SSブログ

『狂気の科学 真面目な科学者たちの奇態な実験』(レト・U・シュナイダー、石浦章一・宮下悦子:翻訳) [読書(サイエンス)]

--------
苦心惨憺した実験も、結局は大きく二つに分かれる。研究者に生涯にわたって人々からの称賛をもたらす実験と、そのせいでいつまでも奇人変人扱いされる羽目になる実験である。科学の真の英雄は、この後者の実験にこそ見つかる。
--------
単行本p.180

 魂の重量測定、逆さ眼鏡の実験、スキナー箱、蜘蛛へのLSD投与、ミルグラムの服従実験、1ドル札オークション実験、スタンフォード監獄実験、MRI撮影下の性交実験。科学のフロンティアに果敢に挑んだことで、いつまでも奇人変人扱いされる羽目になった研究者たちは、いったいどんな実験を仕出かしたのか。単行本(東京化学同人)出版は2015年5月です。


--------
結婚生活を破綻させたり、研究者生命を絶つことになった実験、大ニュースになった実験、実際には行われなかったのに都市伝説の類になった実験など、さまざまなものに巡り合った。そして私は、最先端の研究を山ほど並べるより、ここに集めた珍しい話の数々のほうが、実は科学の本質を教えてくれるのかもしれないと思うようになった。
--------
「まえがき」より


 17世紀初頭から20世紀の終わりまで、400年の間に行われた奇妙な実験の数々を時系列に沿って並べた一冊です。心理学、医学、社会学、生物学などの分野が多いのですが、原子時計による相対論効果の検証実験や、楽器と列車を使ったドップラー効果測定など、物理学に属するものも一部含まれています。

 1600年から始まりますが、面白くなるのは19世紀から20世紀の初めにかけて行われた実験の数々。例えば、こんな感じ。

 ギロチンで切り落とされたばかりの死刑囚の首を犬の胴体につなげて生かし続けようとしたラボルドの実験。犬は眠らないと死ぬことを立証したマナシンの断眠実験。上下逆さまに見える眼鏡を長期間かけたまま生活したストラットンの逆さ眼鏡の実験。目撃者の証言がいかにあてにならないかを立証したベルリン大学の拳銃実験。

 パブロフの条件反射。計算が出来るという賢い馬ハンス。魂の重さが21グラムだという測定。無限に増殖を続ける不死化した細胞。チンパンジーは天井からぶら下がったバナナをどうやって取るか。

 実験が後世に残した影響や、その後の展開など、余談めいた情報も含まれていて、意外にこれが面白いのです。


--------
 人々の記憶は本質的に当てにならないものだという事実を最も端的に示したのは、例の拳銃実験についての説明である。1955年に出版されたある法心理学の教科書では、ベルリン大学での拳銃発射事件が、「ナイフによる模擬殺人事件」に変わってしまっていたのだ。
--------
単行本p.52

--------
 ロシアの医師イワン・ペトローヴィチ・パブロフは、珍しい記録の保持者である。彼が20世紀初頭にイヌで行った実験ほど、それにちなんだ名前をもつバンドが数多くある科学実験はほかにはない。
(中略)
 しかし、最も有名な科学者の一人として歴史に名を残したパブロフ自身とは違って、彼の名にちなんだバンドは、どれも全然人気が出なかった。
--------
単行本p.53、55

--------
 遺言で、ハンスはエルバーフェルトの町の実業家カール・クラルに譲られた。(中略)第一次世界大戦が勃発すると、カールの厩舎の馬はすべて、軍用馬として戦争に送られた。
--------
単行本p.62

--------
米国やヨーロッパの映画が日本で上映される前にキスシーンがカットされるのはなぜだろうと問いかけ、それは明らかに日本人が病気になりたくないと思っているからであり、とにかく少なくとも日本人はキスの習慣を学びたくはないのだと主張した。
--------
単行本p.76


 20世紀の中頃になると、人間性の限界を追求する実験、戦争に応用するための実験、社会問題を再現するための実験、などが増えてきます。だんだん不安が増してきます。

 自分の子供を猿と一緒に育てる実験。洞窟の中で生活してみる体内時計実験。栄養不足の影響を調べる断食実験。人工降雨実験。ゲーム理論の検証実験。弾道飛行による無重力実験。感覚遮断実験。犬の頭部を他の犬に移植する実験。サルの子供にとって母猿との接触がどれほど重要かを示した母親マシン実験。鏡を使った動物の自己認識実験。世界の誰もが平均6人の知り合いを介してつながっているというスモールワールド実験。

 悪名高い実験もこの時期に集中しています。闘牛の脳に電極を埋め込んでコントロールする実験。都市伝説化したサブリミナル効果実験。被験者の一人が後にテロリスト「ユナボマー」になったことで知られるマレーの屈辱実験。関係者すべてが口を閉ざしてしまったミルグラムの服従実験。大論争を引き起こしたローゼンハンの偽患者実験。映画にもなった衝撃的なスタンフォード監獄実験。

 個人的には、自分をキリストだと信じている患者三名を共同生活させた「三位一体」実験、LSDなどのドラッグを投与した蜘蛛がどのような巣を作るかを調べた実験、大勢の専門家を前に俳優がまったくデタラメな講演をしても誰一人見破ることが出来ないことを立証したウェアのでっち上げ実験、などに心ひかれるものを感じました。


--------
一つ、はっきりわかったのは、クモがつくる巣は、薬物乱用防止プログラムには全く役立たないどころか、むしろ有害だということだった。最も目茶苦茶な巣がつくられたのはカフェインが作用したときで、最も美しい巣はマリファナのときだった。そして、クモが最も完璧に整った規則的な巣をつくったのは、LSDを投与したときだったのである。
--------
単行本p.112

--------
今日でもこの実験は非常に有名で、たとえばルワンダ大虐殺やイラクでの拷問事件などのたび、新聞報道に繰返し登場する。フランスには「ミルグラム」という名のパンク・ロックバンドがあるし、ニューヨークのあるお笑いコンビは「スタンレー・ミルグラム実験」という名で活動している。スタンレー・ミルグラムはこの実験で世界的に有名になり、前途は閉ざされたのだった。
--------
単行本p.153

--------
 あるジャーナリストが、のちに『ロサンゼルス・タイムズ』にこう書いた。「(中略)もしも俳優のほうがよい教師になれるなら、よい警官、よい大統領にだってなれるだろう」。ウェアのでっち上げ実験の10年後、ロナルド・レーガンが大統領に選ばれた。
--------
単行本p.211


 20世紀後半になると、医学や心理学の過激な実験は次第に影をひそめ、人間の社会的行動(特に性行動)を調べる実験が多くなります。実験に関する倫理的な規制が厳しくなったせいかも知れません。あるいは性に関する規範がゆるやかになったせいかも知れません。

 1ドル札をオークションにかけて、20ドルもの高値で買い取らせることに成功した実験。いわゆる「吊り橋効果」の検証実験。露出度の高い美人が交差点を渡ったときドライバーにどのような心理的影響があるかを調べる実験。待合室の椅子に男性フェロモンを吹きかけてみる実験。様々な手口におけるナンパの成功率を検証した実験。

 自由意志の存在を否定するような結果が大議論となったリベットの実験。自分自身を実験台にしてピロリ菌を発見したマーシャルの胃潰瘍実験。MRI装置の内部で性交することでイグ・ノーベル賞に輝いた実験。


--------
心理学者のドナルド・G・ダットンは、日本人研究者が訪れると、必ずカピラノ吊り橋へと案内させられた。(中略)日本からの心理学者たちが橋を見たがるのはそのためではなく、ここでダットンとその同僚のアーサー・P・アロンが、「恋のややこしい生まれ方」を調べる有名な実験を行ったからなのである。
--------
単行本p.227

--------
この実験について妻に話したところ、抗生物質をのむか、それとも家を出て一人で暮らすか、二つに一つの厳しい選択を迫られてしまった。
--------
単行本p.259

--------
「MRI装置の中では女性よりも男性のほうが性行為に(勃起状態を維持するのに)苦労するとは、われわれは予測していなかった」
--------
単行本p.267


 というわけで、重要な実験、意味のよく分からない実験、薄気味悪い実験、サブカルや都市伝説に多大なる影響を与えてしまった実験、笑える変な実験など、様々な実験が紹介されており、とにかく読み物として面白い。

 有名な実験についても、意外に知らなかったり誤解していた(後から付け加えられた尾ひれや脚色を、事実だと信じていた)ケースも多く、色々と興味深く読みました。

 心理学や社会学の本には概要だけしか載っていない実験についても、経緯や手順を含め詳しく紹介されており、しかし数ページで終わるので退屈するほど長くはないという、ちょうどいい分量になっています。これさえあれば話題には困らない、という意味で実用性も高い一冊です。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: