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『母になる、石の礫で』(倉田タカシ) [読書(SF)]

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神の域と問われればまだ人間もう人間じゃない3Dプリンタ
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『供花巡礼』(木戸多美子)より

 地球から逃れてきた反逆者たち=「始祖」が小惑星帯に築いたコロニー。それはあらゆるものを出力できる万能3Dプリンタ=「母」に依存していた。「母」から出力された子供たちがコロニーを離脱し、自分たちの「巣」に引きこもってから7年、ついに地球が小惑星帯への侵攻を開始する。ネグレクトされた子供たちが苦闘するニュースペースオペラ。もしくはスペース食べ超。単行本(早川書房)出版は2015年3月、Kindle版配信は2015年6月です。


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 その昔、『3Dプリンタ』と呼ばれていたものがあった。こいつらはほとんどが単一素材の単面積層で、プロトタイプに毛の生えたぐらいなやつしか出力できない、ショボい玩具だ。おれたちがここに持ってきたプリンタ、おまえたちにとっての『母』は、これの直接の子孫じゃあない。
(中略)
 プリンタは文明に寄りかからなけりゃ成立できないものだった。しかるべきインフラがなけりゃ、ユーザは求めるものを得られない。荒野にぽつんとプリンタがあるだけじゃ、なんにも産ませることができない。そんなのは〈母〉じゃないとおまえらはいうだろう。ああ、そうだ。それはまだ母と呼べるようなもんじゃなかった。
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Kindle版No.851、952


 建物、家具、ツール、食糧、さらには自らの身体に至るまで、環境すべてが「母」と呼ばれる万能3Dプリンタから出力される時代。地球から逃れてきた「始祖」たちが小惑星帯に築いたコロニーで生まれた(出力された)四人の子供たちが主役。

 ネグレクトされ、それぞれに心に傷を追った四人は、一緒にコロニーを離脱。自分たちだけの「巣」を構築して(出力して)、そこに引きこもって生活していた。

 それから7年、ついに地球から小惑星帯への侵攻が開始される。送り込まれる超巨大な「母」。驚異的なスピードで進む環境改変。物理現実を瞬時かつ連続的に上書きしてしまうような圧倒的パワー。


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 思えば、ずっと計画域ばかりを眺めて過ごしてきた。そのなかで、現実化する見込みのない構想を延々と組み立てては壊してきた。
 いまそこへ現実の物体が押し入り、無言の威嚇を放っている。数千の異物が、一刻の猶予も許さず決断をせまっている。大きな黒い指にむりやり瞼をこじあけられたような、望まぬ覚醒の不快と恐怖。
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Kindle版No.533


 どうすればいいのか。「始祖」のコロニーに戻り協力して戦うのか、それとも始祖たちの資源をぶんどって自分たちだけ逃げるのか。それぞれに意見が対立するなか、子供たちはとりあえず始祖のコロニーにコンタクトを取ろうとするが……。


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「だからさ、いっきに攻撃して、制圧して、欲しいもの持って帰ればいいんだよ」と針。
「全部めちゃくちゃに壊しちゃうでしょ、あんたに好き勝手やらせたら」 霧がもっともなことをいう。
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Kindle版No.569


 いがみ合っていた二つの反乱勢力が、主導権争いを続けながらも反撃開始。包囲殲滅される前に、敵に接収された宇宙船を奪還し外惑星に向かうしか生き延びる手はない。だが始祖たちは無力化され、地球の圧倒的なオーバーテクノロジーと物量攻撃を前に、子供たちは自分たちの手で運命を切り開かなければならなかった……。

 というような話の展開(大筋ほんとです)は古めかしいスペースオペラなんですが、とにかく様々な奇天烈アイデアが次から次へと惜しげもなくぶち込まれ、しかも登場人物たちが極端な性格ということもあって、かなり異様なテンションになっています。

 例えば、始祖たちの会話。


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「ここまでは人類史の序章にすぎん、人間が自分自身の形を自由につくれるようになってからが本当の歴史の始まりなんだ」(中略)
「重力波で喋るのはどうだ? 体内に特異点を持てばいい」
「余剰次元に名前を刻め!」
「どんな形であれ、名乗りの必要はない。存在そのものによって証されるはずだ」
「跳躍だ! かならず規範の外で考えろ!」(中略)
「ビッグバンの針穴を抜ける準備はもう出来てるぞ! 百億年を早回ししろ!」
「物理定数をいじれるようになってからが本番だ!」
「光円錐の外で踊れ!」
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Kindle版No.1427、1433、1451


 それぞれセリフの先頭に、箱[いぬ いぬ]アイコン、を付けたくなるような、無駄にテンションの高いタイムライン。方向性は違うものの、似たようなテンションを感じる地球側の行動。


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 母星の母が出力しているのは、完全な無だった。
 だが、そうでありながら、そこにはまぎれもない創造が、現出があった。魅入られずにはいられない、強大な実現の力。現実を一瞬のうちに作り変える、完全な母の力。
 この最果てで暮らし続けた俺たちが、始祖たちが、ついに手にすることのかなわなかった力が、ここで惜しみなく行使されていた。完全な意志の欠如が、その力を完全な無にむけて解き放っていた。
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Kindle版No.3215


 完全な意志の欠如が、その力を完全な無に向けて解き放つのだった。畏怖すべきシーンなのか、笑うべきシーンなのか、ちょっと迷ってしまいます。

 ネグレクトされた子供たちが、社会性の回復を求め、苦闘するというプロットはシリアスだし、文章も真面目なんですが、どうもこう、実はスペース「食べ超」ではないか、という気がしてなりません。先入観ってこわい。

「自身よりも進化した3Dプリンタを出力する3Dプリンタを産みたいっす」
「究極の3Dプリンタは、完全な“無”を出力するのよ」
「物理定数をいじくれるようになってからが本番ね」
「出力された社員はみんなわが社のビジョンの担い手なのだ、ふふふ」
「製造物責任が……」
3Dプリンタ分娩は自己責任で。次回は「星雲賞」です。


参考:IT用語解説系マンガ「食べ超」
http://www.atmarkit.co.jp/ait/kw/tabetyou.html


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