏、大谷良太、小笠原鳥類、岡本啓、小川三郎、
柿沼徹、柏原寛、金澤一志、カニエ・ナハ、金子彰子、
金子鉄夫、川口晴美、北川透、北爪満喜、城戸朱理、
木戸多美子、久谷雉、黒崎立体、小島きみ子、小林坩堝、
小峰慎也、紺野とも、斉藤倫、佐伯多美子、清水あすか、
白鳥央堂、管啓次郎、杉本真維子、鈴木一平、須永紀子、
瀬尾育生、関口将夫、高貝弘也、髙木敏次、高階杞一、
高塚謙太郎、タケイ・リエ、橘上、田中宏輔、田中庸介、
谷川俊太郎、為平澪、廿楽順治、冨上芳秀、時里二郎、
外山功雄、長尾早苗、永澤康太、中島悦子、ni_ka、
西元直子、根本明、野木京子、野村喜和夫、ぱくきょんみ、
支倉隆子、蜂飼耳、浜江順子、久石ソナ、日原正彦、
平川綾真智、広瀬大志、広田修、福田尚代、藤原安紀子、
文月悠光、ブリングル、ほしおさなえ、松井茂、松本秀文、
三角みづ紀、水無田気流、峯澤典子、宮尾節子、宮岡絵美、
ヤリタミサコ、四元康祐、和合大地、和合亮一、和田まさ子、
渡辺玄英、渡辺めぐみ


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私はメジロを見た時、とても大きな鳥であると思ったのだ。スズメよりももっと大きな動物であると思ったカンガルー思った、国語辞典がないと不安なんです、ということを教室で言っていると、この学校にはたくさんの国語辞典があって、わたしたち(先生)はいつでも国語辞典を調べて、比べて、数学でも使っていますよ、ということを説明、説明、説明、説明、説明される学校というのは恐ろしい場所である、メジロのように、あの、

おそろしいおそろしい、回転している映画、映画について調べていたらとても恐ろしいなあということを思っていた。メジロはヒヨドリよりも大きいのではないかと、私は思っていた。しかし図鑑によるとメジロは……とても小さな……鳥なのだそうだ。メジロを漢字で書くと、知らない漢字だ。私は辞書を見てもわからないことが多い。
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『メジロおそろしい』(小笠原鳥類)より


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現在の僕は詩を趣味で書いています。こんな僕を多くの方は「変な奴」だと思うようなのです。でも、そんなの関係ねー。やっぱり、僕って変なのかな。以前、両親から言われたことがあります。「あー何もかもがやかましい。近い将来、てめえが詩を趣味で書いていることで謂れのない差別や批判に遭遇することがあるかもしれないが、てめえが趣味で詩を書くことが人類の最後の希望なのだ」と。でも、そんなの関係ねー。僕は人類の最後の希望なのです。でも、そんなに特別扱いしちゃダメダメ。ちなみに、詩を趣味で書かれたことはありますか?詩を趣味で書くことは本当に勇気もいるし、羞恥心がすごく高まって虎になるような同業者もいますから、本当に大変なのです。どんなことを言われても、「僕は詩を趣味で書いております」としか答えることができません。時々、それが辛くなることがあります。おかま帽の同業者は「詩人は辛い」と居直ったらしいですから、大したものです。「詩人のふりをしているが私は詩人ではない」という新しい切り口の居直り方もあり、最も驚いた同業者で「ことばなんておぼえるんじゃなかった」という発言があります。僕の両親の教育は七割くらいただしかったのでしょう。暗い気持ちになることが全くありません。だって、僕は人類の最後の希望なのですから。すげえだろう。あ、こんな僕ですから趣味は詩と誤解されます。僕の趣味はセックスです。
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『好きなひとにこれから告白しようとする男の禁断トーク集』(松本秀文)より


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わっしょい!わっしょい! わっしょい!生命!
傷の治る現場では
癒着した細胞と細胞とが
歓声をあげながら
あっ。分裂し、だめだ。腐り、
わっしょい!わっしょい! わっしょい!生命!
化膿し、さようなら!膿は流れ。
おぎゃあ、ぼく細胞。
よろしく、細胞。わたしも細胞よ。
俺も拙者も身共もそれがしもまろも朕も細胞よ。
新しく生まれる。
わっしょい!わっしょい! わっしょい!生命!
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『わっしょい!生命! 九十二』(及川俊哉)より


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ぎゅんぎゅんぎゅんぎゅん、駆けずっておりました
機屋のまわりを
四つ足で、
毛むくじゃらで、むんむん曲がった鼻づらが、

喰らッちまったがですよ
べろらッと、
織り子らを
糸を吐きだす女らを、

「おもてへ出ろィ!」
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『機神考』(新井高子)より


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つぎつぎとひとを跳ねていく
ああ あれは殺人選挙カーだと
声がする
夢のように
ゆっくりと
沿道を襲う
大人も子どもも
老人も友人後援者さえも
つぎつぎと轢いていく 血みどろで
ためらいもなく
自由演技で
あれにはだれが乗っているのだろう
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『殺人選挙カーの襲来』(斉藤倫)より


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M/OTHER 二万円で太陽を盗んで一口サイズに切り取り部屋の暖房器具にした男に対し、彼にも彼の生き方があると五万円の皮ジャンを我々に与えてこれで冬を越しなさいと言ったM/OTHER、我々が寒い思いをするのは彼を信じられなかった罰なのですね。
--------
『M/OTHER』(橘上)より


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あべのハルカスから見晴らす安倍の春か
アベ・マリーア、次の一行には
[何か赤いものについて40字以内で記述しなさい]

今更だけど平和よりも憲法よりも詩の出来栄えの方がずっと大切
でもそこへ虫喰い穴から尺取りながら
愛が頭を突っ込むので話はややっこしくなっちまう

コンピュータはすべてを見切った挙げ句に猫の顔の幻を吐き出したそうだが
もしもかつて書かれた詩がこの世のサムネイルだとしたら
その集積からどんな残像が生まれるだろう
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『白球の軌道』(四元康祐)より


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界隈のひらいたところから
はしりだしたぬるい水
一幕ひとまくに目くばせの式目が
みちゆきを彩る
血で血をあらうゆたかさ
花房のゆたかさ
大阪らんちうのしわざでございます
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『大阪らんちう』(高塚謙太郎)より


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魚がじっとこちらを見ている。なんだか魚らしくない目でこちらを見ている。この魚、ヒトのような目つきをしているな。気のせいかすこし私に似ている。石組みの上に腰かけて休みながら魚を見た。地方都市の小さな植物園のなかのさらに小さな池のなかに名も知られずに一匹で棲んでいる魚の気持ちを考える。私にとてもよく似た魚。また魚と目が合う。
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『熱帯植物園』(西元直子)より


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やみのせまるなか雨が降りどこかでけものがひとつ鳴く
いつか豆腐みたいに白いマンションに暮らしてみたい
ひとりでもひとりでなくても ただしく折畳まれたい
かどのとれた佇まいですごす おだやかなゆうぐれ
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『ゆうぐれ』(タケイ・リエ)より


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骨に願いをぶら下げてしあわせになりましょう。光の速さで絡まってわたしの枕で眠った人よ、あなたはずっと毛布でいてください。それはライナスの毛布、枕を持って立ちすくむわたしは片頭痛のルーシー。谷底の暗渠はいつかカタコンベ、猶予をくださいモラトリアム、失言の湿原が広がってもいつだってどこだって寝られるのが特技です。早くいらっしゃい、テンピュールが砕けて真砂になる前に。激しい水圧でジョーゼットのスカートが吹き返されて所謂デフォルトの状態になり、ナオハルが口を滑らせなくてもパルテノン神殿は人々の縊、細かな花弁、内呼吸、行方知れずの白い封筒、眠る前の儀式
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『エルゴノミクス/嚮後』(紺野とも)より



『妖怪探偵・百目3  百鬼の楽師』(上田早夕里) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

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すべてを観測する者。すべてを記録する者。すべてのつながりを知っている唯一の妖怪。(中略)
 過去、現在、未来。人間、妖怪、この世とあの世。人の外側と心の中。
 百目はどんな現場にも出現し、百の眼であらゆる事柄を見通してしまう。
 すべてを調べ、記録し、自分の中で永遠に保存する。
 それが妖怪探偵だ。
 神にも近い存在なのだ。
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Kindle版No.1351


 人間と妖怪が危うい均衡を保ちつつ共存している「真朱の街」に迫り来る最大の脅威。人も、妖怪も、それぞれの思惑と覚悟を胸に、ついに姿を表した〈濁〉と対峙する。短篇『真朱の街』を構想新たに発展させた連作シリーズ完結篇。文庫版(光文社)出版は2015年11月、Kindle版配信は2015年11月です。


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「人間なら誰でも憎悪の感情を持っている。同胞を憎み、運命を憎み、世界を憎む心を。それは自己保存のための本能だ。おまえだけが、そういう感情と無縁でいられるはずがない。おれはおまえの中 にある、その最も醜い部分が欲しい」
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Kindle版No.2428

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「人間という存在は……唯一、自分で自分の在り方を否定できる生き物なんだよ。妖怪には想像もつかないだろう。自分自身の意思によって、自滅の道を選べる生き物がいるなんてことは。私はこの呪文によって自分自身を憎んでやまなかった自分の心を祓う。そして諸共におまえを滅ぼす」
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Kindle版No.3065


 軌道上の太陽発電衛星から、再生医療や遺伝子工学、人工知能に至るまで高度なテクノロジーが実用化されており、その一方で妖怪に対抗するための陰陽道や呪術もまた普及しているという、いかにも「異形コレクション」を源流とする歪な世界にある「真朱の街」、妖怪と人間が打算と駆け引きによって共存している街。

 この街で探偵業を営んでいる絶世の美女妖怪・百目と、彼女に寿命を吸われつつ文字通り命を削って働いている助手の相良邦雄。二人は今日も怪事件に挑んだり、挑まなかったり。

 という、のんびりした雰囲気を吹き飛ばすように、ついに姿を表した大妖怪〈濁〉。あらゆる妖怪を、そして人の悪意や憎悪の念を、次々と吸収しては果てしなく成長してゆく敵、倒せない敵。


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「力の問題ではないんです。〈濁〉は播磨との関わりによって育った妖怪です。だから、呪術的な意味において、あれを倒せるのは播磨だけです」
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Kindle版No.2175


 警察組織の中で矛盾と葛藤に苦しむ刑事、忌島。妖怪と人間、自分はどちらの味方をすべきなのか。禍々しい力を持つ呪われた銃を手に、彼は自らの運命に立ち向かってゆく。


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誰かを傷つけて勝つぐらいなら、誰かを守って負けるほうがいいと思った。人としての誇りを胸に抱いて負けるのだ――と。
(中略)
「――絶望することには慣れている」忌島は苦痛に脂汗を流しつつも、にやりと笑った。
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Kindle版No.451、2547


 命を捨てる覚悟を決めた相良は、百目に別れを告げることに。


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人間の人間性を嗤い、人間をおちょくり、血と寿命を吸うのが妖怪じゃないんですか。僕は百目さんに、どんなときでも人間の営みを嗤う妖怪でいて欲しい。同胞である妖怪すら嗤う者でいて欲しい。
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Kindle版No.1207


 交差するそれぞれの思惑。自分は何を守りたいのか。自分はどのような存在であるのか、ありたいのか。悩み迷い苦しむ人間たち、そして別に悩まない妖怪たち。


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「おれも百目も妖怪だ。だから、妖怪としての立場しか取りようがない。いっぽう、播磨は人間の都合しか考えていない。あいつにも迷いはないだろう。だが、忌島さんやあんたは違う。真ん中を行く人だ。忌島さんは組織の中でそれをやろうとしている。あんたは個人としてやればいい」
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Kindle版No.1434


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「私たちは、妖怪のやり方で〈濁〉と対峙しましょう。人間みたいに深刻に闘う必要はないわ。楽しくやればいいのよ」
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Kindle版No.2216


 そして、捨て身の戦いに挑む陰陽師、播磨。


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「ずいぶん力を使ってしまった。もう、あまり余裕がない。一発勝負で決める。百目とも話したが、外にいる妖怪たちによろしく伝えてくれ」
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Kindle版No.2917


 というわけで、物語は大団円を迎えてきれいに終わります。正直、探偵業の日常篇をもう少し長く書いて欲しかったという気もしますが、当初からの予定通りとのことなので仕方ありません。


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