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『山怪 山人が語る不思議な話』(田中康弘) [読書(オカルト)]

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 ホラー映画のように、これでもかとけたたましく人を怖がらせる何かは、山に存在しない。むしろ逆で、しみじみと、そしてじわじわと恐怖心は湧き起こる。(中略)
 こうして考えれば、山の怪異は間違いなく“静”である。慌てふためいて動き回るのは、実は人間だけなのだ。
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Kindle版No.2436、2475

 「いわゆる霊感も無いし、見える体質ではまったくない。そのような類いの経験には縁が無いほうである……山以外では」(Kindle版No.1693)と語る著者が、日本全国をまわって山に住んでいる人々の不思議な体験談を丹念に聞き取ってまとめた労作。単行本(山と渓谷社)出版は2015年6月、Kindle版配信は2015年6月です。


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地域の昔話や民話などは各地の教育関係者が冊子にまとめたり、語り部の姿が映像で記録されている。しかしそれはいわば完成形であり、私が探し求めているような民話の原石とでも言える小さなエピソードは意識すらされていないのが現状だろう。
(中略)
 この本で探し求めたのは、決して怖い話や怪談の類いではない。言い伝えや昔話、そして民話でもない。はっきりとはしないが、何か妙である、または不思議であるという出来事だ。
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Kindle版No.89、2491


 全国の山々を巡って、怪談実話でもなく、民話でもなく、それらの「原石」のような語りを集めた一冊です。狐や狸に化かされた、狐火が飛んだ、山小屋の外を歩き回る足音がした。素朴というか、因縁も尾ひれもついてない、「怪談」としては未加工の体験談がぎっしりと詰まっています。

 怖い話はあまりなく、昨今の先鋭化された怪談に慣れた読者には物足りないかも知れませんが、そのライブ感というか、「あ、これは、語られた話そのままだな」という感触が、これが実に味わい深いのです。


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「最近の狸はチェーンソーの真似もするんですよ。斧からチェーンソーに山仕事が変わってきたら、いつの間にか狸もそれを真似るようになってね」
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Kindle版No.268

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 保さんの炭焼き小屋の周りはツチノコの運動場らしく、跳びはねる姿を見た人が複数いる
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Kindle版No.1340

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 今はその学校も取り壊され、専用個室を持った飛ぶ女のことを知る人もほとんどいない。
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Kindle版No.2117

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 謎の光体は地域によってさまざまな呼称があるが、東北では圧倒的に狐火と呼ばれる場合が多い。その正体はヤマドリの飛翔であったり、リンの燃焼であると思われている。しかし中には……。
「狐火? ああ、あれは俺なんだよ」
「えっ! 狐火ですよ」
「そうさ、俺なんだよ」
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Kindle版No.2400

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 どうやらその人は見えない何かと格闘になったらしい。もっとも見えなかったのは集落の人だけで、彼には戦う相手がはっきりと見えている。
「おめ、いったい誰と戦ってたんだ?」
「あれだ、ほら座頭市よ」
「座頭市? 座頭市って勝新太郎のか?」
「そうそう、今おらはその勝新太郎と戦ってたんだ」
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Kindle版No.318

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 友達の目の前二メートルほどの所に蛇がいたのだ。それが普通の蛇ではない。高さが五、六十センチはある草むらを越えて、鎌首を大きく持ち上げじっとこちらを見ているではないか。あまりの巨大さとその異様な眼力に友達は震え上がり、せっかく避難してきたウサギを放り出すと一目散に家に逃げ帰った。
「もうリヤカー引っ張って必死で逃げたらしいんだ。でもよ、家に帰って敷物代わりにしていた箕を忘れたのを思い出してなあ」
 箕は大事だが、今あそこに戻ろうとはまったく思わない。そこで彼は、
「母ちゃんに箕忘れたから取ってきてくれって頼んだんだと」
 もちろん、母ちゃんに蛇の話はしなかった。
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Kindle版No.997


 「ツチノコの運動場」「専用個室を持った飛ぶ女」「あれは俺なんだよ」「勝新太郎と戦ってたんだ」「母ちゃんに蛇の話はしなかった」といった、ちょっとユーモラスな語りの雰囲気が出ていて、とてもいい。


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「鉄橋を真ん中くらいまで来た時だったっかぁ、目の前が急に明るくなってな。何だと思って見たら、前に夜店が出てるんだよなあ。店先まではっきりと見えるの」
 鉄橋の上である。これはさすがにおかしい
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Kindle版No.158

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 妙な動きをしながら謎の光はどんどんと大きくなり、凄い速度で近づいてくるではないか。呆然と見上げる彼女の真上で、巨大な光の塊はぴたりと停止した。同時に彼女の周りだけが明るくなる。それはまるで舞台の上でスポットライトを浴びたような感じだった。声も出せず動くことも出来ず、彼女はその光の中にいた。そのうちに光が徐々に小さくなるのが分かった。そして急にビュンともの凄い早さで飛び去っていったのである。
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Kindle版No.172

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 中山さんが示したのは一メートル近い大きさである。それが二十メートルほどの高さに浮かびながら近づいてくるのだ。驚いたのは大きさだけではなく、その明るさだった。
「いや周りがな、木とか葉っぱも青くなるんだよ。それがどんどん近づいてくるんだ。弾は無いから撃てねえし、恐ろしかったよ」
 ほぼ真上に来た青い謎の光が二人を照らした。お互いが青く見えた時には、二人は手を取り合って目を瞑り震えていた。
「怖くて目なんか開けてられね。ただ二人で手握り合ってたんだ」
 しばらくすると、周りが暗くなるのが分かった。恐る恐る目を開けると、その青い光は自分たちを追い越して山をさらに下っていたのである。
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Kindle版No.1528


 すごいな、狐火。

 今なら間違いなくUFO遭遇事件として解釈されるであろうこういう狐火体験談を読むと、狐や狸というのは「UFO」や「心霊」と同じ機能を果たす便宜ワードだったということがよく分かります。おそらく太古の昔から人類は同じような怪異体験をしてきたのでしょう。時代によって変わるのは解釈だけ、というか、語るための便宜ワードが変化するだけで。

 他にも様々な怪異譚が収録されていますが、あまり盛ってないところに素朴なリアリティを感じます。


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 風も無いのに山の木々が大揺れして、激しく音を立てたことがあったそうだ。あまりに不気味な出来事で、これはいったいどうしたことかと思っていると、ほどなくして近くの集落で火事が起きた
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Kindle版No.1115

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前方からは昨日もすれ違った女がこちらへ向かって歩いてきているのだ。それが前を行く知人には何も見えないという。
「見えてねって……じゃあ、あの女は何だべ」
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Kindle版No.251

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「それが倒れないんだな。その人が続けて撃つんだが、やっぱり倒れない。そのうちに他のマタギも撃ちだして、結局十四発もそいつにぶち込んだのよ」
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Kindle版No.649

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「真っ白の一本道……あん時の道やこれは! 行ったらあかんのや」
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Kindle版No.809

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「何やろ、思うてよう見たら小人なんです。五、六十センチくらいでしたね。それがこっちをじーっと見てるんですわ」
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Kindle版No.816

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「いや、夜トイレさ行って窓から外見てたんだぁ。そうしたらな、頭から背中にかけて、こうぴかーって光ってる動物が下のほうにいるんだよ。初めて見たよ、あんな生きもの」
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Kindle版No.371

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 実は私もこの左右反転状態を経験したことがある。子供の頃に家の近所で一度だけ起きたが、あの不思議な感覚は今もってはっきりと覚えている。家に向かっているはずなのに、見える景色が何か妙なのだ。よくよく周りを見ると、鏡に映ったように景色が逆だった。
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Kindle版No.1837


 他にも、魚を売りに来た行商人のカゴの中身が全部葉っぱになっていた話、吹雪のなかを必死で歩いていたら実は雪など降ってなかったというかそもそも夏だった話、行方不明になった四歳の女の子を懸命に捜索したらその子は大人にも登れないような大岩の上にちょこんと座っていたという話、周囲に足跡もない無人の洞窟に焚き火が赤々と燃えていた話、など、ぐっとくる話が多数。

 というわけで、民俗学や山岳文化に興味がある方に加えて、「怪談実話といえば、結局『新耳袋』の初期のやつが好き」というタイプの読者にお勧めします。


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