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『短篇ベストコレクション 現代の小説2015』(日本文藝家協会) [読書(小説・詩)]

 2014年に小説誌に掲載された短篇から、日本文藝家協会が選んだ傑作を収録したアンソロジー。いわゆる中間小説を軸に、恋愛小説からSFまで幅広く収録されています。文庫版(徳間書店)出版は、2015年6月です。

[収録作品]

『流離人』(浅田次郎)
『夜の小人』(飛鳥井千砂)
『うそ』(井上荒野)
『正雄の秋』(奥田英朗)
『テンと月』(小池真理子)
『E高生の奇妙な日常』(田丸雅智)
『環刑錮』(酉島伝法)
『星球』(中澤日菜子)
『いらない人間』(中島たい子)
『床屋とプロゴルファー』(平岡陽明)
『代体』(山田宗樹)


『夜の小人』(飛鳥井千砂)
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 次の瞬間、僕の胸に気持ちのいい衝撃が下りてきた。小人だ、と思った。あの、「靴屋の小人」が現れたのだ。人々が寝静まった夜にこっそり現れた小人が、夜のうちに働いて、みんなを喜ばせるものを、見えないところで作り上げたのだ。
 小人になりたい、いや、なりたいじゃなくて、なろう。と、僕は強く思った。表舞台には出て来ない小人、でも人知れず人々に夢を見させる小人、なんてカッコいいんだろう。おじいさんになれなかったのなら、僕は小人になればいい、そう思った。
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文庫版p.65

 空港、遊園地、駅などのディスプレイを、利用客が見ていない夜間に、素早く交換する仕事。靴屋の小人のように「見えない」働きに誇りを持っている青年が、あるとき、公開イベントとして仕事ぶりを観客に見せてほしい、という依頼を受ける。いったんは断った青年だが、迷いが残り、依頼主の真意を確かめようとするが……。

 誰もが知っているが意識することはほとんどない、そんな裏方の職人を主人公とした爽やかな仕事小説。


『E高生の奇妙な日常』(田丸雅智)
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 その後ろの自転車は、高く持ち上がったあいつのサドルに寄りかかるようにして荷台の上に乗っていた。仲良さそうにペダルをうまく絡ませながら……。
 2人乗りだ!
 おれはすべてを理解した。あいつは今、自転車同士で2人乗り、いや、2台乗りをしてやがるんだ。知らない間に彼女を作りやがってなんてマセた自転車だと、おれは悔しさと嫉妬に駆られていた。しかも主人のおれを差し置いて2人乗りまで……。
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文庫版p.216

 自転車通学するすべての男子高校生の夢、それは彼女との2人乗りである。だが三年間のうちにその夢を果たす者のなんと希少なことか。ここに、とある忠犬ならぬ忠自転車ありて、E高校に通う主人のそんな夢をかなえてやろうと健気な努力をするのであった。でも、おい、恩返しにしても方向が完全に間違ってるだろ!

 無意味なまでの情熱と勢いだけで三年間突っ走り、大量の黒歴史を作り続ける男子高校生の日常をえがいたショートショート三編。題材は、それぞれ、恋愛、部活、勉学。何もかも青春で、駄目で、素敵。


『環刑錮』(酉島伝法)
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 赳志の斜め上に、真下に、左右に、前後に、それらの向こうに、そのまた向こうにも、環刑囚の氣配があった。
 千三百人余りの環刑囚が、第六終身刑務所と呼ばれる複合汚染された土壌の中を蠕進していた。広さ千平方米、深さ四十米に及ぶ地下一帯が、舎房であり作業房だった。
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文庫版p.262

 強制的に巨大ミミズに変容させられ、汚染土壌のなかをひたすら這い進む刑罰、環刑錮。多画数漢字と常軌逸ルビ、変態言語感覚で創られた異形世界を舞台に展開する、前代未聞の脱獄劇。そのあまりに独創的な才能と文章技でSF界隈を大騒ぎさせた著者、その作品がついに一般読者に読まれるときが来たかと思うと胸が熱くなります。じっくり読んで下さい。


『床屋とプロゴルファー』(平岡陽明)
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 ゴルフはイギリスで生まれ、アメリカで堕落し、日本で死んだスポーツだと言われている。僕もそのことは嫌というほど味わわされてきた。どの業界誌の記者も、自分が属する業界には多かれ少なかれ嫌気が差していることだろう。でも、とりわけゴルフ界はひどかったと思う。
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文庫版p.418

 うだつの上がらないプロゴルファーが、負ければゴルフからきっぱり足を洗うという覚悟で勝負に挑む。彼が抱えている弱点はメンタル面。だが、一人の床屋が彼に教える。どんな人生もあるがままに受け入れることの大切さを。

 ゴルフ界の内幕、仏教の教え。縁が薄そうな二つの要素を巧みに組み合わせて読者を感動させる手際が見事なスポーツ小説。


『代体』(山田宗樹)
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 代体を用いた治療法が普及して何年も経っている。おそらく、これまでにも同様のケースが何件も発生しているはずだ。いま彼が感じているであろう、出口のない世界に取り残された悲しみが、だれにも知られることなく、反復されてきているはずなのだ。
 今回は違う。事情はどうあれ、我々は知ってしまったのだから。なのに、このまま目をつむり、耳を塞いでしまっていいのだろうか。なかったことにしてしまって、本当にいいのだろうか。
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文庫版p.501

 「代体」と呼ばれるロボットに患者の精神を移動させ、肉体の治療が完了した後に戻すという医療技術が普及した時代。肉体への精神転写を行う際に患者の精神が複写され、代体側にも残ってしまうというトラブルが発生する。代体の稼働可能時間が過ぎれば消えてしまうもう一人の「私」を見捨ててよいのか/自分は肉体側「私」のコピーに過ぎないのか。厳しい時間制限のなか、二人の「私」はそれぞれに悩むが……。

 収録作品中、個人的に最も気に入った一篇。コピーされた人格間で巧みに視点移動しながら、SF、サスペンス、アクション、イーガン、ヒューマンドラマ、と展開してゆき、意外なオチがつくという、お手本のような完成度です。


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