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『街角の書店 18の奇妙な物語』(中村融:編) [読書(SF)]

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 こうして集めた18篇。内訳は本邦初訳7篇、雑誌やアンソロジーにいちど載ったきりの作品が9篇、アンソロジーの定番的な作品だが、現在では入手しにくい作品が2篇である。
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文庫版p.386、387

 S.ジャクスン、K.ウィルヘルム、F.ブラウン、J.ヴァンス、R.ゼラズニイ、F.ライバー、H.ハリスン。短篇小説の名手たちが紡ぎ出すユーモアと恐怖。本邦初訳7篇を含む入手困難作を集めた「奇妙な味」短篇アンソロジー。文庫版(東京創元社)出版は2015年5月です。

 目次を見ただけで震えが走ります。執筆者が豪華というだけでなく、一度も読んだことのない珍しい作品ばかりが揃っていて、しかもテーマは「奇妙な味」。これはもう、何かと引き替えに何かヤバい取引に応じてしまったのではないか、と不安に駆られるような夢のアンソロジー。

[収録作品]

『肥満翼賛クラブ』(ジョン・アンソニー・ウェスト)
『ディケンズを愛した男』(イーヴリン・ウォー)
『お告げ』(シャーリイ・ジャクスン)
『アルフレッドの方舟』(ジャック・ヴァンス)
『おもちゃ』(ハーヴィー・ジェイコブズ)
『赤い心臓と青い薔薇』(ミルドレッド・クリンガーマン)
『姉の夫』(ロナルド・ダンカン)
『遭遇』(ケイト・ウィルヘルム)
『ナックルズ』(カート・クラーク)
『試金石』(テリー・カー)
『お隣の男の子』(チャド・オリヴァー)
『古屋敷』(フレドリック・ブラウン)
『M街七番地の出来事』(ジョン・スタインベック)
『ボルジアの手』(ロジャー・ゼラズニイ)
『アダムズ氏の邪悪の園』(フリッツ・ライバー)
『大瀑布』(ハリー・ハリスン)
『旅の途中で』(ブリット・シュヴァイツァー)
『街角の書店』(ネルスン・ボンド)


『肥満翼賛クラブ』(ジョン・アンソニー・ウェスト)
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 拍手はなく、いつもと違ってやんやの喝采もありません。畏敬の念にあふれる沈黙だけがスタジアムに満ちていました。出場したどの奥さまも、その瞬間、かすかな希望が永遠に砕かれてしまったのを悟ったことでしょう。夢にも思わなかったようなもの、大胆不敵な白昼夢にも登場したことのないようなものが、そこにあったのです。
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文庫版p.21

 徹底した高カロリー摂取と厳しい運動制限により夫を家畜として果てしなく太らせ、その体重を競うコンテストに熱中する奥方たち。だが今年は様子が違った。驚異の新人が現れたのだ。肥満を扱った風刺短篇ですが、その容赦ないブラックさは凄い。


『お告げ』(シャーリイ・ジャクスン)
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ああ、なんとか決心できさえしたら、もしもだれかが、なにかが、なんらかの方法で、わたしに進むべき道、なすべきことを教えてくれさえしたら。私にかわって決断し、お告げを告げてくれさえしたら。
 こういった考えかたは、言うまでもなく、なにより危険な思考法である。
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文庫版p.65

 バスの座席にうっかり買い物メモを落としてしまったおばあちゃん。その席に座った悩める若い女性。メモを見つけた彼女は、これこそが「お告げ」だと思い、その通りに行動しようと決意する。シャーリイ・ジャクスン(怖くない方)の見事なユーモア短篇。


『アルフレッドの方舟』(ジャック・ヴァンス)
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「勇気じゃないよ、ベン。溺れたくないんだよ。あんた方のなかにわたしに賛成する臆病者がいなくて残念だ」
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文庫版p.92

 再び大洪水がやってくるという「聖書の予言」を読み解いた男が、嘲笑や忠告にも関わらず全財産をなげうって方舟を作り始める。やがて本当に嵐がやってくると、笑っていた人々も焦り始めるが……。終末予言やカルトに振り回される私たちの心理を容赦なく突いてくる風刺短篇。


『姉の夫』(ロナルド・ダンカン)
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毎晩つづく空襲が、人々にもう時間がないと刹那的な気持にさせる。自暴自棄はしばしば欲望を暴走させる。ときとして欲望は、絶望をきわだたせることになる。
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文庫版p.159

 舞台は戦時中の英国。軍役から一時帰郷した弟は、姉に友人を紹介する。次第に深い関係になってゆく姉と友人、二人を見守る弟。やがて彼らは結婚することになるが……。幽霊譚かと思わせておいて、サイコホラーへと持って行く手際が鮮やかな怪奇小説。


『遭遇』(ケイト・ウィルヘルム)
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あなたはもうドアを閉めることはできない。わたしはここにいる。あなたはようやくわたしを見た。ちゃんと見た。だから、わたしは現実の存在となった。二度と消えない。
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文庫版p.209

 吹雪のためバス待合室に閉じ込められ、一夜を共に過ごすことになった男女。息詰まるような密室心理劇は、次第に超自然的様相を帯びてゆく。緊迫感あふれる描写と大胆な文章技法が素晴らしく効果的に使われており、個人的には、収録作品中で最も感銘を受けた作品。


『M街七番地の出来事』(ジョン・スタインベック)
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ぼくがガムを噛んでるんじゃない----ガムがぼくを噛んでるんだ
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文庫版p.287

 パリの屋敷に住む一家を襲う、恐怖のモンスター。捨てても、切り刻んでも、燃やしても、すぐに復活してはぷぅと膨れて偽足を伸ばして追いかけてくる、風船ガム。何という恐ろしい「アメリカ産の物質」であることか。思わず吹き出してしまう怪物小説。誰だよこんな馬鹿な話書いたの。スタインベック、って、えっ、あの、スタインベック?


『アダムズ氏の邪悪の園』(フリッツ・ライバー)
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 ここは自分にとって世界が完璧である場所だ、と何度めになるのかわからないが、彼はつくづく思った。女たちが権利と考えと欲望をそなえた、大きくてわずらわしい、弾力のある生身のものではなく、彼女らを興味深くする程度の意識と限られた命をそなえた、か弱い花である場所。
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文庫版p.320

 女性を「摘み取って」は秘密の花園に植え、無抵抗な「花」にしてその美しさを鑑賞したり、受粉させたりして楽しんでいる男。だが、自分より強い魔女に手を出したのはまずかった。ミソジニーをからかった1963年発表の短篇ですが、花園を「二次元」と読み替えれば今でもそのまま通じてしまうというのが悲しい。


『大瀑布』(ハリー・ハリスン)
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「あの上には、なにがあるんですか? 大瀑布の上、あの断崖の上には? あそこにも人が住んでいるんでしょうか? あそこには、われわれがまったく知らない、別世界があるんでしょうか?」
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文庫版p.353

 天空から降り注ぐような大瀑布。その上にある世界を見たものは誰もいない。しかし、そこからは様々なものが降ってくるのだ、大瀑布に流されて。二つの世界を繋ぐ途轍もない大瀑布が登場する印象的な短篇。


『旅の途中で』(ブリット・シュヴァイツァー)
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まもなく、歩きかけた姿勢で凍りついている男の姿が視界にはいってきた。わたしは安堵して声をかけたが、男は音も動きも返さなかった。その静止した姿にもっと目をこらすと、わたしは卒然と気づいた、それに頭がないことに。わたしは自分自身の体を見ていたのだ!
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文庫版p.360

 旅の途中で、強風にあおられて首を落としてしまった旅人。転がった頭は、何とかして首まで戻ろうと自分の身体を登り始めるが……。世にも奇妙な登山小説、だと思う。


『街角の書店』(ネルスン・ボンド)
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あちら側には完璧なものはありません。この書店のなかでだけ、小説と詩歌は、著者が夢見たとおりの高みに昇り、美しさと真実性をそなえるのです。
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文庫版p.379

 素晴らしい傑作、比類ない名作を書いていたはずなのに、出来上がった作品が、いつもいつも、いまひとつ、なのはなぜだろう。とある街角の書店には、書き上げたら「こうなるはずだった」作品が揃っていた。すべての著作者の夢をストレートに書いた(作家の)願望充足ファンタジー。



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