SSブログ

『すごいぞ! 身のまわりの表面科学 ツルツル、ピカピカ、ザラザラの不思議』(日本表面科学会) [読書(サイエンス)]

--------
表面で起こる現象を調べるのは非常に難しいことでした。1945年にノーベル物理学賞を受賞したパウリは、「固体は神が創りたもうたが、表面は悪魔が創った」と言い放っているほどです。(中略)本当の表面の姿を調べることができないまま、表面科学の研究者は長い間悪魔と格闘してきたのです。
(中略)
 しかし、先人の努力によって電子顕微鏡、走査型トンネル顕微鏡、放射光という超強力X線、など次々に新しい観察手段が開発され、表面で起きている現象をまさに「手に取るように」見ることができるようになったのです。
--------
Kindle版No.12、18、21

 物体の表面、界面で起きている現象を研究する表面科学と、その成果を応用した身の回りにある様々な製品について解説するサイエンス本。ブルーバックス新書版(講談社)出版は2015年10月、Kindle版配信は2015年10月です。


--------
表面や界面を制御して新しいサイエンスの花が咲き、その果実を商品化してスマートフォンや健康センサーなど、より便利で快適な暮らしが実現しています。その様子を本書では分かりやすく解説しています。
--------
Kindle版No.24


 表面科学とその応用について幅広く紹介してくれる一冊です。全体は6つの章から構成されています。

 「第1章 日常生活の表面科学」では、洗剤、消臭剤、接着剤、化粧品など非常に身近なものから、鏡の曇り防止加工、無反射フィルム、撥水スプレーまで、様々な製品がどのように機能しているのかを解説しつつ、表面科学の基礎を紹介します。

 「第2章 動物・植物の表面科学」では、生物が持っている機能を真似て開発された技術(生物模倣技術)に、表面科学がどのように活かされているかを紹介します。ハスの葉の超撥水性、カタツムリの殻の超親水性、ゴミムシダマシの水捕集、トンボの翅の構造、モルフォチョウの発色、サメの楯鱗の整流効果、ヤモリの足裏の粘着効果、蛾の目(モスアイ)構造、など。

 「第3章 人間・健康の表面科学」では、皮膚、髪、歯、細胞膜、神経、タンパク質など、医学や生理学の話題から始まって、コンクトレンズ、人工関節、ドラッグデリバリーシステムなど医療技術に使われている表面科学が紹介されます。

 「第4章 摩擦の表面科学」では、トライボロジー(摩擦学)が紹介されます。ナノテクノロジーが扱う分子・原子レベルの現象から、生物体内、自動車のエンジン、巨大地震における断層すべりの摩擦、さらには天体衝突における摩擦まで、様々なスケールで現れる「摩擦」。これまでに得られた知見を整理しながら、今だに謎が多い摩擦の謎を探ってゆきます。

 「第5章 環境・エネルギーの表面科学」では、排気ガス処理、環境浄化型の光触媒、半導体光触媒、燃料電池、太陽電池、リチウムイオン電池など環境まわりの最先端技術を紹介しなから、そこに用いられている「触媒」がどのように機能しているかを解説します。
 「第6章 最先端ナノテクノロジーの表面科学」では、半導体デバイスにおける微細加工技術、撮像素子、FETバイオセンサ、磁気センサから、カーボンナノチューブ配線、アトムトランジスタ、半導体ナノロッド、グラフェントランジスタまで、ナノテクノロジーにおける表面科学を解説します。

 個人的に驚いたのは、グラフェン(鉛筆の芯を分子サイズまで薄くしたもの)まわりの話題。グラフェンで作ったトランジスタは、シリコントランジスタの100倍以上の高速で動作するというのです。


--------
彼らはこのグラフェンに3つの電極を付けてトランジスタを作製し、従来のシリコンで作ったトランジスタよりも100倍以上の高速で動作するという驚くべき研究結果を報告しました。これらの研究業績により彼らは2010年のノーベル物理学賞を受賞しました。
 では、なぜグラフェンを用いたトランジスタが高速で動作するのでしょうか?(中略)実はグラフェン中では電子はあたかも質量がゼロのように振る舞い、それゆえにグラフェン中の移動度は非常に高いのです。この電子の振る舞いは、正確には、特殊相対性理論と量子力学が融合した相対論的量子力学により説明されます。
(中略)
グラフェンの物理には、同じく相対論的量子力学を母胎とする素粒子物理と多くの共通点があります。たとえば、ヒッグス場で起こる質量獲得機構と同様のことが、グラフェンが撓むと起こることが理論的に予測されています。このように、グラフェンは物性物理学や電子工学の分野だけでなく、低エネルギー近似の素粒子物理学(お金のかからない“テーブルトップの加速器実験”)へ広がりを見せています。
--------
Kindle版No.1984、2002


 グラフェンのような普通の物質の表面で、相対論的量子力学を使わないと説明できない現象が起きるとか、それが超高速トランジスタに使えるとか、さらには「テーブルトップ加速器実験」として応用できそうだとか、いちいち凄い。物質の「表面」で起きる現象の奥深さを垣間見る衝撃です。タイトルの「すごいぞ!」にも納得。


--------
表面科学が決して「表面的な(?)科学」ではないことを理解していただけると思います。
--------
Kindle版No.39


 というわけで、決して「表面的」でない表面科学の奥深さと応用範囲の広さをしみじみと思い知らされる本です。サイエンスというよりテクノロジー寄りなので、分野を問わず様々な最新技術に興味がある方にお勧めです。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: