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『楽園炎上』(ロバート・チャールズ・ウィルスン、茂木健:翻訳) [読書(SF)]

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「だって本当なんだもの。真実を知るほうが、愚者の楽園で生きるよりずっとましだわ。あなたもこれを、信条にしてきたんじゃない?」
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Kindle版No.6206


 人類が平和と繁栄を謳歌した20世紀。だが、それは偽りの楽園だった。地球を包み込む巨大な異星生命体「ハイパーコロニー」によって、すべての通信は監視され、人類を操るために改竄されていたのだ。しかも社会には「シム」と呼ばれる擬態人間が紛れ込んでおり、真実に気づいた者を情け容赦なく抹殺してしまう。たまたまシムの襲撃を生き延びた少女キャシーは、恐怖と猜疑に満ちた逃避行を繰り広げることになったが……。現代を舞台に「空飛ぶ円盤」と「黒服の男たち」が暗躍するパラノイアSF。文庫版(東京創元社)出版は2015年8月、Kindle版配信は2015年8月です。


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世界は日々少しずつ前進し、少しずつ豊かになっていた。ところが両親の死によって、キャシーは否応なく真実を知ることになった。巨大な見えざる手が人類の歴史を操作しており、その手は慈愛に満ちているようだが実は冷酷で、時として残虐非道なことを平然とやっていたのだ。
(中略)
 この夜空の下に散在する小さな町にかぎらず、もっと大きな都会でも、黄色い光が灯った窓のなかでくつろぐすべての人は、この世は健全かつ平和であると信じ、露ほどの疑問も感じていなかった。かれらの愚かさを嘲笑するのは容易であろう。でもキャシーは、自分もかれらの一員だった日々をよく憶えていた。休戦記念日の彼女は、アメリカ国旗と国際連盟の旗に向かって無邪気に敬礼し、これら二本の旗が象徴する百年の平和、および全世界に着々と広がってゆく自由と繁栄を誇らしく感じた。本当にそうだったらどんなによかったろうと、未だに思うくらいだ。
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Kindle版No.586、922


 この世界は「宇宙人」に操られている。すべての情報は「空飛ぶ円盤」によって上空から監視され、私たちを洗脳するために歪められているのだ。真実を知った人間は「黒服の男たち」に沈黙を強いられ、あるいは殺される。やつらは人間そっくりに擬態して私たちの中に紛れ込んでおり、誰がそうであるか分からない。誰も信用できない。

 古めかしいアイデアを今風にアレンジして見せる名人、ロバート・チャールズ・ウィルスンが、前述のようなパラノイア系「円盤妄想」を使って書いてみせたのが本作。現代の侵略SFです。

 ただし、本作で地球を侵略するエイリアン「ハイパーコロニー」には、別に悪意があるわけでもなく、それを言うならそもそも自意識すら持たず、ただただ繁殖のために「文明」を利用しているだけ。人類への干渉も、確率統計的アルゴリズムに従って記号操作しているだけで、そこには理解も、意図も、感情も、何一つ存在しない。その薄気味悪さ。


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蟻塚は、どうやれば自分が蟻塚になれるか知っており、働き蟻を増やしつつ女王蟻をどう飼養すべきか知っている。だが実際は、なにも考えていない。知識のようにみえるものは、複雑な生活環境に適応し、化学的に作り出された法則をなぞってゆくだけの単なる手順だ。ハイパーコロニーにも同じことがいえる。
(中略)
ハイパーコロニーに自意識などなく、したがって周囲の状況もまったく理解できない。一本のニンジンが、有機農法の概念はおろか赤という色すら認識できないのと同じことだ。ハイパーコロニーは単に生きて成長するだけであり、そのために入手可能な資源、すなわち星間ガスや太陽光線、岩のかけら、あるいはなんらかの生命体をひたすら摂取してゆく。神に匹敵するほど強大な力をもっているのだが、より正確には昆虫の神と呼ぶべきで――知性を欠いているぶん、たいへんな危険を秘めているのかもしれない。
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Kindle版No.2274、2952


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ハイパーコロニーの最大の特徴は、無数の小球体を統御して電気信号を巧みに操作できる技術力と、人間の行動を模倣する特異な能力にあった。心などもっていないくせに、ハイパーコロニーはウィンストン・ベイリスのような化け物を易々と作り出し、人間社会に送りこんだ。当然、ベイリスが自分のことを〈わたし〉と呼ぶとき、この一人称は意味のない雑音にすぎなかった。シムのなかに、〈わたし〉は 存在しないからだ。この化け物に中身はなかった。あるのは非情な計算と、それに基づく機械的な行動だけだった。
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Kindle版No.1437


 ハイパーコロニーやシムの存在に気づいた人々が秘かに作り上げた連絡協議会。そのメンバーだった両親をシムに惨殺された少女、キャシーが主人公の一人となります。


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彼女は自分の胸中を絶対に明かさず、巧みに隠しとおすことができた。それは、連絡協議会員の子供たち全員に共通する特徴だった。真実を明かすことは許されず、なにを考えているか知られてはいけない。
(中略)
レーダーに引っかからない術を、キャシーは体得していた。教室では先生の質問に手をあげず、必要以上にほかの生徒たちと仲よくならず、真面目に勉強はするけれど、目立つほどいい成績をとらないよう適当に加減した。
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Kindle版No.278、284


 ある真夜中、キャシーに近づいてきた黒服の男が、たまたま自動車事故で死んでしまうところから物語はスタートします。事故現場に残されていたのは、緑色の体液でした。


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出血がひどかった。そこらじゅう血だらけだった。しかし、流れているのは血だけではなかった。血液とはまったく違うなにか――ねっとりした緑色の液体――も大量に流出しており、夜の寒さのなかで湯気をあげていた。
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Kindle版No.153


 シムによる襲撃の再開。生き延びるために、弟を連れて伯母の家を脱出するキャシー。しかし、それは何という過酷な逃避行でしょう。知り合いに電話することも出来ず、見聞きする情報はすべて「敵」によって操作されている。あらゆることを疑ってかからなければならないのです。


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どんなに些細な用件であっても、今このアパートの電話機から信号を発するだけで、連絡協議会の人びとが超高度群体(ハイパーコロニー)と呼ぶものに感知されてしまうだろう。空の彼方の闇に潜むそれは、心も知能も有していないようだったが、すべてを厳重に監視していた。そしてなにか嗅ぎつければ、ただちに行動を起こす。
(中略)
伯母がなぜテレビとラジオを信用しないのか、やっと得心した。スピーカーや画面から出てくるすべての情報は、色づけされ、ゆがめられ、じわじわと心を蝕む嘘だったのである。
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Kindle版No.215、839


 さらにパラノイアを駆り立てるのは、旅先で出会う人すべてが、人間に擬態したシムの可能性があるという事実。誰も信用できません。


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「わたし、すべてのシムは人を殺すという目的のためだけに作られ、目的を果たしたあとは砂みたいに崩れ落ちて、風に吹き飛ばされてしまうのかと思ってた。だけど彼女の話が本当であるなら、シムは誰にも気づかれることなく、何年ものあいだ人間のふりをしていられるわけよね。ということは、誰がシムであってもおかしくないわけだ」
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Kindle版No.2698


 一方、キャシーの行方を探す伯父と伯母の元には、謎のシムが現れて、衝撃的なことを告げます。自分たちはハイパーコロニーと敵対する勢力の一員であり、あなた方の味方だ、というのです。


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「ほかのすべての生き物と同様、ハイパーコロニーも不滅ではありません。病気に罹ることがあれば、喰われてしまうこともある。わたしは、ハイパーコロニーに侵入したものの、なかなか支配できず苦戦している寄生ネットワークの一部なのです。(中略)わたしもその一部である有機体は、ハイパーコロニーに侵襲し、かれらの生殖機能を乗っ取りました。(中略)遅かれ早かれ、勝敗の帰趨は決するでしょう。敵の陣営は、わたしたちを攻撃する武器として、連絡協議会の関係者を利用しようと企んでいます」
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Kindle版No.741、1525、1531


 君たちは知らず知らずのうちにハイパーコロニーに利用されている。私たちと手を組め。そうすれば、ハイパーコロニーそのものを破壊することが出来る。信じられるでしょうか。仮に信用したとしても、その提案を受け入れることが、果たして人類のためになるのでしょうか。


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人間社会を自分たちの繁殖のため利用してきたハイパーコロニーが、謎の敵から攻撃を受けている。攻める側も守る側も、戦いを有利に進めるため、人間を操ろうとしている。
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Kindle版No.4857


 ハイパーコロニーもその寄生体も人類そのものには興味がなく、ただ繁殖のため、あるいは相手の繁殖を阻止するために、人類の介在を必要としているらしい。疑心暗鬼に陥った登場人物たちは、まるで吸いよせられるように、チリの砂漠へ、そしてそこにある謎の施設(要は「宇宙人の秘密基地」)へと集まってゆくのでした。そこで彼らを待っているものとは。

 というわけで、「空飛ぶ円盤」と「黒服の男たち」をめぐるパラノイアと、『盗まれた町』『ゼイリブ』『遊星からの物体X』などの要素(メンバーに紛れ込んだシムがいないか確認するために血液テストをやるとか)を元にして、自意識を持たない蟻塚型のネットワーク知性体、哲学的ゾンビ(正確には行動的ゾンビ)、歴史改変、など現代SFの人気テーマをからめ、ハリウッド風のアクションを詰め込んだ、“狙ったB級”SFというべき長編。

 好みは分かれるでしょうが、個人的には悪くないというか、むしろ『時間封鎖』よりも面白いと思いました。


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