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『それはとても速くて永い』(法橋ひらく) [読書(小説・詩)]

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サボテンに水をあたえる 寂しさに他の呼び名をふたつあたえる
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おやすみ こんなん綺麗事やけどみんな幸せやったらええな
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黄金の羊を抱いて会いにゆくそれからのことは考えてない
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 とても速くて永いもの、それはたぶん人生。青春の終わりから、苦悩のときを経て、それなりに平穏な心境へ。誰にでも覚えがある人生の辛い一時期の始まりと終わりを活き活きとうたった歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2015年3月です。


 まずは冒頭、まぶしいくらいにアホ一途な青春と、終わってしまうその寂しさを、やわらかい京都弁を混ぜてうたう作品が心をつかみます。


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ひとり寝てひとり帰れば広くなる部屋で投げ合ってるピスタチオ
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あちこちのご当地アイスに使われて紫いもは世渡り上手
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冴えていたギャグをいくつか借りてますなかなかウケが良くて ありがと
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鴨川で花火しようや誰からとなくはしゃぎ出す師走のドンキ
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どれだけ覚えておけるんやろう真夜中の砂丘を駆けて花火を上げた
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「無宗教やと信頼されん言うてたわ」「そうなんや」ジョッキの底の、泡。
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 やがて東京に出て就職したものの、どうにも欲求不満とイライラが募るばかり。なんでこうなるんだろう。


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苛立ちが共通言語になる夜だ人身事故の余波は長引く
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この足でどこでも行ける。誰にでも会える。そう思ってみたりする
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西口のゴディバのあたり幸せな人たちが手を伸ばす おぼれる
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信号はことごとく青なにもかも奇跡みたいな夜だ かなしい
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何もいま目に付かなくてもいいものを電気料金未払い通知
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辞めてどうなる越してどうなる脳のなか喋ってんのはほんとに俺か
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 どうしようもないまま、孤独と苦悩を抱えて横になっていると、なんのために生きているのかも分からなくなってきて。つらい。生きるだけでこんなにつらいのか。


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坂道の途中で膝がチョコレートみたいに 膝が どうしたんだよ
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湯で割ったポカリスエット飲み干して発熱体として横たわる
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眠ろうか 触れると閉じる葉のように今日は誰とも会わずにいたい
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世の中の奴らはみんな淫乱だ乱切りにして足らぬトマトよ
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性嫌悪癒せないまま三十歳を迎えた朝のストロベリージャム
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肌と肌 性器と性器(やめてくれ)混ざり合うって具合悪いよ
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昼前の日射しのなかのジャムの瓶 誰かのせいにできたらいいのに
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サボテンに水をあたえる 寂しさに他の呼び名をふたつあたえる
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 読者も溜め息が出るような作品が並びますが、後半に入ると、どこか吹っ切れたような、諦念と解放感がまぜこぜになったような、明るい雰囲気になってゆきます。ほっとします。


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相変わらずな暮らしだけど新年の空気に満ちてひろい駅前
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知らんやん六本木とかそんなもん8年住んでも余裕でビビるし
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何ヶ月ぶりだろうこのアカウント海鮮丼の写真を載せる
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デンマーク風オープンサンド見た目よりずっしりとくるこれは良いランチ
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めちゃくちゃに笑ったあとの空白にふいにあなたが住んでいること
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出汁巻きを箸で切りつつ出汁巻きに醤油かけんの邪道と思う
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離婚する友もぼちぼち現れてみんな気のいいアホやったのに
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おやすみ こんなん綺麗事やけどみんな幸せやったらええな
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黄金の羊を抱いて会いにゆくそれからのことは考えてない
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 別に何か悟ったわけでもなく、人として成長したわけでもなく、単に歳をくっただけ、というのは、そりゃよーく分かってはいますが、それでも、君に幸あれ、などと思ってしまいます。

 というわけで、人生の最も辛い時期を、定型詩として活き活きと描写してのけた歌集です。多くの読者(少なくとも男性)を共感させる力があると思います。


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