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『明滅』(小田雅久仁) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

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 最初、私はその姿のどこが異様であるのかはっきりとつかめなかった。が、いったん気づいてしまえばそれはあまりにも明白で、しかも慄然とするほど奇怪だった。原っぱが照らし出される一瞬間は確かに酒井はそこに見えるのだが、闇に包まれる一瞬間は跡形もなく消えてしまうのだ。
(中略)
酒井とは逆に、私は蛍が輝く一瞬間、完全に姿を失っていた。つまり酒井は光のなかだけにおり、私は闇のなかだけにいた。私たちは交互に訪れる光と闇の二つの世界に引き裂かれ、存在の根底からすれ違っていた。
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Kindle版No.499

 いじめにあっている友人を見捨ててしまった過去を恥じる語り手。30年後、光と闇を引き裂く蛍の明滅のなかに、切ない幻影を見る。『増大派に告ぐ』『本にだって雄と雌があります』の著者による「「いじめ」をめぐる物語」。Kindle版(朝日新聞出版)の配信は2015年11月です。


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誰かが何かをすべきだったとしたら、酒井ともっとも仲がよく、あの時もっとも近くに立っていた私だったろう。非暴力を貫く平和主義者としてではなく、友を気づかうふりをすることで自らを慰撫するただの狡猾な臆病者として、私は酒井に「大丈夫?」と尋ねたのだ。
 残された私たち五人は、恥辱に隔てられた心をそれぞれに抱え、発すべきだった数々の言葉を呑みこんだまま、しばし無言で重い深い暗闇に沈んでいた。
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Kindle版No.289


 単行本『「いじめ」をめぐる物語』(朝日新聞出版)に収録された短篇を、電子書籍として個別に配信したものです。

 かつて、いじめられている友人から距離を置き、傍観者として振る舞った自分を恥じている語り手。それから30年の歳月が流れ、再びあの場所を訪れることになる。いじめが始まり、そして終わった場所。大量のホタルが同期して明滅する、あの草原に。

 人間関係に亀裂が入り、あるべき世界からはみ出してしまう瞬間。それをホタルの明滅に重ねるようにして、幻想味豊かに描く短篇。『11階』『廃り』『長城』などの中短篇と同じテイストを感じさせます。ダークファンタジー要素は薄めですが、切ない後味を残す短篇です。


タグ:小田雅久仁
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