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『亡き王女のためのパヴァーヌ』(パク・ミンギュ、吉原育子:翻訳) [読書(小説・詩)]

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 十一月だった。そして僕は二十歳だった。何もかもが気に入らず、にもかかわらず何もかも愛することができる年齢だった。つまりこの話は、当時の僕が諦めた多くのこと、そして最後まで期待を裏切らなかった、ただ一つの愛についての話だ。長い長い人生のトンネルを思えば、とてつもなく短い時期だったけれど
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単行本p.377


 容赦ないルッキズム(容貌至上主義)、そして苛烈な競争社会のなかで、深く傷つき苦しむ三人の若者たち。奇跡のように灯った愛は、彼らを救えるのだろうか。第一短篇集『カステラ』の日本語版で第1回日本翻訳大賞を受賞した韓国のベストセラー作家、パク・ミンギュ初の恋愛小説。単行本(クオン)出版は2015年4月です。


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 彼女のことを思う。会うことができないゆえに、亡き、僕の王女を思う。じつはもうとっくの昔に死んでしまった自分を、思い返してみる。自分に残されたものはいったい何なのだろう。いったいこの話を僕は最後まで書き切ることができるのか……わからない、長すぎる時間が、砂漠の風のように二人を襲っていった。
(中略)
もしかすると僕の人生は最初からこうなると決まっていたのかもしれない。暗闇の中で、結局、僕は生きている王女のためのワルツではなく、亡き王女のための「パヴァーヌ」としての自分の人生を直視する。
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単行本p.42、413


 パク・ミンギュの短篇集『カステラ』がすごくよかったので、長篇小説も読んでみました。ちなみに、『カステラ』単行本読了時の紹介はこちら。


  2015年05月29日の日記
  『カステラ』(パク・ミンギュ、ヒョン・ジェフン:翻訳、斎藤真理子:翻訳)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-05-29


 さて、長篇『亡き王女のためのパヴァーヌ』ですが、これが何と恋愛小説です。主な舞台となるのは1980年代中頃の韓国。『カステラ』に収録された多くの作品が舞台としていた、あの時代。日本でいえばバブル景気の少し前です。


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誰もが、もっともらしい大学を出て、もっともらしい会社に就職し、もっともらしい車に乗り、もっともらしい女を見つけ、もっともらしい家に住む……もっともらしい人間になりたがった時代だった。もっともらしい人間は多くても、もっともな、人間が稀な理由も……もっともらしい女は多くても、もっともな、彼女が稀な理由も、だからだという気がする。もっともらしいものは、決してもっともなもの、にはなれないのに

十九歳の僕はそんなことを知る由もなかった。
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単行本p.223


 世間を覆う浮ついた気分。偽物と嘘しかないのに、何が何でも負け組になってはいけないというプレッシャーだけは本物。他人を蹴落とせなかった人、最初から勝負の資格がないと見なされた人は、まるでそれが社会正義であるかのように、苛烈な排斥を受け、侮辱され、それを笑いものにされる、そんな時代。いや、今も同じですが。そして日本も同じですが。


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 古代の奴隷にとっては労働がすべてだった。
 だが、現代の奴隷たちはショッピングまでしなくてはならない。

 大学を出なくてはならず、きれいでなくてはいけない。車を買い、家も買わなくてはならない。(中略)みんなこうして生きてるじゃないかと思った途端、みんながそうして生きるしかない世の中が広がるのだ。奴隷とは誰のことか? 何かに捕らえられて、一生、働きづめになる人間のことだ。
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単行本p.354、355


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あの……と僕は言いかけたが、微笑を浮かべるヨハンの声にさえぎられてしまった。勉強、勉強……それで死ぬんだよな。一番一番……それで死ななきゃなんなくて……カネ、カネ……そうして死ぬんだろ。そうですよね、と答えながら、僕は思わずヨハンの肩をつかまねばならなかった。哀れだな、とヨハンは手すりの向こうに突き出した腕に顔をうずめる。しばらく微笑が宿っていたその場所から、きつい酒の臭いがする。それ……以外にないんだろうか?

 ないと

 思います。僕は言った。その瞬間なぜそんなことを言ったのかは今でもわからない。
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単行本p.164


 それぞれに傷つき、苦しむ「僕」と「ヨハン」先輩。しかし、そこに現れた「彼女」の存在が、彼らに奇跡のような愛と希望をもたらすことになります。


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え、何……カレーが冷めるまで茫然自失の状態で目を離せない人みたいに、僕は彼女を見つめていた。言ってしまえば、それまでもずいぶんたくさんの不細工な子は見てきたが、彼女ほどの子は見たことがなかった。世紀の美女を見たときと寸分違わず、世紀の醜女にも男を凍りつかせる力があった。
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単行本p.94


 え、恋愛小説のヒロインは美人でなきゃ駄目じゃないの? そう思った瞬間、読者は自分のなかにあるルッキズム(容貌至上主義)を直視させられることになります。カワイイは正義。


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いや、ほかはともかく……ヒロインなら、まずは美しくあるべきでは、それについてちょっと心配しておりましてね。心配……ですか? ええ、とりあえず普遍的な見方というのがありますよね。そこから外れてはどんな作品も成功し得ないという確信を私は持ってまして。しかも恋愛ものだったら……ほら、こんな言葉もあるじゃないですか。ほかは全部許せるけど醜いのだけは許せないって。誰が

 誰を許すというんでしょう? それにどうして許してもらわなければいけないんですか。それはその……言ってみれば、誰も絶対に好まないということですよ、まだ結末がわからないので、それはそうなんですが……ほかの社員の意見を聞いてもほぼ同じなんですよ。修正したほうがいいんじゃないか、たとえばとても貧しいけれど、たとえようもなく美しい女性だとか……そもそもの設定をです。あるいはダイエットや整形で見違えるように変身するとかですね、みにくいあひるの子の構図にシンデレラがプラスされるわけですよ……つまりそれくらいの大手術が必要では、というのが我々の立場でして。あ、もちろん、苦労して書かれたことは誰より私がよく存じておりますが、まずはみんなでいい結果を手にすることが、作家さんのためにもなるのではありませんか?
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単行本p.408


 意識すらしないほど深く根を下ろしたルッキズム。どんなに努力しても、何をしても、あざけ笑われる「彼女」。見た目を不快に思った他人から加害者あつかいされる「彼女」。絶え間なく傷つけられ、それ以外の人生を知らない「彼女」。


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見た目はカネよりも絶対的なんだ。人間にとっては、それから人間がつくったこのしょうもない世界ではね。美しさと醜さの差はそれほど大きいんだよ、何でかわかるか? 美がそれだけすごいからじゃなくて、人間がそれだけどうしようもないからだ。どうしようもない人間だから、見えるものだけに依存するしかないんだ。どうしようもない人間であればあるほど、見せるために、見られるために世の中を生きていくんだよ。
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単行本p.250


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 世の中には生まれながらにハンディキャップを背負っている子もたくさんいると、人には言われます。私もわかっています。恥知らずで自分勝手な考えだとわかっていますが、彼らを羨ましいと思うことすらよくありました。少なくともその人たちの障害はみんなが認めているからです。
(中略)
 背後で言われた「ツイてないな」「吐きそう」という言葉が記憶に残っています。見知らぬ人がこそこそ話す声……見ていないようで見ていたその人たちのひそひそ声。グループでいる男の人たちは信じられないような大声も出しました。そのたびに足元を転がる……蹴られたり刺されたりした心の顔を忘れられません。
(中略)
何がこの世で一番嘲笑を買うか知っていますか? きれいになろうと、もがく醜い女の「努力」です。強制撤去で追われる崩れかけた家を叩き壊して燃やすかのように……世の中は醜い女の必死のあがきを決して許さないのです。
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単行本p.307、316、324


 「ヨハン」先輩のおかげで、ぎこちないデートを重ねるうちに、「僕」と「彼女」の距離は次第に近づいてゆきます。そこには、ありったけの希望が賭けられていたのです。


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 こっそり、さっと……髪をかきあげた彼女のしぐさが鮮やかに感じられた。とっさに赤くなった彼女の顔と……スカートのそばに戻された手……戻してももじもじと、どこに置いていいのかわからず恥ずかしがっていた彼女の手。そんなことについて一言も言えなかった十九歳の僕と……彼女を忘れることができない。世界が止まった瞬間、そういったものがやけにつぶさに見えてくるのはなぜなのか、風もないのに何がぶるぶるトンボの羽を震わせるのか……わからなかった。地球が回るのをやめるまで、その理由を知ることはないだろう。もはや

 僕は十九歳ではないからだ。
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単行本p.133


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 人生の陽はすでに傾いたが、僕の心は依然としてその年の冬に留まったままのような気がする。古宮の庭だったり、うす汚れた市場の入口だったとしても、あのときに僕たちが見た太陽……枯れ枝にかかった、小さなオレンジのようだったあの太陽を忘れることができないからだ。まぶしくはなかったとしても、それが僕の人生に与えられた愛のすべてだったように思う。
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単行本p.220


 しかし、結局のところ三人は離れ離れになり、今では消息すら分からない、という「現在」からの回想として書かれているため、読者は、この愛がハッピーエンドを迎えることはないのだ、という深い悲しみや喪失感と共にページをめくり続けることになります。

 こんな残酷な世界のなかで、奇跡のように小さくともった彼らの愛は、ただ何事もなかったように消えてしまうのか。目次の最後の方に「ハッピーエンディング」とあるのはどういう皮肉なんだろう。

 実は、ラストにはあっと驚くような仕掛けがあって(体長150メートルのダイオウイカが街を破壊するわけではありません念の為)、ハッピーエンド/アンハッピーエンドといったものではかれない「人生」というものを表現してみせます。見事です。

 というわけで、持たざる普通の若者たちの悲しみと苦しみを丁寧にすくいあげ、それを小説的な技巧でもって巧みな虚構に仕上げ、するりと読者の胸に滑り込ませてくるような、そんな長篇作品です。『カステラ』が気に入った読者には、たとえ恋愛小説が苦手であっても、お勧めします。


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『「超」怖い話 乙(きのと)』(松村進吉) [読書(オカルト)]

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「それにしても、岸から何メートルも入ったところで両手を振って、バシャバシャやってるから、変だなとは思ったんだけど」
「へえ」
「キサさん達がすぐに服脱いで、飛び込んで、助けに行ったんだ。そしたら……」
 お父さんはまたブルブルブルッ、と顔を震わせて立ち上がった。
 そして、トイレへ駆け込んで行った。

「ーーその溺れてた人を引き揚げたら、腐乱死体だったっていうんです」
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文庫版p.65

 『セメント怪談稼業』 の著者による、実話怪談シリーズ最新作。文庫版(竹書房)出版は、2015年7月です。


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 ただ残念なことに、祖母は筋金入りの現実主義者でもあった。
 私が本シリーズの新刊を渡したりしても、少しとぼけた顔で眼鏡をずらし、
「……実話怪談。なるほどまぁ、本当にあったって態ね。はいはい」
と、はなから信用せずに受け取っていた。
(中略)
 そんな中で昨年、怪談専門誌『幽』における私の連載が単行本化した。
 これは少なからず実験的ーーというよりも半ば自棄っぱちで、私小説的な要素を多分に放り込んだ、半自伝的な代物だった。そういえばもう何年も自作を渡していないなと思い、祖母にこれを贈ったところ、意外にもいたく気に入った様子で私を呼び、
「お化けの話でも何でも、一生懸命書いてれば一人前になれるんだって、それがよくわかる本だったよ。あんた、頑張ったね」
 と、膝の上に件の本を置き何度も何度も撫でた。(中略)
 彼女が亡くなったのは、その翌月である。
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文庫版p.220、222


 祖母が褒めたのは『セメント怪談稼業』 のことだと思われますが、私もこの本を読んで大いに感銘を受け、この人が書いたものなら個人的に苦手な(だって怖いから)実話怪談本も読んでみようと思ったのでした。ちなみに単行本読了時の紹介はこちら。

  2015年04月09日の日記
  『セメント怪談稼業』(松村進吉)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-04-09

 さて、松村進吉さんによる実話怪談本の最新作です。心霊ものがメインとなっていますが、個人的に好きな「わけのわからない妖怪」の話もけっこう含まれていて嬉しい。


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「〈反吐の妖精〉って私は呼んでますけど」
 終電に限らず繁華街などでも、極まれに、路上の反吐のそばにうずくまり、頭を振りまくる女の姿を志摩さんは目にしている。(中略)
 彼女が数回見たというその女は、深夜の町という点は共通しているが場所も時間もまちまちなので、同一の存在なのかどうかは不明という。
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文庫版p.95


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 黒々とした子象のようなものが前方の木立の合間、ほんの5メートルばかり頭上の位置にすすすすすすすすす、と滑り現れた。
「ッ……!」
 流石に仰天した。
 近いなどというものではない。目の前である。
 直径約2メートル、下に向かって尻すぼみの形状。
 全面皺だらけで艶はない。布か、紙で出来ているようにも見える。
 そしてその下部からは、確かに二本の人の脚に似た器官が生え、じたばたもがいている。
 ーー化け物である。
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文庫版p.88


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 ーーその、落書きの犬の横顔は、室内の様々なもののフチやヘリにぴったりとくっつくように、ないしはフチやヘリ自体を自分の顔の輪郭として利用して、出現していた。
 ごちゃごちゃと入り組んだものほど危険だった。
 沢山の、物の輪郭の断片が「イヌ」の輪郭をつくるのだ。
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文庫版p.113


 どうやら今でも、名前のついてない妖怪はいっぱい出没しているようです。ちなみに、ごちゃごちゃ入り組んだ物を利用して自らの輪郭を作って出現する「イヌ」は、チャイナ・ミエヴィルの『細部に宿るもの』という短篇にそっくり。

 他に好きなのは、やっぱりUFOもの、そしてファフロツキーズ(あるいはテレポート)もの。


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 目の前に聳える山肌の、遥か上の方にびゅんびゅんと旋回する光点があった。
 まともな速さではなかった。(中略)
 まるで蠅のようだった。速すぎて光が尾を引いて見えた。
 あれは「UFOみたい」な物じゃない。
 明らかに、それ、そのものとしかーー。
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文庫版p.80


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 幅6メートル、奥行き2メートルほどの裏庭の、物干し台や植木の隙間にぴったりと収まるようにして、白いダンプが停まっている。
 なにこれ、誰のーーと呟きかけた浅田くんだが、すぐにそれ以前の問題に突き当たる。
 ーーこの車、どうやって入ったんだ。
 フロントが前を向いているのでバックで進入したのだろうが、その前にある物干し台が動かされた形跡はないし、花壇も踏み荒らされていない。
 轍の跡がどこにもない。
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文庫版p.160


 最近、いわゆる「フォーティアン現象」とか「ハイストレンジネス」などと呼ばれる超常現象の報告を目にすることがあまりないなあ、寂しいなあ、と思っていたのですが、みんなひっくるめて「実話怪談」に放り込まれていたのか。心霊と猟奇を除いた「へんな実話怪談」だけを集めてくれればいいのに、と、きわめて個人的にそう思います。



タグ:松村進吉
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『memories』(270725 PROJECT 高塚謙太郎) [読書(小説・詩)]

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義脳逃走の結末はある種の確変と同じで、脱兎族の口承系ではそもそも在界すら保証できない。逃走は私たちにとってすでに消滅を意味する。眼球を左右に引き裂くように移動させ、義脳をねじ込んだ数世紀の間、平行世界の統制がほぼ綻びのないところとなっている。しかし各々の平行世界の進み続けるベクトルを操ることはむろん不可能で、というか、そこに対しては完全に無関心であり無防備でもあったため、義脳世界、というものへのイメージもそれに従ってかなり貧困であったと言わざるを得ない。
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『平行と恩寵』より


 SFの語彙や言い回しをもて遊んでみたら、そこに現出したのは、純粋エスエフ、臨界量未満のエネルギー準位不安定な純SF詩集。同人誌発行は2015年7月です。


 ある作品がSFだと思われるのは、アイデアやプロットより何よりまず、SFの語彙や表現が使われているから。逆に言えば、ごく日常的な光景だってSFの言葉で書けばSFになってしまうはずですね。違いますか。

 では、試してみましょう。


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反乱分子の収拾にやや手こずったが、いくつかの陽はさほど影響を受けず冷却期に突入しつつある。夕食後、オーブンで焼き上がったパウンドケーキにたっぷりと白いクリームを乗せて家=族はテーブルを囲んでいる。いずれすべての荘園が冷え切った黒点付近へと吸収され、不毛地帯へと姿を変えていく。
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『家=族は荘園で』より

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時系が、ある軌道の近似値のぐるりを出たり入ったりしつつも、まったく別の軌道のように振る舞っており、それを星系も鷹揚に受け入れている。これが何度も繰り返され、はたまた幾重にも同時多発的に上書きされていくうちに、あらゆる系が、鬚根のように繁茂し、遠目には一本の美しく白濁した川の流れのように映る。はたして攪拌は完了している。
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『愛のジューサー』より


 どうです、オーブンでパンケーキを焼いたり、ジューサーで野菜果物をぎゅんぎゅんしたって、こーれこの通り、SFですよ、SF。

 しかし、ここまでやるなら、もう日常もキッチンウェアも不要なのではありますまいかするめいか。


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触手だと考えられていた一本の管がそのまま一人の位階を吸い取っていったとき、管の中から一揆のおこる音があふれだし、小刻みに震えながら静々と穴を閉じてしまった。管はそのままそこの大気圏を突破し、わうんわうんという響きとともに私は独立を宣言した。そのまま私そのものが、惑星面に管を使わした。和平を叫ぶ一揆に比べれば、どこまでも細く長い管だった。やがて管の数は増加し、管の穴から蘭の花が所狭しとひらいたり閉じたりしていた。
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『管と蘭』より

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戦線にとうとう定理を動員し始めてから、にわかに球体少女、桃々々、の後退戦も噂されたが、事実はこうだ。少女たちの球体というギミックがエロの水源のように語られもし、書かれもしてきた経緯から、それぞれの身体を引き離すためにとられた手法の一つが、球体少女、というリリックだった。つまり、少女の属性(ギミック的な)としての球体、というコンテクストをわやわやにしておく、場合によっては転倒させてしまう、という修辞的な技術革命が新たなテクストを量産する、ということだ。
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『球体少女桃々々の抒情』より


 管や球体でさえSFに。蘭も桃々々も純SFに。すごいや先輩、僕もSFになれますか、なれるとも服部。じゃあ、嫁化羽化蟻もSFになれるんですね、そうだとも服部。


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人為的に発生させた光線については、服部、を、服部、と呼び始めたころまで、一切吸収しなかったことに誰も説明ができていない。服部、と名づけることではなく、服部、と名指すことに、服部、は一つの反応を示したことになる。実を言うと、埋葬部に隠れていた、服部、の部分は、そもそも光線とは無縁の在り方をしていたこと、これは早くから指摘されていた。埋葬部より上方で露出していた塊、つまり、服部、の尖端だけが、太古から光線を吸い取っていた。
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『私は服部』より

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ボット化への抵抗という、ある種の本質的ではない抗いから流出していったヨメカウカアリを商号としておこう。嫁化=羽化=蟻、という連絡は忘却されて久しいが、仕掛けを操る上で何ら問題はない。座、の商号が流出の憂き目にあっているヨメカウカアリだが、商号である、という技術を誇示するというアイデア、これが、座、で決議されたことを説得的に示す根拠は見当たらない。また、実際にヨメカウカアリについては、生態はおろか、その姿すらほとんど確認されていない。
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『ヨメカ、ウカ、アリ』より


 というわけで、SFのかっこ良さが、そしてそのあかんところが、コンデンスされ、アイデアやプロットとはまるで無関係に純粋にSFであることを追求したような、気がする、驚異の詩集です。


タグ:同人誌
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『駅をデザインする』(赤瀬達三) [読書(教養)]

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 正確さと安全で世界に知られた日本の鉄道の駅だから、駅デザインの水準も高いだろうと漠然と信じている人がいる。多少はわかりにくくとも、どこでもこんなものだろうと問題視しない人が多い。ところが海外の駅を訪ねてみると、日本よりはるかにわかりやすく、また美しいことに驚く。日本の鉄道駅のレベルは、相対的に見てかなり低いのだ。
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Kindle版No.70

 日本の鉄道駅が分かりにくく迷いやすいのは、案内情報の不足が主因ではない。そもそも空間構成に致命的な欠陥があるのだ。駅の空間デザインと案内サインシステムについて専門家が平易に解説してくれる一冊。新書版(筑摩書房)出版は2015年2月、Kindle版配信は2015年3月です。


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首都圏、中京圏、近畿圏を合わせた鉄道利用者は5600万人。そのうちおそらく1000万人を超える人々が、毎日駅で不便と不快を感じていると想像され、その状態が50年も続いている。こんなにも膨大な数の人々が、途方もなく長い間苦しんできて、どうしてその改善策を真剣に検討しようとしないでいられるだろう。
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Kindle版No.1893


 はじめての駅で乗り換えに迷って乗り遅れた。駅で待ち合わせしたら互いに迷子になった。出口に向かっていたはずなのに気づいたら地下道を延々と歩かされていた。

 何かと使いにくく不便な日本の駅。もっと案内板を増やしてほしい、などと思いがちですが、実は、それ以前に、そもそも駅デザインに重大な欠陥があるのだ、ということを教えてくれます。


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 これらの改善に案内情報の増設を求める声が少なくない。しかし案内情報だけでこの問題の解決を図るという考え方自体が、そもそも間違っていたのではないだろうか。
(中略)
 人と人のコミュニケーションは、場面と言葉があってはじめて成立する。鉄道駅でのコミュニケーションとは、施設提供者と利用者の間で行われるものだ。その際、言葉を示しているのがサインだが、場面を提供するのは空間構成だ。コミュニケーションが成立し得ない場面しか提供できないとしたら、それはデザイン力のなさを示している。
(中略)
サインはメディアなので、空間の名称を伝えたり、運行情報やサービス情報を提供することが本来の務めだ。駅の空間において人々の自然な流れを生み出すには、まず空間構成がそうした目的意識をもってデザインされていなければならない。
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Kindle版No.159、728、732

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 建築物の構造は、力学的に空間を成立させると同時に、そこを利用する人々に必ずなんらかのメッセージを伝えてしまうものだ。(中略)一つの空間内に一見無関係に置かれるさまざまな要素を、床、壁、天井はもとより、券売機、改札機、ベンチ、サイン、広告といった多様な要素を、たがいの間合いを調整しながらおのおののクオリティを高めていく。空間表現によってなんらかのメッセージを伝えるには、これが唯一不可避的な方法なのだ。
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Kindle版No.800、890


 駅の空間デザインが、人々の自然な流れを作り、混乱を防止し、居心地の良さや旅への期待といった情感を作り出す。そういったことはあまり意識してなかったので、けっこう驚きでした。

 こうして、著者自ら手がけた様々な駅デザインの実例、海外の様々な駅の構造を紹介しながら、駅をデザインする、とはどういうことかを示してくれます。その上で、日本を代表する駅についてデザイン評価するのですが……。


新宿駅
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中央本線、中央線快速、中央・総武線(各駅停車)の違いを理解するのは至難の業だ。京王線と京王新線、北の大江戸線と西の大江戸線の違いもわかりにくい。
(中略)
「中央西口」と「西口」で、行き着く先はどう違うのか。「新南」とは、どんな方位を示すのか。つまり漢字ではあるが、その意味性を放棄して、単なる記号として使っているだけだ。
(中略)
地下一階にある北通路で、2000年前後からこのサインがついている。これほど不愉快なサインもめずらしい。(中略)整備当初はまぶしくて目を向けられなかった。しかも情報はたどれない。いまでは逆に、消えたままの照明が放置され、無残な空間に成り果てている。
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Kindle版No.1355、1360、1374


京都駅
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公共空間のサインのあり方を考える反面教師になってしまっている。(中略)これらのサインは、表示情報の選択基準に決定的な欠陥があるが、加えて情報の多さと文字が小さいことによる見にくさはどうだろう。道を見失った人が立ち止まってなんとか解読しようとしていると、うしろから来る人に突き飛ばされてしまう。
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Kindle版No.1464、1479


渋谷駅
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 わたしはこの路線をよく利用するが、この新駅には落胆した。知り合いもみなが怒った。混雑がひどくなり、乗り換えの仕方も街への出方も見当がつかなくなった。五面から四面に減ったホームを占拠するのは、太い柱と階段、エスカレーター、エレベーター、それにベンチとサイン。人が歩き電車を待つ空間はない
(中略)
この駅整備では、内外で公共建築を手がける建築家も設計に参加したと聞く。ではなぜ、そんな公共空間の基本がまったく無視されてしまったのかをまず問いたい。朝夕のラッシュ時の混雑状況はまことにひどい。階段壁の脇では人が詰まって身動きできなくなり、独立柱とベンチが占める空間ではぶつかり合って言い争いまで起きる。それを毎日、何万もの人々が繰り返しているのだ。
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Kindle版No.1545、1551


 ボロクソ。というより、怒りと憤りそして悲しみが吹き出してくるような激しい調子で批判されます。きちんとした目的意識を持って、巧みに、美しく、デザインされた海外の駅の実例を見てきた後に読むと、著者の憤りに共感を覚えます。乗客ナメてんのか。なんでこうなるんだ。


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 日本の駅づくりの根本的な欠陥は、土木部門が構造を考え、建築部門が内装を仕上げるという、総合的な人間環境のイメージを欠いた検討体制にある。第5章で紹介したように、東急東横線渋谷駅が悲惨な状況になっているのは、そのことに遠因があり、またそのことと闘わなかった建築家に社会的な責任放棄の過ちがある。
(中略)
 土木部門に、パブリックデザインとトータルデザインを考えられる人材が、ぜひとも必要である。駅の空間構成のよしあしが、人々の幸せに決定的な影響を与えてしまうからだ。日本の鉄道駅がヒューマンな視点を取り戻すために不可避な組織改革と断言できる。
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Kindle版No.1680


 というわけで、サインシステムと空間デザインという観点から「駅をデザインする」とはどういうことかを分かりやすく紹介してくれる本です。デザイン原則を無視し、乗客の尊厳を土足で踏みにじるような「公共空間」が平然と作られ、半世紀も放置されたままになる、そんな日本社会の旧弊な構造に起因する問題点も浮き彫りにされます。

 パブリック、公共意識、というものに興味がある方に一読をお勧めします。あと、日本の「おもてなし」は世界一のはずなのに、日本にやってくる外国人観光客の数が世界的に見るといまひとつなのかなぜか、疑問に思っている方にも。


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 日本人は世間には最大限の気遣いをするが、社会には疎いといわれる。(中略)パブリックを思う人は、そうとばかりはしていられない。パブリックは、そこで暮らす老若男女はもとより、人種、国籍、言語、文化、障害の有無の別を越えて、共にいる人々すべてを指すからだ。
 2020年に東京でオリンピック開催が予定され、その年までに2500万人の外国人が訪れる国にしたいとの観光立国策が示されている。その成功に近づくには、日本の大都市をパブリックに開き、真の国際都市へ変えていくほかはないと思う。
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Kindle版No.1910


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『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら vol.5』(川口晴美:詩、芦田みゆき:写真、小宮山裕:デザイン) [読書(小説・詩)]

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翌朝あなたはまたしても長い散歩をする。あるいはもう双花町から立ち去るべきなのかもしれない。帰る場所があるのなら。
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 どことも知れぬ不可解な場所、双花町を訪れた「あなた」は、いつしか迷宮に足を踏み入れていることに気づく。長篇ミステリー詩と写真の幻想的コラボレーション、そのパート5。Kindle版(00-Planning Lab.)配信は2015年7月です。

 どこか不穏で心をざわめかせる写真と、幻想ミステリーのような謎めいた雰囲気の長編詩。二つの創作物が電子媒体の上で重なり合い、読者を否応なく双花町という名の迷宮へと引き込んでゆきます。

 ついに「あなた」を含む主要登場人物たちが同じ敷地内に!

 完結まであと1巻を残して、これまでバラバラに配置されていた(相互関係は微妙なほのめかしに終始していた)複数の断片が、つながってゆきます。

 とはいっても、霧が晴れたように何かが明瞭になる、例えば名探偵が現れて「さて、皆さん」とか言い出す、といったことはもちろんありません。たとえ輪郭が見えても、あくまで迷宮は迷宮のまま。

 この謎と恐怖と官能に満ちた物語は、いったいどこに向かっているのか、それともどこにも向かわないのか、本当に「謎とき」があるのか。最終巻に向けて期待と不安が高まります。


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お母さんがいなくなればわたしたちが二人なのか一人なのかそれとも全然いないのかはっきりわかるだろうと風の止んだ翌朝の裏庭に立ってわたしたちは考えたのです。
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では、少女が殺されたのはどっちで、だったのだろう。二人のうちの一人が殺されたのなら、どちらが死ぬかはどうやって決まったのだろう。
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あの薬はとてもよく効くのだから、わたしはわるくない。わたしはここにいようとしただけ。ここにいるためにしなければならないことをしただけ……。
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またこの町へやって来るなんて、と底深い驚きに震えながら。
あなたが覚えていないことを、女医は思い出す。
あなたが忘れているいくつかのことを、ひとつひとつ。
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タグ:川口晴美
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